第9話「四神の楔・紅の代償再び」
大正12年9月1日未明。
青葉堂の店内は、薄暗い灯りが揺れていた。
家族は二階の居間に集まり、
茂さんが湯を沸かし、羊羹を温め直す。
みーちゃんは窓辺で毛を逆立て、
**ゴゴゴ……**という地鳴りに耳を澄ませる。
今夜の響きは、骨が軋むような、低い悲鳴が混じったものだった。
葵は畳に座り、指先の紅い線をじっと見つめる。
「楔は……四つとも揃いましたわね。
でも、脈動が……止まらない」
菫が娘の隣に座り、
「四神の力が、東京の闇を抑え込んでいる。
でも、自然の怒りは……抑えきれないのかもしれない」
菊乃は古い呪符を広げ、
「……代償が、再び来るわ。
今夜は、私たち三人の血が、
同時に求められる」
茂さんは湯を注ぎながら、
「……俺は、何も言えないけど……
ここにいるよ」
と静かに言う。
その瞬間——。
家全体が激しく揺れた。
ドクドクドク……ギシギシ……
地鳴りが悲鳴のように高まり、
外の路地から黒い靄が噴き上がる。
異界の使者が、再び大挙して現れた。
今度は数百……いや、千を超える数。
仮面が割れ、赤黒い瞳が無数に輝き、
触手が家屋の壁を這い上がり、屋根を叩く。
ドン……ドン……ガリガリ……
瓦が剥がれ、窓枠が歪む。
使者が内部に侵入してきた。
触手が床を這い、畳を裂き、
黒い息が部屋に充満する。
来い……血を……家族の血を……
葵が立ち上がり、
紅い線が三人の体に同時に広がる。
今夜は、血が滴り落ちるのではなく、
三人の視界が一瞬共有された。
葵の目に、菫の過去の穢れ狩りの炎が。
菫の目に、菊乃の若い頃の最強の戦いと失った仲間が。
菊乃の目に、葵の極限覚醒の痛みが。
互いの傷が、重なり、共有される。
三人は同時に息を呑む。
葵「……お母様……お祖母様……」
菫「……葵……」
菊乃「……一緒に、耐えましょう」
葵の金色瞳が輝き、三人の声が重なるように。
「……浄化を、開始します」
浄界七曜陣・極を家全体に最大展開。
七つの光の輪が青葉堂を覆い、
侵入した触手を一斉に焼き払う。
ジュワァァァ……
触手が炭化し、肉が剥離し、
黒い汁が床に飛び散る。
グチュ……ジュゥゥ……
吸盤が溶け、内部の血管が破裂し、
悲鳴が部屋に反響する。
菫と菊乃が左右から援護。
菫の沸魂業湯・紅蓮極限が触手の群れを蒸発させ、
ゴボゴボ……
ぬめりが泡立ち、焼けた臓器のような塊が転がる。
菊乃の光針穿刺・極が使者の仮面を連続貫通。
ズブズブズブ……
眼球が潰れ、赤黒い瞳が次々と爆ぜ、
黒い血が天井に飛び散る。
葵は中央で、
圧縮封魔・五芒星崩壊を大規模に。
五芒星の陣が家屋の周囲を覆い、
圧縮。
グシャァァァァァァ……
使者の体が内側から潰れ、
骨が粉砕され、肉が爆ぜ、
黒い血と臓器の破片が霧のように舞う。
最後の使者が、
アァァァ……
と途切れの悲鳴を上げ、
完全に消滅する。
戦いが終わった瞬間、
三人の共有された視界が切れ、
紅い線が急速に収まる。
葵は膝をつき、菫と菊乃も壁に寄りかかる。
三人の額から、薄く血が滲む。
葵は、弱々しく息を吐き、
「……あらあら〜……
みんな、無事ですわね……ふふっ」
茂さんが駆け寄り、
三人を抱き起こす。
みーちゃんが全員の足元を回り、
低く喉を鳴らす。
茂さんは湯を注ぎ、タオルで血を拭き、
「……よく耐えたな」
とだけ言う。
家族は、互いの手を握り、
静かに座る。
外では、地鳴りが——
骨の悲鳴のような響きが、
まだ止まない。
だが、四神の楔は、
最後の力を振り絞って、東京の闇を抑え込んでいた。
葵は、羊羹を一口食べ、
「……9月1日が、来てしまいましたわね。
でも、みんなでいれば……」
菫が頷き、
「どんな朝も、来るわ」




