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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第6章「血の絆と紅の代償」
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第8話「異界の使者の起源」


朝の光がようやく障子を透かし、青葉家の部屋に淡い明るさが満ち始めた。

葵はまだ深い眠りの中にあり、紅い線は体を這ったまま、静かに脈打っている。

菫は葵のそばに座り、昨夜の覚醒の余波で震える手を抑えながら、菊乃を見た。

茂は囲炉裏の前に座り、茶を淹れ直しながら、家族の顔を交互に見つめている。

菊乃が、ゆっくりと口を開いた。

「そろそろ、話しておかねばならんな」

声は低く、重い。

菫が頷く。

「異界の使者……あれらの、正体」

茂が、茶碗を置く。

「正体……?」

菊乃は、囲炉裏の灰を軽くかき回しながら、遠い記憶を辿るように語り始めた。

「異界の使者は、最近のものではない。大正以前から、ずっと潜んでおった。ただ……表に出始めたのは、この数年じゃ」

「起源は、もっと古い。明治の末、文明開化の頃から、少しずつ漏れ始めた」

「東京の下町、特に浅草や銀座のあたりは、昔から『人の気』が濃い場所じゃった。祭り、芝居、人の笑い声、欲望、妬み……それらが溜まり、穢れとなって地に染み込む」

「だが、それだけではなかった。明治維新の混乱で、封じられていた古い祠や、廃れた神仏の力が、緩んだ」

菊乃の指が、自身の首筋の薄い紅い痕をなぞる。

「異界とは、人の世界と重なりながら、決して交わらぬ『隙間』じゃ。そこに棲むものは、元々は『影』のような存在。人の負の感情を喰らい、形を得る」

「瓦斯灯影、蓄音機呪音霊、影のモガ……あれらは、すべて人の暮らしから生まれた『影』じゃ。だが、異界の使者は違う」

菫が、低く続ける。

「仮面を被り、赤黒い瞳を三つ、無数の黒い触手……あれらは、『使者』と呼ばれるだけあって、何かを『運んでくる』存在」

菊乃が頷く。

「運んでくるのは、『脈動』じゃ。東京の地下深くに眠る、『東京の闇』の核へ、力を注ぎ込むための使者」

茂の顔が青ざめる。

「東京の闇……?」

菊乃は、静かに目を細める。

「大正のこの時代、人が急激に増え、欲望が渦巻き、文明が古いものを押し潰した。その歪みが、地の底で結晶化したものが、あの『核』じゃ」

「脈動の核は、ただの眼球ではない。あれは、東京そのものが産んだ『胎児』のようなもの。まだ完全に目覚めていないが、目覚めれば……街ごと、異界に飲み込まれる」

菫の指先の紅い線が、わずかに疼く。

「だから、使者は私たちを狙うの。青葉の血脈は、古くからその『核』を封じる鍵だった。四神の封印を、代々、守ってきた」

菊乃が、葵の寝顔を見下ろす。

「葵が倒したのは、核の『一部』に過ぎん。本体は、まだ地下深くで脈打っておる」

「使者は、次々と現れる。倒せば倒すほど、核は『学習』し、より強い使者を送り込んでくる」

茂が、拳を握りしめる。

「じゃあ……終わらないのか?」

菊乃は、静かに首を振る。

「終わらせる方法はある。四神の封魔じゃ。東西南北の守護を、再び揃え、核を永遠に封じる」

「だが、それには……血脈のすべてを、捧げねばならんかもしれん」

部屋に、重い沈黙が落ちた。

地下から、脈動が——

今度は、ゆっくりと、まるで心臓の鼓動のように、響いてくる。

葵の指が、微かに動いた。

眠りの中で、眉がわずかに寄る。

菫が、葵の手を握る。

「まだ……終わっていないわね」

菊乃は、立ち上がった。

老いた体に、かつての気配が戻る。

「これからが、本当の戦いじゃ」

朝の光が、部屋を優しく照らす。

だが、その光の下で、紅い線は三人を、静かに繋いでいた。




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