第4話. 二つ目のファイル
「絶対に開けてはならないファイル」を見つけてしまったユンジェ。
隠しフォルダに眠る『log_asset_3870』という名前、そしてシステムからの冷徹な警告。
単なる代筆だと思っていた仕事が、巨大な陰謀へと姿を変えていきます。
ユンジェの日常に、音もなく影が忍び寄る第4話をお楽しみください。
USBメモリの中には、二つ目のファイルが隠されていた。
暗号化された『3870』。
そして、エラー時には自動削除されるという警告。
【2019年3月21日 午前3時26分】
【下宿 206号室】
公式中間点検が終わった後、ノートパソコンの画面は再び元の状態に戻った。
しかし、ユンジェの頭の中には、あの一文がこびりついて離れなかった。
『三千八百七十人のうち、二十四・六%が……』
ユンジェは確信していた。
(これは、俺が書いた文章じゃない)
指先が急速に冷えていくのを感じ、胸が不快に高鳴った。
誰かがこのファイルに侵入した。
そして、一文を残した。匿名で。
不気味な事実だが、論文の執筆は続けなければならなかった。
【午前3時46分】
ユンジェは再び原稿全体に目を通し始めた。
その時、ふと一つの疑問が浮かんだ。
(USBの中には……本当にこのファイル一つしかないのか?)
彼はメモリの中身を調べ、USBの全体構造を再確認した。
『フォルダは一つ。ファイルも一つ』
表面上は、そう見える。
だが、ユンジェは検事時代、メールサーバーの隠しファイルを見つけ出すスキルを嫌というほど使い込んできたのだ。
彼はUSBを開き、隠しファイルを表示するオプションをオンにした。
その瞬間。
一つのフォルダが、微かに明滅するように現れた。
[AS_hidden_temp]
「隠しフォルダか……」
ユンジェは息を止めてクリックした。
フォルダの中には、ファイルが一つ入っていた。
[log_asset_3870.enc]
Encrypted――暗号化ファイル。
開くことのできない、固く閉ざされた領域。
ファイル名に含まれた数字だけが、鮮明に見えた。
「3870」
【午前3時48分】
「これは何だ?」
ユンジェは思い当たるパスワードを推測して入力してみた。
(俺の生年月日か? 依頼者の名前? それともコード名のA-73か?)
すべてが弾かれ、ファイルは沈黙を守ったままだった。
そして、誤ったパスワードを五回入力したとき、画面に『赤い文字』が浮かび上がった。
[Warning]
二度目のエラー発生時、ファイルは自動削除されます。
A-73、留意してください。
ユンジェは冷や汗を流し、言いようのない恐怖に支配された。
「……どうして俺のコードを、システムが知っているんだ?」
しかし、さらに恐ろしい事実は警告文の中にあった。
『A-73』というコード名は、USB内部のシステムが最初から認識している固有ユーザーだった。
つまり、このUSBは最初から『ユンジェのためだけに』用意されたデバイスだったのだ。
ユンジェのすべての行動を監視するために送られたに違いない。
(一体……いつから俺を観察していたんだ?)
心臓が、どくんと大きく跳ねた。
【午前3時55分】
ユンジェは、ノートパソコンを閉じることができなかった。
『log_asset_3870』
ファイル名の意味は明白だった。
3870は単なる数字ではなかった。
極めて重要な意味を持つ『管理番号』だと推測できた。
そして、その対象が『三千八百七十人』という数字と一致する。
(資産三千八百七十個――Asset 3870)
(組織の内部システムでは、人間やファイルを「資産」として扱っているのか?)
これは単なる論文代筆ビジネスではない。本能がそう告げていた。
【午前4時05分】
その時だった。
ピコン――。
ノートパソコンの画面が再び点滅した。
[Anonymous Sender: ファイルアクセスを検知]
しばらくして、見慣れたシルエットの男が画面に現れた。
午前四時。予定にはない時間だった。
「A-73様」
ユンジェは唇を噛んだ。
「なぜ、また接続した」
男は冷静だが、鋭い口調で言った。
「USBの中身を調べられましたね?」
「……!」
ユンジェは言葉を失った。
「AS_hidden_tempフォルダ。そのファイルは、まだあなたが閲覧する段階ではありません」
「一体……これは何だ。3870とは何のことだ?」
男はしばし沈黙した。
「……再度、警告します。我々が命じた作業だけを黙って進めてください」
「あなたが担当しているのは、あくまで『最初の原稿』に過ぎません。3870に関する事案は、上位ランクの作家が扱います」
「上位ランク?」
男は静かに続けた。
「A-01からA-12まで。彼らがこのすべての『資産』を管理しているのです」
資産。またその言葉だ。
「……なら、俺は?」
男は冷淡に言い放った。
「あなたは、この歯車の末端に過ぎない」
その言葉をナイフのように突き立て、男の影は消えた。
【午前4時15分】
ユンジェはゆっくりとノートパソコンを閉じた。
今や、確信していた。
自分が行っているのは、論文の編集などではない。
情報の操作。データの改ざん。医療記録の捏造。
そして、その仕事を担う作家たちが、3870という数字とどこかで繋がっている。
彼は顔を上げ、狭い下宿の天井を見つめながら、小さく呟いた。
「俺は……俺は何に手を染めてしまったんだ?」
その問いに答える者は誰もいなかった。
部屋の中は息を潜めたように静まり返っていた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
【次話予告】
夜が完全に明ける前、ドアの隙間から一枚のメモが滑り込んでくる。
『3870を二度と開かないでください。次はファイルではなく、あなたです』
USBの中の監視は、今や現実の世界へと侵食してきた。
そしてA-73に向けられた『最初の警告』は、まだ始まったばかりだった。
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
画面の中の警告が、ついに現実の脅威となって迫ってきました。
「次はファイルではなく、あなたです」という不気味なメモ。
ユンジェを監視しているのは、果たしてシステムだけなのでしょうか?
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