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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第5章「闇の脈動」
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第6話「疼きの果て」

夜の浅草、路地裏の瓦斯灯が青白く揺れている。

青葉葵は、父・茂が寝静まった後、ひとりで家を出ていた。

銘仙の上に薄手の羽織をかけ、

足音を忍ばせて裏通りを歩く。

胸の奥で、脈動が止まらない。

左腕の紅い線は、今夜は消えていない。

肘から肩へ、肩から鎖骨へ、

ゆっくりと這い上がっている。

「あらあら……今日は、ちょっと我慢できないみたいね」

葵は小さく笑う。

だが、その笑顔はいつもより薄い。

目的は、浅草寺の裏手にある古い祠。

菊乃が昔、「ここは最後の砦だ」とだけ言っていた場所。

葵は今、抑えきれない疼きを、

そこで封じ込めようとしていた。

祠の前に立つ。

苔むした石段を上がり、

小さな賽銭箱の前に膝をつく。

手を合わせ、目を閉じる。

「……お願いします。

もう少しだけ、抑えてください」

だが、祈りの言葉が終わる前に。

胸の紅い線が、爆発的に広がった。

左腕から右腕へ、

首筋へ、

額へ。

金色の瞳が、完全に支配される。

葵の体が、ぴくりと震える。

「……っ」

低く、抑揚のない声。

立ち上がる葵の姿は、

いつものほんわかした少女ではない。

無表情に近い、冷たい微笑み。

祠の周囲の空気が、重くなる。

瓦斯灯の炎が、すべて一瞬で縮こまる。

地面から、黒い靄が湧き上がる。

今夜は、使者ではない。

もっと根源的なもの――

東京の地下を這う、紅い触手のような影。

異界の脈動が、

葵の血脈に呼応して、

実体化し始めた。

触手が、葵の足元を狙う。

葵は動かない。

ただ、右手をゆっくりと上げる。

「浄界七曜陣」

七つの光の星が、祠を中心に描かれる。

触手が光に触れた瞬間、

じゅう……と肉の焼ける音。

だが、触手は無数。

一本倒せば、二本、三本と増える。

葵の額から、紅い汗が滴る。

代償が、身体を蝕み始めている。

「……まだ、

足りない」

薄い微笑み。

葵は両手を広げる。

沸魂業湯・紅蓮浄化。

紅い炎が、祠全体を包む。

触手が内側から沸騰し、

黒い肉が溶け、

骨のような芯が砕ける音が連続する。

「ぐ……ぁぁ……

紅の……血……!」

触手の群れが、悲鳴を上げて崩れていく。

だが、最後の一本が、

葵の胸を貫こうとする。

葵はそれを、素手で掴む。

紅い炎が、手のひらから噴き出す。

触手が、煮えたぎりながら引き裂かれる。

「…………終わり」

宣告。

すべてが静かになる。

戦闘は、一分ほど。

葵の体が、がくりと膝をつく。

金色の瞳が、ゆっくりと青に戻る。

紅い線は、胸の中心に残ったまま、

脈打っている。

息が荒い。

額に、冷や汗。

「……ふふっ……

やっぱり、今日はきつかったわね」

葵は立ち上がろうとするが、

足がもつれて倒れ込む。

その時、

祠の影から、菊乃が現れる。

「おばあちゃん……」

葵は弱々しく笑う。

菊乃は無言で近づき、

葵を抱きかかえる。

「もう、限界だな……

これ以上、抑え込もうとするな」

菊乃の声は、低く震えていた。

葵は菊乃の胸に顔を埋める。

「えへへ……ごめんなさい。

でも、まだ……大丈夫ですよ」

だが、その言葉とは裏腹に、

葵の体は小刻みに震えていた。

遠く、東京の地下で、

地鳴りが、

今までで一番深く、響いた。

脈動は、

もはや、

抑えきれない。




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