表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第5章「闇の脈動」
43/79

第3話「銀座の午後」


銀座の通りは、いつもより少しだけ賑わっていた。

大正の陽光が、ガラス窓に反射してきらきらと跳ねる。

モガたちの笑い声、ハイヒールの軽やかな音、

カフェーから漏れる蓄音機の調べ。

青葉葵は、ひとりでゆっくりと歩いていた。

今日は麗子とは会わず、ただ街の空気を確かめに来た。

いや、

確かめざるを得なかった。

銘仙の袖を軽く払いながら、

葵は小さく息をつく。

「あらあら〜、今日はなんだか人が多いわね。

新しいお店ができたのかしら♪」

いつもの柔らかな笑顔。

周りの人々は、誰も気づかない。

葵の左手の人差し指の先が、

時折、ぴくりと震えていることに。

カフェーのテラス席で、

水ようかんを注文する。

透明な器に、ぷるんと揺れる緑。

一口含むと、涼やかな甘さが広がる。

「ふふっ、おいしい……」

だが、その瞬間。

視界の端で、何かが動いた。

銀座の路地、瓦斯灯の影が伸びる一角。

そこに、黒いシルエットが立っていた。

モガの装い。

だが、顔が……ない。

いや、顔の代わりに、

黒い靄のようなものが渦を巻いている。

葵の瞳が、一瞬、金色に変わる。

周囲の喧騒が、遠のく。

影のモガは、ゆっくりとこちらを向く。

ないはずの口が、裂けるように開く。

低い、呻きのような声が響く。

「……紅……の……娘……」

葵は静かに立ち上がる。

テーブルの上の水ようかんを、そっと置く。

「えへへ、ごめんなさいね。

ちょっと席を外しますわ」

誰にも聞こえない声で呟き、

葵は路地の方へ歩き出す。

人通りが少ない裏道。

影のモガが、追うように近づく。

葵の背中が、ぴたりと止まる。

「…………来なさい」

声は低く、抑揚がない。

金色の瞳が、冷たく細まる。

影のモガが飛びかかる。

黒い靄が、爪のように伸びる。

葵の右手が、素早く九字を切る。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

光針穿刺。

細い光の針が、無音で影を貫く。

靄が悲鳴を上げ、肉が溶けるような湿った音がする。

「ぐ……あぁぁ……」

影のモガが崩れ落ちる。

だが、すぐに再生する。

靄が再び集まり、形を取り戻す。

葵の左手の指先から、紅い線が這い出す。

今度は、消えない。

「……まだ、足りないのね」

薄い、冷たい微笑み。

葵は一歩踏み出す。

圧縮封魔・五芒星崩壊。

空気が歪み、五芒星の光が影を包む。

骨の砕ける音。

靄が内側から引き裂かれ、

黒い血のようなものが飛び散る。

「………………終わり」

影のモガは、最後に一度だけ、

「紅……」と呻いて消えた。

戦闘は、十数秒。

葵の金色の瞳が、瞬時に元の青に戻る。

「あらあら〜、汚れちゃったわ」

着物の袖を軽く払う。

血の跡など、どこにもない。

路地を出て、銀座の通りに戻る。

カフェーのテラス席に戻り、

水ようかんをもう一口。

「ふふっ、まだ冷たくておいしい♪」

周りの客たちは、何も気づいていない。

ただ、葵の笑顔が、

いつもより少しだけ、穏やかすぎる。

遠くの空で、

また、低い地鳴りが響いた。

今度は、

少しだけ、近くに。

葵はそっと目を閉じる。

胸の奥で、脈動が速くなっている。

まだ、

始まったばかり。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ