第23話 3,870人の名
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「3,870……それは事件の番号ではなかった」
書斎に残された膨大な資料から浮かび上がったのは、社会の頂点に君臨するエリートたちの「知性の偽造」でした。
自分が整えた文章が、彼らの偽りの学位を支える土台となっていた事実を知ったユンジェ。
そして、兄・ソジュンが最期に助けを求めた人物の正体とは。
隠蔽された3,870人のリストが、今、開かれます。
三日が過ぎた。
ソヨンの書斎は、今や小さな取調室のようになっていた。
壁に貼られたタイムライン、テーブルの上の書類の山、二台のノートパソコンが並んで起動している。
ユンジェはほぼ毎日ここで一日を過ごした。
二人の間に会話は多くなかったが、それぞれの画面を見つめ、一つずつ記録しては次のケースへと移る作業を繰り返した。
「パターンが見えてきました」
ソヨンが先に口を開いた。
ユンジェが彼女に視線を向けた。
「どんなパターンですか?」
ソヨンはノートに書き留めた項目を指差した。
「3870-05、医療機器のケースです。承認を受けた会社の代表はS大医学部の博士。そして3870-07の新薬治験は責任研究者がK大薬学部の博士。3870-12の建築資材は安全検討の責任者がT大建築工学の博士でした」
ユンジェはそのリストを読み上げていった。
すべて名門大学の博士号保持者たちだ。
「最初は偶然だと思いました。博士号を持つ人間がそのような地位にいるのは当然ですから」
ソヨンが別のケースを広げながら言った。
「ですが、見続けているうちに、ある異常な点を発見したのです」
彼女は画面を回転させた。
「この人たちの論文を探してみたんです」
画面に表示された論文のタイトルは、すべて二〇一六年から二〇一九年の間に作成されたものだった。
そして、すべてが似たパターンを示していた。
百ページ前後、酷似した構成、類似した参考文献のスタイル。
「おかしいと思いませんか?」
ソヨンが問いかけた。
「大学も専攻も違うのに、論文の形式が似すぎている。まるで同一人物が書いたかのように」
ユンジェはある論文をクリックし、要約部分を読んだ。
『本研究は既存のデータを参照し……』
見覚えのある文章構造だった。
「さらに奇妙なのは、これです」
ソヨンが別のタブを開いた。
「これらの論文の参考文献を見ると、私たちが追跡していた『3870ケース』が引用されているんです」
ユンジェの手が止まった。
「3870-09の医療機器の研究が、この博士論文の参考文献十七番にあります。そして3870-07の新薬データが、あちらの論文の二十三番に。私たちが追っていた研究がすべて、博士論文の参考資料として再利用されていたんです」
ユンジェはこの流れを徐々に理解し始めた。
「つまり……俺が検討した研究報告書が……」
「ええ。誰かの博士論文を裏付ける資料になったんです」
ソヨンが頷いた。
「あなたが『外部参照資料として使用可能』と記した一文が、実際に論文審査において参考資料の信頼性を証明するために使われていたわけです」
ソヨンはしばし呼吸を整え、別の画面を開いた。
「それで、これらの論文がどこから出てきたものなのかを逆探知しました」
画面に映し出されたのは、古いニュース記事だった。
【アカデミック・ソリューションズ、学位論文代筆の疑惑】
二〇一八年の記事。
小さなメディアが扱った後、すぐに埋もれてしまった記事だった。
「この会社は何ですか?」
ユンジェが尋ねた。
「学位論文を代わりに執筆する場所です。七十二時間以内に百ページの論文を完成させると謳っていました」
ソヨンが答えた。
「顧客は主題を与えるだけで、残りはすべてこちらで処理するシステムだったようです」
ユンジェは記事を読んだ。
『依頼人の身元を徹底保護』『オーダーメイドの研究データ提供』『学会検証の通過を保証』といった文言が目に飛び込んできた。
「そんなことが本当に可能だったのですか?」
ユンジェが問い返した。
「可能だったようです。この会社のホームページはすでに消えていますが、ウェブアーカイブにキャッシュが残っていました」
ソヨンが別の画面を開いた。
表示されたページは清潔感のあるデザインで、専門的な文言で埋め尽くされていた。
そして下部に、小さな数字が一つ記されていた。
『総顧客数:3,870人』
その瞬間、ユンジェは息が止まるような感覚に陥った。
「3,870……」
彼は呟いた。
「ケース番号ではなかったんだ」
ソヨンが静かに言った。
「人間の数だったのです。3870-09は九番目のケースではなく、三千八百七十人のうちの九番目の顧客だった」
彼女はファイルを一つずつ広げていった。
「3870-09番の顧客はS大医学部教授。3870-07番は製薬会社の研究理事。3870-12番は建設会社の技術役員」
ソヨンがユンジェを見据えた。
「あなたが検討したのは単純な研究報告書ではありませんでした。それらの研究は後にこの人たちの博士論文の参考文献に入り、あなたの検討意見は、その研究が信頼に足るという証拠になったのです」
ユンジェは自分が書いた文章を思い出した。
『該当研究は学術的価値を充足』『既存データの活用は適切』『参考文献の構成は妥当』。
A-12が送ってきた資料には常に「参照だけしろ」と記されており、ユンジェはどの論文のどの部分を検討しているのかを問いもしなかった。
ただ文章を整え、流れを整理しただけだった。
「俺が……」
ユンジェが口を開いた。
「俺が偽物の博士を作っていたのか」
ソヨンはしばし沈黙した後、別のファイルを開いた。
「正確には、偽の研究を本物に見えるように整えたのです。そしてその偽の研究を基に、誰かが博士号を取得した」
画面に表示された名簿には、三千八百七十の名があった。
ソヨンがゆっくりとスクロールすると、政治家、実業家、教授、医師、弁護士、判事など、多様な職業の人々が現れた。
「この人たちは皆、二〇一六年から二〇一九年の間に博士号を取得しました。そして今は……」
ソヨンがいくつかの名前をクリックした。
国会議員、大学病院の科長、大企業の役員、法律事務所の代表弁護士。
「社会のいたるところにいます」
ソヨンがスクロールする手を止めた。
「これ……」
ユンジェが画面を覗き込んだ。
一つの名前がハイライトされていた。
『チョン・ミンス ― 食薬処 医薬品安全局 課長』
「この人が?」
ユンジェが尋ねた。
ソヨンは兄のメールフォルダを開いた。
宛先:チョン・ミンス
件名:3870-09 再検討の要請
日付:二〇一九年十一月五日
「兄が助けを求めた人物です」
彼女の声が震えていた。
メールの内容が画面に映る。
『チョン課長、3870-09 医療機器のケースについて追加データの検討をお願いします。現段階での承認は時期尚早だと判断されます。長期的な安全データが不足しています』
返信:なし。
ソヨンが再び名簿を指差した。
チョン・ミンス
学位取得日:二〇一七年八月
専攻:薬学博士
所属:アカデミック・ソリューションズ 顧客番号 3870-1847
「ですが、この人も……顧客だったのです」
ユンジェはその名前を見つめた。
「だから返信をしなかったのか……」
ソヨンが呟いた。
「自分もこのシステムの一部だったから。兄が暴けば、自分も露呈してしまうから」
彼女はゆっくりと息を吸い込んだ。
「兄は助けを求めました。信じていた人に。それなのに、その人も……」
ソヨンは言葉を継げなかった。
ユンジェは再びその名簿を見つめた。
三千八百七十人。
もはやそれはただの数字ではなかった。
それぞれが誰かを裏切り、誰かの助けを求める声を黙殺し、誰かを孤独に追いやった人間たちだった。
「この人たちのすべてが、偽の学位で今の地位にいるということですか?」
彼が尋ねた。
「少なくとも疑うことはできます。顧客であり、七十二時間で完成した論文で学位を得たのなら」
ソヨンが答えた。
「そしてその論文には、あなたのような人間が書いた検討意見が付加され、研究の信頼性を保証したのです」
沈黙が流れた。
ユンジェは手を震わせながら尋ねた。
「では、誰がその論文を実際に書いたのですか?」
「それが問題です」
ソヨンが言った。
「あなたは検討だけをしました、七つのケースだけを。ですが、三千八百七十人の論文を七十二時間以内に百ページずつ書くには……」
彼女は計算するように間を置いてから続けた。
「少なくとも数十人、あるいは数百人のライターが必要だったはずです」
ユンジェはA-12の言葉を思い出した。
『ハン・ユンジェさんは文章を整理する能力があります。だから必要なのです』
文章を整理する人間が必要だったのなら、文章を書く人間、データを作る人間、参考文献を構成する人間も必要だったはずだ。
「俺以外にも、別の人間たちがいたのか」
ユンジェが呟いた。
「ええ。そして、私たちはその人たちを探し出さなければなりません」
ソヨンが力強く頷いた。
ソヨンはもう一つのフォルダを開いた。
「兄の記録を読み直しました」
画面に映し出されたのは、イ・ソジュンのメモだった。
『3870-09 研究 → どこに使用?』
『S大 博士論文 参考文献 発見』
『アカデミック・ソリューションズ ― 確認が必要』
その下に小さな文字で記された文章。
『論文代筆システムか?』
『チョン・ミンス課長に助けを要請 → 返信なし』
『一人では止められない』
ソヨンの声が微かに震えた。
「兄は知っていました。自分が警告した研究がどこに使われるのかを。だから逆探知し、アカデミック・ソリューションズを発見したのです。そして助けを求めたのに……」
彼女は言葉を止めた。
ユンジェはそのメモを読んだ。
『一人では止められない』という一文が、とりわけ目に焼き付いた.
だが誰も耳を貸さず、イ・ソジュンは一人で戦い、そして……。
「兄が亡くなったのは、これのせいかもしれません」
ソヨンが静かに言った。
ユンジェは彼女を見つめた。
「証拠はありますか?」
「いいえ。ですが兄はこれを止めようとしていました、三千八百七十人の偽博士システムを」
ソヨンがタイムラインを指差した。
二〇一九年十一月、イ・ソジュンの最後の警告。二〇一九年十二월... 二〇一九年十二月、イ・ソジュン死亡。
「あまりに近すぎませんか?」
ユンジェは答えることができなかった。
ソヨンが画面をスクロールして止まった。
「それに、まだ終わっていません」
ユンジェが画面を見た。
アカデミック・ソリューションズのキャッシュページの一番下に、小さな文言があった。
『新規登録:進行中』
最後の更新は二〇二五年一月だった。
「今もですか?」
ユンジェが尋ねた。
「会社は消えました。ですがシステムは残っているようです」
ソヨンが最近の博士号取得者名簿を開いた。
二〇二四年下半期、二〇二五年初頭に学位を取得した人々の論文リストだった。
見慣れたパターンの論文。百ページ前後、七十二時間以内の完成と推測される。
「誰かは今も論文を書いています。そして誰かは今も学位を買っている」
ソヨンが言った。
ユンジェはゆっくりと席を立った。
「止めなければならない」
「どうやって?」
ソヨンが問いかけた。
ユンジェは少し考えて答えた。
「A-12を訪ねるつもりです。直接会って問い質します。誰が論文を書き、誰がシステムを運営しているのかを」
ソヨンは彼を見つめた。
「危険ではないでしょうか?」
「危険です」
ユンジェが正直に答えた。
「ですが、このままにしておくわけにはいきません」
彼は画面の中の3,870という数字をもう一度見つめた。
そしてチョン・ミンスという名前を。
イ・ソジュンが助けを求めたが、冷たくあしらわれたその名前を。
ソヨンはしばし沈黙した後、カバンをまとめ始めた。
「何をしているんですか?」
ユンジェが尋ねた。
「一緒に行きます。あなたを一人で行かせるわけにはいきません」
ソヨンが答えた。
「ですが……」
「私も確かめたいんです。兄がなぜ死んだのか、このシステムを誰が作ったのか」
ソヨンが彼を見つめた。
「そして3,870人の陰に、どれほど多くの人間が隠れているのかを」
窓の外では日が沈みかけていた。
二人は書斎を後にした。
壁に残されたタイムラインと3,870という数字、そしてまだ終わっていないシステム。
ユンジェはスマートフォンを取り出した。
A-12から最後に来たメッセージが表示されていた。
【必要であれば、いつでもご連絡ください】
ユンジェの指がキーボードの上でしばし止まった後、ゆっくりと入力した。
【会いたいです】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3,870人という数字の真実。
それは社会を支える「知性」そのものが偽造されていたという、恐ろしい事実でした。
兄・ソジュンが直面した絶望、そしてユンジェが背負うことになった罪の重さ。
二人はついに、元凶であるA-12との接触を試みます。
「論文工場」の深淵に何が待っているのか。
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