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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第6章「血の絆と紅の代償」
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第2話「すべてを、話す」

夕暮れの茜色が、青葉家の障子を淡く染めていた。

囲炉裏の火は小さく揺れ、部屋の中は静かすぎるほど静かだった。

葵は畳の上に横たわったまま、意識を失っていた。

包帯に染みた血は乾き始め、左肩の抉れた傷口からまだ微かに熱が立ち上っている。

左腕は力なく畳に落ち、右足は添え木で固定されたまま動かない。

息は浅く、時折、微かなうめきが漏れるだけ。

菫は葵の額に冷たい布を当て続け、指先で九字を切りながら祈るように呟く。




挿絵(By みてみん)



「……もう少し、もう少し持ちこたえて……」

菊乃は囲炉裏のそばで、動かず座っている。

目だけが、鋭く光っていた。

その時、玄関の引き戸が開く音。

「ただいま〜。今日はちょっと遅くなったよ」

茂の声が、いつも通り明るく響いた。

和菓子屋の仕事着に、両手に小さな包み。

水ようかんの試作品だ。

茂は靴を脱ぎ、上がってきて——

部屋の空気に、凍りついた。

「……葵?」

包みが、畳に落ちる。

水ようかんが、ぽとりと転がり、転がった先で止まる。

茂の視線は、葵の血まみれの姿に釘付けになった。

「葵……!」

駆け寄り、膝をつく。

手が震え、葵の頬に触れようとして——途中で止まる。

「どうして……こんな……」

声が、掠れる。

菫が、静かに立ち上がった。

「茂さん……」

茂は振り向かない。

葵の顔を、ただ見つめている。

「葵、起きてくれ……葵……」

指先が、葵の髪に触れる。

冷たい。

茂の肩が、震え始めた。

「事故か? 誰かにやられたのか? 病院は? 医者は?」

言葉が、乱れる。

菫は深く息を吸い、ゆっくりと語り始めた。

「茂さん。座って。すべて、話すわ」

茂は、ようやく顔を上げた。

目が赤く、涙で濡れている。

「……話すって、何を」

菫は葵のそばに座り直し、茂の隣に膝を寄せた。

「私たちは……普通の家族じゃないの」

茂の眉が、深く寄る。

「何を、言ってるんだ……」

菫は自身の指先を、茂に見せた。

細い紅い線が、ゆっくりと脈打っている。

「青葉の血には、昔から特別な力がある。穢れを祓う力……魔物を封じる力」

茂は、首を振る。

「そんな……馬鹿な」

菊乃が、低く口を開いた。

「わしも、昔は最前線で戦っておった。今は、葵に託しておる」

茂の視線が、菊乃に移る。

「母さんまで……」

菫は続ける。

「葵はこの力のせいで、地下の祠で……大きな穢れと戦った。一人で。倒した。でも、その代償が、この傷」

茂は、葵の包帯に視線を落とす。

抉れた肩。

動かない左腕。

不自然に曲がった右足。

「戦った……? 葵が? 一人で?」

声が、震える。

信じられない。

受け入れられない。

茂は、ゆっくりと立ち上がった。

「いや……いや、そんなはずはない」

後ずさる。

「葵は、ただの娘だ。和菓子を手伝って、笑って……そんな普通の……」

涙が、ぽろぽろと落ちる。

「俺は……何も知らなかった。毎日、羊羹焼いて、水ようかん作って……家族を守ってるつもりで……」

拳を握りしめる。

「なのに、娘がこんな目に……! 俺は何もできなかった……!」

菫が、茂の手を取ろうとする。

茂は、振り払うように手を引いた。

「触るな……!」

一瞬の沈黙。

囲炉裏の火が、ぱちりと爆ぜる。

茂は、畳に膝をつき、額を畳に押しつけた。

「……ごめん。菫」

嗚咽が、漏れる。

「俺……まだ、信じられない。こんな話……受け入れられない」

菫は、静かに頷く。

「いいのよ。急に、全部受け入れなくていい」

葵の指が、微かに動いた。

意識はまだ戻らない。

だが、息が少しだけ、深くなった。

茂は、ゆっくりと顔を上げ、葵の顔を見つめる。

「葵……お前、そんな重いものを、一人で背負ってたのか」

声が、絞り出される。

「俺の娘なのに……俺の、娘なのに……」

みーちゃんが、茂の膝にそっと頭を擦りつける。

茂は、みーちゃんを抱き上げ、葵のそばに置いた。

「俺に、何ができる?」

菫に、問う。

菫は、静かに微笑んだ。

「今は、ただ……ここにいて。葵のそばに」

茂は、頷く。

涙を拭い、葵の手を、そっと握った。

大きく、職人の手。

温かい。

地下から、微かに——

脈動が、再び響いてくる。

まだ、遠いが。

確実に、近づいている。

茂の握った手が、わずかに強くなった。

「……俺は、家族だろ」

呟きは、小さかった。

だが、確かに、そこにあった。


挿絵(By みてみん)


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