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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第5章「闇の脈動」
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第7話「封じの休息」


青葉家の座敷は、静かだった。

障子越しに差し込む朝の光が、畳に柔らかな影を落とす。

葵は布団に横たわり、薄い毛布を胸まで引き上げていた。

顔色は青白く、額に細かな汗が浮かんでいる。

菊乃が、そっと葵の額に手を当てる。

冷たい手が、熱を吸い取るように優しい。

「……熱は下がったな。

だが、もう限界だ」

菊乃の声は、低く落ち着いている。

葵は弱々しく目を細めて笑う。

「えへへ……おばあちゃん、ごめんなさい。

昨日は、ちょっと無理しちゃったみたいで……」

菊乃は小さく首を振る。

「無理をしたのは、お前じゃない。

血脈が、無理をさせているんだ」

菊乃は立ち上がり、座敷の隅に置かれた古い箪笥を開ける。

中から、黒く艶やかな小さな箱を取り出す。

蓋を開けると、中には古い護符と、赤い紐で結ばれた短い棒が収まっている。

「今日から、お前は外出禁止だ。

家から一歩も出るな」

葵の瞳が、わずかに揺れる。

「……でも、お父さんのお手伝いや、買い物が……」

「茂には、私が適当に言い訳しておく。

お前は、休め。

血を抑える術を、もう一度、完全にやり直す」

葵は小さく頷く。

だが、胸の奥で脈動が、まだ微かに響いているのがわかる。

その日の午後。

浅草の路地裏、

いつも葵が通る裏通りで、

異変が起きた。

地面が、低く震え、

瓦斯灯の影が不自然に長く伸びる。

黒い靄が湧き上がり、

三体の異界悪魔の使者が現れる。

仮面の目元から赤黒い光が漏れ、

周囲の空気を腐食させる。

使者たちは、

青葉家の方角を向く。

「……紅の……娘……

血脈の……灯火……

ここに……いる……」

低い呻きが、重なる。

だが、その前に立ち塞がったのは、

菊乃だった。

銘仙の着物ではなく、

古い黒い袴に、

袖をたくし上げた姿。

腰に差した短刀は、

渡辺清隆と共闘した頃のまま、

刃こぼれ一つない。

菊乃の瞳が、静かに金色に変わる。



挿絵(By みてみん)


「孫を、

狙うなら、

私を通せ」

声は穏やかだが、

抑揚のない冷たさは、

葵の決壊時を上回る。

使者たちが一斉に動く。

黒い触手が、

菊乃の四方から襲いかかる。

菊乃は動かない。

ただ、右手で九字を切る。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

光の線が、菊乃を中心に円を描く。

触手が光に触れた瞬間、

じゅううう……と、

肉が溶けるような音が連続する。

使者たちが、

同時に仮面を砕く。

赤黒い目が複数露わになり、

体が膨張する。

菊乃は一歩踏み出す。

「浄界七曜陣・極」

七つの光の星が、

路地全体を覆う。

星の配置が、

まるで星座のように鮮やか。

大正の空の下で、

古の呪術が、

変わらぬ輝きを放つ。

光の星が回転し始め、

使者たちの体を内側から締め上げる。

「ぐ……ぁぁ……

古き……退魔師……!」

骨が砕ける音。

肉が引き裂かれる音。

黒い血が、噴き出す。

菊乃は短刀を抜く。

刃に、紅い光が宿る。

それは、葵の紅とは違う――

より深く、

より古い紅。

「沸魂業湯・紅蓮浄化・封」

紅い炎が、

短刀の先から螺旋を描いて放たれる。

炎は使者たちを包み、

内側から煮えたぎらせる。

仮面が溶け、

赤黒い目が次々と潰れ、

悲鳴が路地に響き渡る。

三体すべてが、

同時に崩壊する。

黒い靄が散り、

静寂が戻る。

戦闘は、二十秒ほど。

菊乃の金色の瞳が、瞬時に元の色に戻る。

着物の袖を軽く払い、

息一つ乱れていない。

「……まだ、若い頃のようにはいかんがな」

小さく呟き、

菊乃は家の方へ歩き出す。

座敷に戻ると、

葵は布団の中で目を覚ましていた。

「おばあちゃん……

外で、何かあったの?」

菊乃は穏やかに微笑む。

「なんでもないよ。

ただの、昔の知り合いさ」

葵はふっと笑う。

「ふふっ……おばあちゃん、強いのね。

昔から、ずっと」

菊乃は葵の額に手を置き、

護符をそっと胸に当てる。

「休め、葵。

私がいる限り、

お前はまだ、守られる」

だが、菊乃の目には、

わずかな影が差していた。

脈動は、

地下で、

さらに深く、

速くなっている。




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