第16話. 再作成
「受諾」のクリック音は短く、世界は依然として静まり返っていました。
しかし、モニターに映し出された数字「3870-09」が、ユンジェの過去を容赦なく呼び覚まします。
検事時代、真実を追う猟犬を自負しながらも、組織の中で「安全な言葉」を選び続けてきた自分。
その時の卑怯な沈黙が、今、最悪の形となって目の前に現れます。
「今回は、あなた自身のために書きなさい」
A-12の囁きに、ユンジェの指先が動き始めます。
第16話、再作成の幕が上がります。
クリックの音は短く、何事も起きなかったかのように静かだった。
あの黒い扉も、画面も、照明もそのままだ。
しかし、ユンジェには分かっていた。
既に何かが始まってしまったのだと。
ノートパソコンの画面がゆっくりと切り替わる。
選択肢は消え、代わりに新しいファイルが一つ開かれた。
[再作成対象 – 第1次]
ユンジェは息を呑んだ。
ファイルタイトルの下に、事件番号が記されていた。
[3870-09]
彼が初めてこの組織の名を聞いた時に目にした数字だった。
単なるコードだと聞き流していた番号。
しかし、今は違う。
(三千八百七十人のうち、九番目……)
自分より先にこの部屋に座った者たちがいる、という意味だった。
画面が自動的にスクロールされ、内容が露わになる。
[被害者供述。証拠目録。検事意見書]
すべての文章に見覚えがあった。
「……これは」
ユンジェの声が掠れた。
「俺が担当した事件だ」
A-12の声が即座に続いた。
「その通りです、A-73。
あなたが記録し、
あなたが判断し、
あなたが終結させた事件です」
パソコンのカーソルが止まった場所には、太字で表示された一文があった。
[判断根拠:証拠不十分]
ユンジェの視線がその一文に固定された。
「これは……事実でした」
A-12は反論しなかった。
代わりに、極めて静かな声で問いかけた。
「だとしたらなぜ、同じ事件に対して三つの記録が存在するのでしょうか?」
瞬間、画面が分割された。
[左:公式記録]
[右:非公式メモ]
[中央:ユンジェが見たこともない第三の記録]
第三の記録には、彼が書いていない文章が含まれていた。
『被疑者は圧迫状況下で供述を翻した』
『現場のCCTV原本は確認されていない』
ユンジェの鼓動が速まった。
「これは……俺が書いたものではありません」
「分かっています」
A-12が言った。
「だからこそ『再作成』なのです」
しばしの沈黙。
「あなたに要求しているのは、嘘を書くことではありません」
画面のカーソルが点滅する。
たった一行、修正可能な状態で。
[判断根拠: ]
A-12の声が低くなった。
「あなたが既に書いたものの中で、最も説得力のある真実を選びなさい」
ユンジェはキーボードの上に手を置いた。
文字はまだ何も入力していないが、指先が微かに震えていた。
その時、画面右下に小さな通知が現れた。
[※再作成は取り消しできません]
ユンジェは静かに目を閉じた。
検事時代、夜遅く事務所に一人残り、同じ文章を何度も書き直していた記憶。
あの時も、彼は「最も安全な言葉」を選んでいた。
(検事時代、俺は真実を追う猟犬だと自負していた。
しかし、記録の最後の一枚を綴じる時、俺が苦心して選んだのは常に『論争の余地のない言葉』だった。
上層部の叱責を避け、被疑者の弁護人が付け入る隙を与えない、無色透明な防御機制。
今、俺が叩くキーボードの音は、あの時の卑怯さが鳴らす残響だった)
そして今――。
A-12が最後に言った。
「今回は、あなた自身のために書きなさい、A-73」
ユンジェはゆっくりと目を開けた。
画面の中のカーソルが点滅している。
そして彼は――。
カタッ。
最初の一文字を入力した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「最も安全な言葉」を選び、真実から目を背けていた過去。
ユンジェが叩くキーボードの音は、自らの過去を清算するための産声となるのでしょうか。
「再作成」がもたらす最初の波紋。
書き換えられた真実が、どのような連鎖反応を引き起こすのか……。
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