第3話. 3,870番目の依頼
深夜3時、約束の「公式中間点検」。
静まり返った部屋で、ユンジェは不可解な現象に直面します。
自分が書いたはずのない、一文。
そこに刻まれた「3,870」という不吉な数字。
物語の歯車が大きく狂い始める第3話、ぜひお楽しみください。
午前三時、公式中間点検。
そして、原稿の中に――彼が書いた覚えのない一文が現れた。
『三千八百七十人のうち、二十四・六%が……』
【2019年3月21日 午前2時58分】
【下宿 206号室】
ユンジェは缶コーヒーを二本空けたが、粘りつくような眠気は一向に引かなかった。
ノートパソコンの画面には、既に半分以上整えられた原稿が映っている。
整然とした文章。
もっともらしい統計構造。
簡単に言えば、「嘘」が「論文」という衣を纏い、完成へと向かっている最中だった。
ユンジェは深く息を吸い込んだ。
「……もうすぐ三時だ」
【午前3時00分】
ピ、ピ、ピ――。
画面の右下が赤く点멸... ではなく、赤く点滅した。
[Notification: Official Mid-Check Starting]
画面全体が瞬時に真っ暗になり、あのシルエットの男が再び姿を現した。
今回は、より近く。
画面をほとんど埋め尽くすような、巨大な影。
「作家 A-73様。公式中間点検を開始します」
ユンジェはマウスを握りしめた。
「……既に一度、点検したはずですが」
喉の奥から声を絞り出す。
「あれは事前確認(pre-check)です。公式な点検はこれからです」
男の口調は、断固としていた。
「ファイルを開いてください」
ユンジェがファイルを開くと、シルエットの男は息もしていないかのように、静かにページをめくっていった。
緒論。本論一章、二章、三章……十章。
スクロールする音だけが、狭い部屋に虚しく響く。
やがて、男の手が三十七ページ目で止まった。
「ここです」
その一言に、ユンジェはかつて経験したことのない悪寒を覚えた。
一つの文章が、画面の中央に浮かび上がっている。
『患者群BのAFP数値は、正常範囲より四倍高かった』
男が言った。
「A-73様。この数値はどこから持ってきたものですか?」
「既存のデータがあまりに杜撰だったので……私が少し、調整を」
「少し?」
男はそのデータと文章を再び拡大した。
「正常より四倍? 根拠は?」
「……」
ユンジェは生唾を飲み込んだ。
根拠など提示できるはずもなかった。
ただ手術費と父の顔が浮かび、「それらしく」作り上げた数字に過ぎなかったからだ。
男が低く言った。
「A-73様。我々は『創作』を依頼した覚えはありません」
その言葉は、冷たい壁よりも重い圧力となってのしかかった。
だがその瞬間、男が不意に言葉を詰まらせた。
「……待て」
ユンジェが顔を上げる。
男はマウスで、原稿の別のページをクリックした。
『四十二ページ』
ユンジェはいぶかしげに画面を見つめた。
そこには、彼が書いた覚えのない一文があった。
『三千八百七十人のうち、二十四・六%が――』
ユンジェが尋ねた。
「……これは、何ですか?」
男の声が、初めて揺れた。
ユンジェはその反応に戸惑いながら言った。
「私……私はこんな一文、書いていません」
「今、何と言いました?」
「本当です。私はこの数字を見たことも、書いたこともありません」
男が、血眼になって修正履歴を確認し始める。
作成者:Unknown
編集者:なし
入力時間:2019.03.21 02:11 AM
ユンジェは一時間前の記憶を辿った。
「二時十一分なら、私が資料を探していた時間ですが……」
男はそれ以上、何も言わなかった。
この一文は、草案にもなかった。
ユンジェが追加したものでもない。
それなのに、ファイルの中に紛れ込んでいたのだ。
そして、**『三千八百七十』**という数字。
その数字が、強烈に脳裏に突き刺さる。
しばらくして、男の声が低く、湿ったものに変わった。
「A-73様」
「はい……」
「この数字、見ていないというのは本当ですか?」
「ええ、本当です。この文章自体、今初めて見ました」
男は沈黙した。前よりもずっと、長く。
そして、ようやく言葉を絞り出した。
「……よろしい。とりあえず、作業を続けてください」
「え? ですが、この数字は何ですか?」
「お答えできません。ですが、黙って続けてください」
その口調は前よりもずっと慎重で、どこか『恐怖』が混じっているようだった。
そして男は、逃げるように画面から消えた。
【午前3時17分】
ユンジェは、時が止まったかのような自分の指先を見つめた。
ファイルを何度開き直しても、三千八百七十という数字はそこに残り続けていた。
その文章は、彼が書いていないにもかかわらず、原稿の中に確かに存在していた。
彼はノートパソコンの時計を再び見た。
「午前三時十七分……」
そして、聞こえるか聞こえないかほどの小声で呟いた。
「……俺の他に、誰がこの原稿を書いているんだ?」
静かな部屋の中で、ユンジェの心音だけが不気味に響き始めた。
三千八百七十。
聞き覚えのない数字。
だが、拭い去れない不吉な予感。
その数字は、単なる『代筆』という行為を、全く別の『何か』へと変え始めていた。
再びユンジェは、冷え切った手でキーボードを叩き、代筆を続けた。
【次話予告】
ユンジェはUSBの中で、決して開けてはならない『二番目のファイル』を発見する。
『log_asset_3870』
ロックされたファイル、そして不気味な削除警告。
さらに……自分を『認識』し始めるシステム。
その瞬間、ユンジェは悟ることになる――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「3,870」という謎の数字が、ついにその姿を現しました。
ユンジェの知らないところで進む、奇妙な上書きの正体とは……?
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