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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第6章「血の絆と紅の代償」
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第4話「母の刃」

深夜の青葉家は、静寂に包まれていた。

囲炉裏の火は灰ばかりになり、わずかな赤い残り火が部屋を薄く照らす。

葵はまだ意識を失ったまま、畳の上で浅い息を繰り返している。

茂は葵のそばに座り、娘の手を握り続け、時折額に触れて熱を確かめていた。

菫は、静かに立ち上がった。

指先の紅い線が、脈打つたびに疼きを増している。

「……来るわ」

低い声で呟く。

菊乃が、目を開く。

「使者か」

菫は頷き、銘仙の袖から小さな護符の束を取り出した。

「今夜は、私が」

茂が顔を上げる。

「菫……危ないんじゃないか?」

菫は、静かに微笑んだ。

「大丈夫。茂さんは、葵のそばにいて」

茂は言葉を飲み込み、ただ頷いた。

その瞬間——

家の外から、低い地鳴りが響いた。

地面が、わずかに震える。

障子の向こうに、黒い靄が這うように広がり始めた。

菫は玄関の引き戸を開け、夜の路地へ一歩踏み出した。

浅草の路地は、瓦斯灯の淡い光だけが点々と灯っている。

靄の中から、ゆっくりと姿を現したのは、異界の使者。

仮面のような白い顔、赤黒い瞳が三つ、無数の黒い触手が蠢く。

体は半透明で、路地の石畳を溶かすように黒い液体を滴らせている。

使者は、無音で近づく。

菫は、深く息を吐いた。

「来なさい」

指を交差させ、九字護身法を切る。

空気が、びりりと震えた。

使者が触手を振り上げる。

黒い鞭のように、菫へ襲いかかる。

菫は身を翻し、触手を躱す。

同時に、右手で護符を一枚引き抜き、投げつけた。

護符が空中で燃え上がり、光の針となって使者の仮面を貫く。

「光針穿刺」

低く、冷たい声。

使者の仮面に穴が開き、赤黒い瞳の一つが弾け飛ぶ。

黒い液体が噴き出し、路地に落ちて石を溶かす。

使者は悲鳴とも呻きともつかない音を上げ、残りの触手を一斉に振り回した。

菫は動じない。

両手を広げ、指先から淡い光の糸を紡ぎ出す。

「浄界七曜陣」

七つの光点が、菫を中心に円を描いて浮かぶ。

使者の触手が、光の円に触れた瞬間——

焼ける音がした。

肉が焦げる、骨が砕けるような、湿った音。

触手が一本ずつ、根元から溶け落ちる。

使者は後退しようとするが、光の円が収縮し、逃げ場を塞ぐ。

菫の瞳が、金色に輝き始めた。

「沸魂業湯」

両手を合わせ、紅蓮の炎が掌に灯る。

炎はすぐに液体のように変化し、沸騰した血のような赤い湯となって使者を包む。

使者の体が、じゅうじゅうと音を立てて溶け始めた。

仮面がひび割れ、赤黒い瞳が次々と潰れる。

最後の瞳が、恐怖に歪む。

菫は、無表情で呟く。

「紅蓮浄化」

紅い湯が一気に爆ぜ、使者の体を内側から焼き尽くした。

黒い靄が、悲鳴のような音を上げて消滅する。

残ったのは、路地の石畳に残る黒い染みだけ。

菫は、ゆっくりと息を吐いた。

金色の瞳が、瞬時に元の色に戻る。

指先の紅い線が、少しだけ濃くなった。

家の中へ戻る。

茂が、緊張した顔で待っていた。

「……終わったの?」

菫は、静かに頷く。

「ええ。一体だけだったわ」

葵のそばに座り、額に触れる。

熱は、まだ高い。

茂が、菫の手を取った。

「ありがとう……菫」

菫は、弱々しく微笑む。

「家族だから」

囲炉裏の残り火が、ぱちりと小さく音を立てた。

地下から、脈動が——

今度は、少し強く響いてくる。

まだ、終わっていない。

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