第35話. 亡霊の逆襲
日常の裏側に潜む巨大な「工場」。その牙城に、死んだはずの男が足を踏み入れます。
華やかなエリート幼稚園「ザ・ブルー・アカデミー」。平和に見えるその場所で、ユンジェは二番目の「毒薬」を解き放ちます。
復讐のために幽霊となった男と、子供を人質に取った捕食者。
緊迫の第35話をお届けします。
清潭洞の一等地の真ん中、城壁のように高い塀に囲まれた「ザ・ブルー・アカデミー」。
そこは幼稚園というより、むしろ要塞に近かった。正門前を埋め尽くす数億円の高級外車と、子供たちを待つ運転手たちの整った身なり。
柔らかなクラシック音楽が流れるロビーは平和そのものだったが、その華やかな風景に降り注ぐ正午の日差しは、眩しすぎるがゆえに影をより深く、冷ややかに際立たせていた。
ユンジェは道の向かい側で古びたキャップを深く被り、その光景を凝視した。
公式には昨夜の地下通路爆発事故と共に「死亡」処理された亡霊。
奴らが油断しているこの短いゴールデンタイムこそが、敵の心臓部に刃を突き立てる唯一の機会だった。イヤホン越しにB-07の低い声が流れる。
「準備は整いました、検事さん。10秒後に正門ゲートを通過してください。顔認証データはリアルタイムで差し替えておきました」
「これより検事さんは、『エデュケア本部』の保安点検官です」
「ソヨンさんは?」
「安全です。今は私のアジトで、昨日確保したSDカードのデータを分散バックアップしています」
「証拠の復旧はあちらの専門家に任せて、検事さんは内部の状況にだけ集中してください」
ユンジェは身なりを整え、正門に向かって歩き出した。
顔認証カメラがユンジェの顔をスキャンした瞬間、B-07のハッキングによってデータベースの写真がリアルタイムで書き換えられた。
ピッ―― [訪問客:保安点検チーム イ・ミンジュン。承認されました]
重厚なガラス扉が開き、幼稚園の内部に入ると、子供たちの笑い声が廊下に満ちていた。
だが、ユンジェの目に映るその平和は、奇怪に歪んでいた。
廊下の至る所に配置されたガードマンの鋭い視線と、教室ごとに設置された過剰なセキュリティ装置。
ここは教育機関ではなく、高官たちの子供を人質に取るASのもう一つの「管理棟」に過ぎなかった。
「検事さん、3階の『特別活動室』の前にガードマンが二人固定されています。正面突破はリソースの無駄です。どうされますか?」
B-07の問いに、ユンジェは足を止め、頭の中の設計図を再確認した。
テヨン・メディカルのサーバーに仕込んだ「12個の毒薬」。
それは特定の条件が揃えばシステムを内部から崩壊させる、一種の論理爆弾だった。
最初の毒薬が昨夜、本社のセキュリティシステムを麻痺させたなら、次は二番目の毒薬を取り出す番だ。
「内部分裂」という名の毒薬だった。
「B-07、パク・ソクフン専務は今、ロビーにいますか?」
パク・ソクフン。テヨン・メディカルの専務であり、今回のステント副作用隠蔽事件の実務責任者。
彼は五十を過ぎて授かった一人息子をここに預け、毎日の送り迎えを自らこなすほど息子に執着している人物だった。
「はい、スマートフォンを握りしめ、苛立った様子で待機しています」
「いい。パク専務の個人メールに『隠蔽報告書の原本』を送信してください。発信元はこの幼稚園の公用Wi-Fiである必要があります」
「自分の不正が、今まさにこの幼稚園のネットワークを通じてリアルタイムで流出していると、奴に信じ込ませるんです」
しばらくして、ロビーからパク専務の怒鳴り声が響き渡った。自らの破滅が幼稚園の内線網を通じて広がっているという恐怖は、彼の理性的な判断を麻痺させた。
「今すぐ息子を連れてこい! 保安チーム! 今、俺の携帯がこの建物のネットワークからハッキングされた! 全フロアを封鎖して確認しろ!」
パク専務の突発的な行動に、幼稚園の保安チームがロビーへと一斉に駆け下り、3階の警備に隙が生じた。
ユンジェはその混乱に乗じて特別活動室の扉を開けた。広い部屋の真ん中、パステルカラーの家具に囲まれ、一人で人形を弄んでいるスアの姿があった。
「スア」
ユンジェは慎重に名前を呼びながら近づいた。
子供が顔を上げると、ユンジェはその前に膝をつき、ウジンから託された写真を見せた。
「パパ……?」
スアの小さな声が震えた。写真の中の父親の顔をなぞる子供の指先が、細かく震えていた。
「パパに頼まれて来たんだ。スアを連れてくるように言われた。さあ、ここを出よう」
「パパは? パパが直接来るって言ったのに……一緒に帰るんじゃないの?」
スアの質問に、ユンジェの胸の奥が冷たく沈んだ。ユンジェは子供の小さな手を強く握りしめた。
「パパは今、スアが安全な場所に着くのを待っているんだ。急いで行かないと、パパに会えなくなる。わかったね?」
スアが頷いたその瞬間、廊下の向こうから冷たく整った靴音が聞こえてきた。
現れたのは、40代半ばの園長、ハン・ヘスクだった。
「亡霊が自ら墓穴に飛び込んできたようですね、ハン・ユンジェ検事」
園長の手に握られたタブレットには、リアルタイムでユンジェの心拍数が激しく刻まれていた。
「B-07、私の心拍数が露出しています。どういうことだ?」
イヤホン越しにB-07の当惑した息遣いが聞こえた。
「検事さん、撤退してください! チョン・ウジンさんが疑われ始めた時、ASが彼の管理者コードに逆探知トラップを仕掛けていたんです!」
「アクセスした瞬間、検事さんのデバイスにある生体データが保安網に強制同期される設計になっていました!」
園長は余裕の笑みを浮かべ、ユンジェに向けてタブレットを掲げた。
「あなたが死んだという知らせに寂しく思っていましたが、こうしてスアを直接迎えに来てくれるなんて、本当に助かりました」
「おかげで、外であなたを捜し回る手間が省けましたよ。あなたをおびき寄せる餌として、ね」
園長の言葉が終わる前に、廊下の両端から重厚な防火シャッターが降り、退路を完全に遮断した。
「さて、スアと一緒に、あなたが残した11個の毒薬がどこに隠されているのか、ゆっくりお話ししましょうか」
[SERVER_SHREDDING_COUNTDOWN: D-97 14:22:10]
孤立した空間、背後のスア、そして正体を現した捕食者。ユンジェはポケットの中で、冷え切った自分の拳を強く握りしめた。
第35話、いかがでしたでしょうか。
亡霊としての逆襲、そして「内部分裂」という二番目の毒薬による鮮やかな潜入。しかし、ASの罠はユンジェの想像を超えて緻密でした。管理者コードに仕掛けられた生体データの同期トラップ。追い詰められた17階から今度は清潭洞の要塞へと、ユンジェの戦いはより過酷なものへと変貌していきます。
逃げ場のない閉鎖空間で、ハン・ヘスク園長と対峙するユンジェ。
彼が守るべきものは、もはや証拠だけではありません。
次回の第36話で、ユンジェがどのようにこの窮地を脱するのか。
明日もこの時間にお会いしましょう。




