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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第6章「血の絆と紅の代償」
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第5話「紅の覚醒」

夜明け前の青葉家は、闇と静寂に沈んでいた。

囲炉裏の灰は冷え、わずかな残り火が消えかけている。

葵はまだ畳の上で横たわったまま、意識を失ってから丸一日以上が経過していた。

包帯は新しく巻き直され、左肩の抉れた傷口は菫の浄化術でようやく膿みが止まりかけている。

左腕は感覚が完全に失われ、指一本動かせない。

右足は添え木の下で腫れ上がり、骨の軋む音が微かに聞こえるほど。

息は浅く、時折、胸が小さく上下するだけ。

茂は葵の手を握り続け、指の冷たさを確かめるように、何度も温めていた。

菫は葵の額に手を当て、紅い線が首筋まで這い上がっているのを、静かに見つめている。

菊乃は部屋の隅で、正座したまま目を閉じていた。

みーちゃんだけが、不安げに葵の足元をうろつき、低く喉を鳴らしている。

突然——

地下から、脈動が爆ぜた。

今までで最も強く、鋭く。

家全体が、ぐらりと揺れた。

茂が飛び上がる。

「何だ!?」

菫の瞳が、瞬時に鋭くなる。

「脈動……核を失ったはずなのに」

菊乃が目を開き、立ち上がる。

「まだ、残っておる。核は本体ではなかった……ただの、触媒じゃ」

その言葉が終わらないうちに——

葵の体が、びくりと跳ねた。

背中が弓なりに反り、喉から、くぐもったうめきが漏れる。

「う……あ……」

紅い線が、全身を駆け巡り始めた。

指先から腕へ、腕から胸へ、胸から首へ、そして顔の輪郭をなぞるように。

瞳の奥で、金色が爆ぜる。

葵の瞼が、ゆっくりと開いた。

いや——開かれた、というより、強制的に引き剥がされたように。

金色の瞳は、焦点が合わず、虚ろに宙をさまよう。

口から、血が一筋、滴り落ちた。

茂が叫ぶ。

「葵! 葵っ!」

菫が葵の肩を押さえようとするが、葵の体は熱く、触れるだけで指先が焼けつくように痛んだ。

「葵……! 抑えて!」

菊乃が素早く近づき、九字を切る。

だが、葵の周囲に、黒い靄が渦を巻き始めた。

靄は葵の体から溢れ出し、部屋の空気を重く淀ませる。

葵の唇が、震えながら動く。

「……まだ……終わって……ない……」

声は、低く、抑揚がない。

いつもの「あらあら〜」や「ふふっ」は、どこにもない。

代わりに、冷たい、機械のような響き。

葵の左腕が——感覚を失っていたはずの左腕が、ゆっくりと持ち上がった。

指先から、紅い光が糸のように伸びる。

光はすぐに刃のように鋭くなり、部屋の空気を切り裂く。

「紅の……限界……を超える」

葵の体が、浮き上がった。

畳から数寸、宙に浮遊する。

髪が逆立ち、銘仙の裾が血と靄に染まる。

金色の瞳が、完全に輝きを増す。

瞳の奥に、無数の赤黒い小さな眼球が、重なり合うように浮かぶ。

脈動の核が残した、残滓。

それが、葵の血脈に寄生し、覚醒を強制している。

菫が叫ぶ。

「葵! 戻って! あなたは葵よ!」

だが、葵の表情は無。

薄い、冷たい微笑みだけが浮かぶ。

「私は……封じる。すべてを」

右手が、ゆっくりと前に差し出される。

指先から、紅蓮の炎が噴き出した。

炎は液体のように変化し、沸騰した血の湯となって部屋を満たそうとする。

茂が、葵の足にすがりつく。

「葵! お父さんだ! 葵ぅ!」

その声が、届いたのか。

葵の瞳が、一瞬——揺れた。

金色の中に、いつもの柔らかい青が、ちらりと混じる。

「……お父……さん……」

声が、掠れる。

紅い線が、激しく脈打つ。

体が、びくりびくりと痙攣する。

葵は、宙で体を捩り、喉を押さえる。

「いや……あ……戻りたく……ない……!」

叫びが、部屋に響く。

紅蓮の炎が、一瞬だけ収縮した。

菊乃が、素早く動く。

両手を合わせ、最大出力の浄界七曜陣を展開。

七つの光点が、葵を中心に円を描き、紅い炎を押し返す。

菫も加わり、沸魂業湯を逆手に取り、葵の体を包む紅い湯を浄化の光で中和する。

「葵! 家族がいるわ! ここに!」

茂は、涙を流しながら、葵の足を抱きしめ続ける。

「葵……戻ってこい……お父さんが、待ってる……」

葵の体が、ゆっくりと畳に降りる。

紅い線が、わずかに後退し始めた。

金色の瞳が、徐々に焦点を取り戻す。

「……あら……あら……」

弱々しい声。

いつもの、柔らかい響き。

体が崩れ落ち、茂の腕の中に倒れ込む。

意識は、再び遠のく。

だが、今度は、穏やかな眠り。

紅い線は、まだ消えていない。

しかし、覚醒の暴走は、一時的に抑えられた。

菫が、葵の額に額を寄せる。

「よく……耐えたわね……」

茂は、葵を抱きしめ、嗚咽を漏らす。

菊乃は、静かに息を吐く。

「これが……本当の試練の始まりじゃ」

地下から、脈動が——

今度は、嘲るように、低く笑う音を立てて響いた。




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