第31話. 人質の都市
皆様、こんにちは。
ついに第31話をお届けすることになりました。
ハン・ユンジェが「洗浄」の手を止め、自ら仕掛けた「毒」を稼働させる、本作最大の転換点となるエピソードです。手に汗握る潜入劇と、最後に待ち受ける宿敵との対峙をどうぞお楽しみください。
ネットカフェの空気は重く、画面の中で点滅するカーソルが、まるでソヨンの途切れた呼吸のように感じられた。
「テヨン・メディカル本社17階、法務チームの待合室です。ソヨンさんの信号が最後に確認された場所です」
B-07の言葉に、ユンジェの瞳が冷たく沈んだ。
『特別取材協力』という名の監禁。
奴らはソヨンの口を封じるために、最も大胆で傲慢な方法を選んだのだ。
[A-12:ハン作家さん、テヨン・メディカル側から追加修正の要請がありました。新型ステントの『副作用発生率』の図表を、もう少し希釈してほしいとのことです。10分以内に処理可能ですよね?]
絶妙すぎるタイミングだった。
ソヨンを人質に取り、ユンジェにはその人質を殺す文章を書けと命じている格好だった。
(ああ、望み通りに書いてやろう)
ユンジェの指がキーボードの上を嵐のように叩いた。
だが、今回は奴らのための洗浄ではなかった。
自ら仕込んでおいた『12個の毒薬』のうち、最も致命적인... 致命的な一番目を稼働させる時だった。
「B-07、今から私がやる作業をよく見ていてください」
ユンジェは統計ファイルに『二重レイヤー』を作動させた。
表面的に見える数値は0.01%へと綺麗に削ぎ落とされていた。
しかし、元のデータベースとクロスチェックを実行すれば、7.3%という実数値が赤色の警告灯と共に飛び出すように設計されていた。
さらに致命的なのは、この矛盾が『外部侵入コード』の痕跡を残すという点だった。
「奴らはこのエラーを私のミスではなく、『ハッカーによるデータ操作の試み』だと解釈することになります。私が仕込んだログのパターンは、実際のハッキング攻撃と99%一致するように設計してありますから」
「データ爆弾ですね」
「その通りです。そしてこの爆弾が爆発すれば、テヨン・メディカル全域のシステムが緊急セキュリティ点検モードに切り替わります。最低でも30分間は混乱が続くでしょう」
ユンジェ가... ユンジェが送信ボタンを押した瞬間、江南のど真ん中にそびえ立つテヨン・メディカル本社のガラス窓の向こうで、目に見えない火花が散った。
「30分。その間にソヨンさんを救出しなければなりません」
B-07がUSBを一本、ユンジェに手渡した。
「臨時出入証のデータです。ロビーのゲートまでは通過できるはずです。ですが、その後は……あなた自身で解決しなければなりません」
ユンジェはUSBをポケットにねじ込み、席を立った。
20分後、テヨン・メディカル本社ロビー。
建物全体が非常事態だった。
先ほど送信された『最終報告書』がシステムに入力されるやいなや、セキュリティサーバーが悲鳴を上げて停止し、法務チームは予想だにしないデータエラーの収拾に追われ、修羅場と化していた。
ユンジェは混乱に乗じてセキュリティゲートへと向かった。
B-07が複製してくれた臨時出입... 出入証をかざすと、緑色の光が点滅した。
通過。
だが、問題はその先だった。
エレベーターの前に立ったユンジェは、デジタルパネルを確認した。
17階のボタンが赤色にロックされていた。
[17F: RESTRICTED ACCESS - 法務チーム専用フロア]
(ちっ……)
臨時出入証では17階まで上がることはできなかった。
ユンジェは素早く周囲を見渡し、廊下の突き当たりにある非常階段の標識を見つけた。
階段だ。
ユンジェは呼吸を整えながら、階段を上り始めた。
5階、8階、11階……。
各階に設置された監視カメラがユンジェを追ってきたが、今、保安チームはデータエラーの収拾に手一杯のはずだった。
14階。
階段の入り口に『社員専用』の表示が出ていた。
ユンジェは足を止め、シャツ의... シャツのボタンを外し、ネクタイを緩めた。
古びたジャケットを脱いで、階段の手すりに掛けた。
(社員に見えなければならない)
15階、16階……。
ついに17階の階段出口の前。
扉の向こうから廊下の喧騒が聞こえてきた。社員たちが急ぎ足で行き交う足音、切迫した電話の声。
ユンジェは深呼吸をした後、扉を開けて廊下へと足を踏み出した。
静寂だけが漂う廊下の先に、『法務チーム待合室』という標識が見えた。
しかし、その扉の前にはがっしりとした体格のガードマンが二人立っていた。
彼らの耳に装着されたインイヤーからは、慌ただしい無線連絡が漏れ聞こえていた。
『保安室より、全フロアシステムダウン! データ流出の可能性を確認中! 全ガードマンは指定位置を死守せよ!』
ガードマンたちは微動だにしなかった。
ユンジェは廊下の中央にあるトイレに身を隠した。
鏡の中の自分の顔を見ながら、計画を再点検した。
(あの二人をどう制圧するか?)
その時、トイレの扉が開き、一人の男が入ってきた。
テヨン・メディカルの社員証を首にかけた30代の男性。
男はユンジェをちらりと見て、洗面台へと向かった。
ユンジェの目が、男の社員証に固定された。
[テヨン・メディカル / IT保安チーム / チェ・ミンホ]
IT保安チーム。
(今だ)
ユンジェは男が手を洗っている隙に、背後から素早く近づき、喉を絞めた。
元検事時代の逮捕術の訓練が、体に染み付いていた。
男はまともに抵抗もできないまま、10秒足らずで意識を失った。
「すみません」
ユンジェは男の社員証と上着を剥ぎ取って身につけた。
鏡の中に映る自分は、今や『IT保安チームのチェ・ミンホ』だった。
ユンジェはIT保安チームの社員証を首にかけ、堂々と廊下を歩いた。
ガードマン二人がユンジェをちらりと見たが、社員証を確認すると再び正面を凝視した。
(まだ疑われていない)
ユンジェが待合室のドアノブを掴もうとした瞬間、ガードマンの一人が手を挙げて制止した。
「IT保安チームですか? 今、このフロアは立ち入り禁止です」
「だから来たんです。保安サーバーダウンに関連する緊急点検の指示を受けました。A-12の指示事項です」
『AS』という名は、この建物の中でどんな役職よりも強力な武器だった。
ガードマンの瞳が揺れた。
「ですが、確認の電話を……」
まさにその瞬間、廊下の突き当たりで悲鳴が上がった。
『ああっ、またシステムがダウンしました! バックアップサーバーも使い物になりません!』
二番目の爆弾だ。
ユンジェが仕掛けたデータトラップが連鎖反応を起こし、バックアップサーバーまで麻痺させたのだ。
ガードマンたちの無線機から、緊急呼出音が鳴り響いた。
『保安室より、全IT人員は直ちにサーバー室へ集合せよ! 繰り返す、全IT人員、サーバー室に集合!』
ガードマンの一人がユンジェを見て、焦りながら言った。
「IT保安チームなら、早くサーバー室へ行ってください!」
「わかりました。ですが、この部屋の中の端末から点検しろというのがA-12の指示でした。1分で済みます」
ユンジェの鋭い眼光と毅然とした声に、ガードマンはそれ以上堪えきれず、扉を開けた。
ガチャリ。
扉이... 扉が開き、冷え切ったオフィスの中央に一人で座っているソヨンの姿が見えた。
ソヨンの前のテーブルには、A4用紙が一枚置かれていた。
『供述書』という題名の下に、びっしりと文字が綴られていた。
[本人イ・ソヨンは、テヨン・メディカルに対する取材過程において、未確認の情報に基づき虚偽の事実を流布したことを認め、これに対するすべての法的責任を負います]
下部には空白の署名欄が待ち構えていた。
ソヨンの目が驚愕で見開かれた。
「ハン・ユンジェさん……?」
ユンジェは唇に指を当て、静かにしろと合図を送った。
그리고... そしてIT保安チームの社員証を見せながら、低い声で囁いた。
「端末の点検に来ました。1分だけご協力をお願いします」
演技だった。扉の外のガードマンたちを欺くための。
ユンジェはソヨンの前のコンピュータへ歩み寄り、キーボードを叩くふりをしながら、耳元で尋ねた。
「怪我はありませんか?」
「……今のところは。でも、この供述書に署名しなければ『業務妨害罪』で告発すると脅されました」
「署名しないでください。絶対に」
「그런데... でも、どうやってここまで……」
まさにその時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
そして、ユンジェのポケットの中のスマートフォンが震え始めた。
[A-12:ハン作家さん、今どこですか? データに異常の兆候が捉えられました。応答してください]
奴らが気づいた。
ユンジェはソヨンを見つめ、静かに口を開いた。
「30秒後、私が合図を送ったら、私の後ろにぴったりついて来てください。決して振り返らず、私が行く方向にだけついて来るんです」
「하지만... でも、外にガードマンが……」
ユンジェの瞳が冷たく沈んだ。
元検事時代、犯罪者たちを圧倒していたあの鋭い気迫が蘇っていた。
「行かなければなりません。今すぐに」
まさにその瞬間、廊下の突き当たりでエレベーターの扉が開く音がした。
そして、廊下に響き渡る低く冷徹な声。
「IT保安チームのチェ・ミンホさん。トイレで意識を失って発見されたという報告を、たった今受けましたよ」
A-12だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
絶体絶命の危機に瀕したユンジェとソヨン。
そして、ついにその姿を現したA-12。
17階という高層階で、退路を断たれた二人はどのような選択をするのでしょうか。
次回の第32話で、その衝撃の結末をぜひご確認ください。
それでは、また明日お届けします。




