第4話「東の青龍・楔の儀式」
大正12年8月31日。
夕暮れが浅草の街を赤く染めていた。
青葉家の和菓子屋「青葉堂」の店先で、
葵・菫・菊乃の三人が準備を整えていた。
葵は銘仙の単衣の下に薄い護符を忍ばせ、
菫と菊乃は呪符の束を手にしている。
茂さんは店の中に立ち、
家族を見送るように三人を見つめていた。
灯籠を手に持つことはなく、
ただ、静かに声を掛ける。
「……気をつけてな。
帰ってきたら、温かい羊羹を作って待ってる」
声は少し震えていたが、目は優しかった。
葵は父に寄りかかり、
「お父様……ありがとうございます。
必ず、みんなで帰りますわ」
と柔らかく微笑む。
菫が茂の手を握り、
「茂さん……店をお願いね」
菊乃が頷き、
「すぐに戻るわ」
三人は、浅草寺の裏手——人気が少ない古い路地へ向かった。
茂さんは店先に立ち、
家族の背中が路地の角に消えるまで見送った。
みーちゃんが足元で低く唸り、
茂の足にすり寄る。
彼は猫を抱き上げ、
「……みんな、無事で帰ってこいよ」と呟いた。
路地の奥、苔むした石碑の前に着く。
菊乃が静かに言う。
「ここよ。
青龍の気を集め、楔を打ち込む。
葵、あなたが中心に立って」
葵は頷き、石碑の前に立つ。
指先の紅い線が、ゆっくりと光り始める。
菫が周囲に浄界の結界を張り、菊乃が九字を切る。
儀式が始まった。
葵は目を閉じ、低く唱える。
「東方青龍、青葉の血を以て、楔と成せ……」
紅い線が腕から肩へ、胸へ広がる。
金色の瞳が開き、無表情に近い冷たい光を放つ。
空気が重くなり、地面が微かに震える。
だが——。
突然、路地の瓦斯灯が、異常な揺らめきを見せた。
灯りが赤黒く変わり、影が伸びる。
瓦斯灯影の群れが、灯りから這い出てきた。
黒い霧のような体、赤い瞳が無数に瞬く。
さらに、その奥から異界の使者が現れる。
仮面のような顔、赤黒い瞳、黒い触手が一本、二本……五本と伸びる。
菫が声を上げる。
「来たわ……残党よ!」
菊乃が光針穿刺を放ち、影を貫く。
「葵、集中して!」
葵の瞳が完全に金色に輝く。
表情が消え、低い抑揚のない声で宣告する。
「……浄化を開始します」
葵は一歩踏み出す。
沸魂業湯・紅蓮浄化。
紅い炎が足元から噴き上がり、瓦斯灯影を包む。
影たちは悲鳴を上げ、肉が溶けるような**ジュゥゥ……**という音を立てて崩れ落ちる。
骨のような芯が砕け、黒い煙となって消える。
異界の使者が触手を伸ばす。
葵は無表情で避け、
光針穿刺・極。
金色の針が無数に降り注ぎ、触手を貫く。
触手が切断され、切断面から黒い血が噴き出し、地面を腐食させる。
使者の仮面が割れ、赤黒い瞳が恐怖に歪む。
葵はさらに進み、
圧縮封魔・五芒星崩壊。
五芒星の陣が使者の周囲に展開し、圧縮。
グシャァ……
肉と骨が潰れる音が響き、使者の体が内側から崩壊する。
黒い血が飛び散り、地面に染み込む。
戦いは、数分で終わった。
葵の金色瞳が瞬時に消え、いつもの柔らかな色に戻る。
紅い線は指先だけに残り、彼女は弱々しく息を吐く。
5秒以内に、いつもの笑顔。
「……あらあら〜、終わりましたわね。
ふふっ、ちょっと疲れちゃいましたけど……」
菫が娘を抱き寄せ、
「よくやったわ、葵」
菊乃が楔の儀式を完了させる。
石碑に青い光が宿り、地面の脈動が一瞬静まる。
三人は路地を抜け、青葉堂へ急ぐ。
店先で待っていた茂さんが、
灯りを灯して迎える。
みーちゃんが飛びついてくる。
茂さんは家族を抱きしめるように、
「……無事でよかった」
とだけ呟いた。
葵は父の胸に顔を埋め、
「お父様……お待たせしましたわ。
楔、一つ目、打ち込めました」
夜の浅草に、提灯の灯りが揺れる。
遠くで、地鳴りが——まだ微かだが、少し強く響いた。
青龍の楔は完成した。
だが、残る三方と、地獄門への道は、まだ遠い。
葵は空を見上げ、微笑む。
「えへへ……明日は西の白虎ですわね。
みんなで、がんばりましょう♪」




