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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第5章「闇の脈動」
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第1話「疼きの朝」

挿絵(By みてみん)


浅草の路地裏、朝の柔らかな陽光が銘仙の着物に優しく染みる。

青葉葵はいつものように、台所で羊羹を丁寧に切っていた。

包丁の刃が、黒糖の表面を滑る音。

ふわっと甘い香りが広がる。

「あらあら〜、今日もきれいに切れたわ♪」

葵は小さく笑って、父・茂の分の羊羹を皿に載せる。

父は和菓子屋の仕事場から顔を覗かせ、

「葵、朝からえらいな。昨日も遅くまで何かしてたんじゃないか?」

と優しく尋ねる。

「えへへ、大丈夫ですよ。お父さんこそ、今日もがんばってくださいね♪」

みーちゃんが足元で「にゃあ」と甘える。

葵はしゃがんで頭を撫でる。

その瞬間――。

指先の先、爪のすぐ下から、

細い紅い線が一瞬、ぴくりと走った。

……っ。

葵の笑顔が、ほんの一瞬だけ凍る。

金色の瞳が、普段の柔らかな青に戻る前に、

底知れぬ冷たさを宿して瞬く。

だが、次の息で。

すべて元通り。

「ふふっ、みーちゃんったらお腹すいたのね。ごはんあげるわよ〜」

何事もなかったように、葵は立ち上がる。

父は何も気づかず、仕事場へ戻っていく。

窓の外。

遠く、銀座の方角から、低い地鳴りが響いた気がした。

いや、気のせいか。

葵はそっと自分の指を握りしめる。

紅い線は、もう消えていた。

だが、胸の奥で、何かが……脈打っている。

ゆっくりと、

深く、

東京の地下を這うように。

菊乃が、縁側から静かに葵を見ていた。

「おばあちゃん……おはようございます」

葵が振り返ると、菊乃は穏やかに微笑む。

だが、その目は、

どこか遠くを見据えていた。

「葵。今日も、街へ出るのかい?」

「はい。麗子さんと約束があるんです。銀座のカフェーで、新しいモガの帽子を見に行くって♪」

「……そうか。気をつけなさい」

菊乃の声は、いつもより少しだけ低かった。

葵は明るく「はいっ!」と返事をする。

だが、背中を向けた瞬間、

再び指先が、微かに震えた。

外へ出る。

路地を抜けると、

瓦斯灯の残り火が、朝の光に溶けていく。

その影が、

一瞬だけ、

長く伸びて、

葵の足元を這うように動いた。

……脈動は、

まだ、始まったばかり。




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