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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第5章「闇の脈動」
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第4話「紅の兆し」


夕暮れの浅草、提灯の灯りがぼんやりと路地を染め始める頃。

青葉葵は、父・茂の和菓子屋から少し離れた裏通りを歩いていた。

今日はいつもより買い出しが長引いて、

水ようかんの材料を買い足しに銀座まで足を伸ばした帰り道。

銘仙の裾を軽く持ち上げて、

葵は小さく鼻歌を歌う。

「ふふっ、今日はお父さんに新しい羊羹の味を試してもらおうかしら♪

黒糖に少しだけ生姜を入れて……あらあら、楽しみね」

だが、その鼻歌が途切れた。

路地の奥、

瓦斯灯の下に、

人影が立っていた。

いや、人影ではない。

人間の形を借りた、

何か。

背は高く、黒いコートを纏い、

顔は――

白い仮面のようなもの。

だが、その仮面の目元から、

赤黒い光が漏れている。

異界悪魔の使者。

葵の足が、ぴたりと止まる。

使者はゆっくりと首を傾げ、

低い、金属を擦るような声で呟く。

「……紅の……娘……

血脈の……灯火……

我が主が……呼んでいる……」

声は周囲の空気を震わせ、

路地の瓦斯灯が一斉に揺らぐ。

炎が、まるで怯えるように縮こまる。

葵の瞳が、瞬時に金色に変わる。

「…………来ないで」

声は低く、冷たい。

いつもの「あらあら〜」はどこにもない。

使者が一歩踏み出す。

その足元から、黒い靄が這い出し、

地面を腐食させるように溶かしていく。

石畳が、じゅう……と湿った音を立てる。

葵は九字を切る。

だが、光針穿刺は、使者の仮面に触れた瞬間、

霧散する。

「無駄だ……紅の娘……

お前の血は……すでに……我らのもの……」

使者の腕が伸びる。

黒い触手のようなものが、葵の首を狙って飛ぶ。

葵は身を翻し、

圧縮封魔・五芒星崩壊を放つ。

五芒星の光が使者を包む。

だが、光はすぐに歪み、

内側から押し返される。

「……っ」

葵の左腕に、紅い線が広がる。

今度は、指先から肘まで。

血管のように、脈打つ。

決壊が、始まっている。

金色の瞳が、底知れぬ冷たさを帯びる。

薄い、冷たい微笑みが浮かぶ。

「…………なら、

全部、砕いてあげる」

葵の右手が、虚空を掴むように動く。

沸魂業湯・紅蓮浄化。

周囲の空気が一瞬で熱を帯び、

紅い炎が使者の体を包む。

仮面がひび割れ、

中から、黒い肉が溶け出す。

「ぐ……ぁぁぁ……

紅……の……業火……!」

使者の体が、内側から沸騰するように膨張する。

骨が砕ける音。

肉が煮立つ音。

悲鳴が、路地に響き渡る。

だが、使者はまだ倒れない。

仮面の割れ目から、赤黒い目が複数、葵を睨む。

「お前は……我らの……糧に……なる……」

触手が再び伸び、

葵の腹を貫こうとする。

葵は動かない。

ただ、冷たく見据える。

紅い線が、左腕から肩へ、

肩から胸へ、

胸から首へ。

決壊が、深くなる。

次の瞬間。

葵の全身から、紅い光が爆発的に広がる。

光は炎となり、

触手を焼き尽くし、

使者の体を内側から引き裂く。

「…………終わり」

低く、宣告する声。

使者の仮面が完全に砕け、

中から黒い血が噴き出す。

体が崩れ、

靄となって消えていく。

最後に、

使者の声が、残響のように響く。

「……主は……待っている……

震える……大地が……お前を……呼ぶ……」

すべてが静かになる。

戦闘は、三十秒ほど。

葵の金色の瞳が、ゆっくりと青に戻る。

紅い線は、胸の辺りまで残ったまま、

ゆっくりと薄れていく。

葵は深く息を吐き、

着物の袖を払う。

「あらあら〜、ちょっと汚れちゃったわね……

お父さんに怒られちゃうかも♪」

いつもの柔らかな笑顔が戻る。

だが、歩き出す足取りは、

わずかにふらついている。

路地の出口で、

菊乃が立っていた。

「……葵」

葵はびっくりしたように目を丸くする。

「おばあちゃん!?

どうしてここに……」

菊乃は静かに近づき、

葵の左腕をそっと掴む。

紅い線は、まだ完全に消えていない。

「抑えきれなくなってきたな……

これ以上、ひとりで抱え込むな」

葵は小さく笑う。

「えへへ……大丈夫ですよ。

まだ、まだいけますから」

だが、その笑顔の奥で、

胸の脈動が、

ますます速くなっている。

遠くの空で、

地鳴りが、

今までで一番、はっきりと響いた。




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