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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第6章「血の絆と紅の代償」
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第3話「ゆっくり、話そう」


夜が深まり、青葉家の囲炉裏の火は、橙色の小さな灯りだけを残していた。

障子越しに、遠くの街灯がぼんやりと滲む。

葵はまだ意識を戻さず、畳の上に静かに横たわっている。

呼吸は少しずつ落ち着き、額に当てられた冷たい布が、時折交換される。

みーちゃんは葵の足元で丸くなり、耳をぴくりと動かしながら眠っている。

菫は、茂の隣にそっと座った。

茂は膝を抱え、囲炉裏の火を見つめている。

涙の跡が頬に残り、職人の大きな手は、握りしめたり開いたりを繰り返していた。

菫は、静かに茶を淹れ直す。

湯気が、ゆらりと立ち上る。

「茂さん……少し、飲んで」

茶碗を差し出す。

茂は、ゆっくりと顔を上げた。

「……ありがとう」

声は掠れている。

茶碗を受け取り、両手で包むように持つ。

温かさが、手に染みる。

菫は、自身の指先の紅い線を、もう一度見つめた。

「怖いわよね……急に、こんな話をされて」

茂は、茶を一口飲んでから、頷く。

「怖いっていうか……頭が、追いつかない」

視線を葵に戻す。

「毎日、店で笑ってて……水ようかん作って、葵に味見させて……そんな普通の時間が、全部嘘みたいに思えてくる」

菫は、静かに首を振る。

「嘘じゃないわ。あの時間は、本当の葵よ」

茂の肩が、わずかに落ちる。

「でも……俺、何も気づけなかった。娘が、こんな痛い思いをしてるのに」

菫は、茂の手に、自分の手を重ねた。

今度は、茂は振り払わなかった。

「気づけなかったのは、私も同じよ。横浜にいた頃、葵の血脈が疼き始めたって、手紙で知った時……胸が張り裂けそうだった。でも、すぐに帰れなくて」

声が、少し震える。

「間に合わなかった……って、自分を責めてた。でも、責めても、葵の傷は癒えない」

茂は、菫の手を握り返した。

「菫……お前も、苦しかったんだな」

菫は、微笑む。

弱々しい、けれど優しい笑み。

「ええ。でも、葵は強い子よ。あの子、戦いの最中でも……きっと、家族のことを思ってた」

囲炉裏の火が、ぱちりと小さく爆ぜる。

菫は、ゆっくりと続ける。

「この血脈の力は、代償が大きい。葵の体は、もう普通には戻らないかもしれない。でも……家族が揃っていれば、きっと、支え合える」

茂は、葵の顔を見つめながら、呟く。

「俺に、できることなんて……」

菫が、遮るように言う。

「できるわよ。茂さんは、いつも葵に笑顔をくれた。羊羹を焼いて、水ようかんを冷やして……そんな日常が、葵の支えだったの」

茂の目が、潤む。

「それで、十分?」

菫は、頷く。

「十分よ。今は、それで」

二人は、しばらく無言で火を見つめた。

地下から、微かな脈動が響く。

まだ、遠い。

だが、確実に、そこにある。

菫は、茂の肩に、そっと頭を寄せた。

「ゆっくり、話そう。急がなくていいから」

茂は、菫の髪に触れ、静かに頷いた。

「そうだな……ゆっくり、な」

葵の指が、微かに動く。

意識はまだ遠いが。

息は、確かに、穏やかになっていた。

囲炉裏の火が、優しく揺れる。

夜は、まだ長い。


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