第2話「菫からの第二の手紙」
昼下がりの青葉家。
父・茂は店先で客と和やかに話している。
葵は奥の座敷で、祖母・菊乃と向かい合っていた。
郵便受けに、いつものように母・菫からの封書が届いていた。
封蝋はいつもより濃い紅色で、
まるで血を固めたように見える。
葵はそっと封を切る。
中から、細い筆跡の手紙が一枚。
そして、もう一枚、小さな紙片が落ちた。
――葵へ。
お前の血が疼き始めたという知らせを、菊乃から受け取った。
まだ抑えられているうちに、伝えなければならないことがある。
渡辺家は、横浜の古い退魔の家系だった。
源頼光四天王、渡辺綱の末裔。
彼らはかつて「東京の闇」の一部を、深く地下に封じた。
だがその封印は、百年以上前にすでに綻び始めていた。
大正の空気が変わった頃、
ハイカラな風が吹き始めた頃から、
綻びは広がり始めたのだ。
お前の中の「紅」は、
渡辺家の血と、
我が家の血が交わった結果生まれたもの。
それは強大な力だが、同時に、
「闇」を呼び寄せる灯火でもある。
抑えきれなくなれば、
東京そのものが、飲み込まれる。
今すぐではない。
だが、近い。
決して、ひとりで抱え込まないこと。
菊乃にすべてを委ねなさい。
そして……もしもの時は、
私が帰るまで、待たないで。
――菫
手紙を読み終えた葵の指が、微かに震える。
紙の端を握る手に、
また紅い線が一瞬、浮かんだ。
「……お母さん」
葵は小さく呟く。
声はいつも通り柔らかく、
だがどこか、遠くへ届くようにかすれている。
菊乃が静かに手を伸ばし、
葵の手を包む。
「菫の言う通りだ。
お前の血は、ただ強いだけじゃない。
闇を引き寄せる」
「…………はい」
葵は目を伏せる。
普段の「あらあら〜」も「ふふっ」も、今は出ない。
菊乃は続ける。
「渡辺清隆……あの男が最後に残した言葉を、覚えているかい?
『紅の娘が目覚めれば、闇は目覚める。だが、紅の娘が抑えきれなければ、東京は終わる』」
葵の瞳が、わずかに揺れる。
「私は……抑えられるでしょうか」
菊乃は答えず、ただ葵の手を強く握った。
その時、座敷の障子越しに、
外から低い地鳴りが響いた。
瓦斯灯の揺らぎのように、
空気が一瞬、歪む。
葵は立ち上がり、窓を開ける。
浅草の路地はいつも通り賑やかだ。
子供が笑い、人が行き交う。
だが、遠くの空に、
薄い黒い靄のようなものが、
ゆっくりと広がっているのが見えた。
一瞬の幻か。
すぐに消える。
葵は深呼吸して、笑顔を戻す。
「ふふっ……おばあちゃん、お昼にしましょう。
今日は水ようかんを作ろうと思ってたんです♪」
菊乃は小さく頷く。
だが、その目は、
葵の背中ではなく、
窓の外の空を見据えていた。
脈動は、
少しずつ、
速くなっている。




