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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第4章「瓦斯灯の揺らぎ」
35/79

第5話 血脈の記憶

挿絵(By みてみん)


青葉家の奥座敷は、静かな午後の光に満ちていた。

障子越しに差し込む柔らかな陽射しが、畳の上に淡い影を落とす。

ちゃぶ台の上には、菊乃おばあ様が淹れたばかりの煎茶が湯気を立てている。

みーちゃんは窓辺で丸くなり、穏やかな寝息を立てていた。

葵は正座して、祖母の前に座っていた。

昨日の一件――瓦斯灯の影の遊戯――の後、葵はすぐに菊乃に報告した。

そして今、祖母の口から、ゆっくりと語りが始まっていた。

「葵……お前も、感じておるじゃろう。

あの影は、ただの穢れではない。

東京の闇が、ようやく表に顔を出し始めた証じゃ」

菊乃の声は、いつもより低く、重い。

白髪を結い上げた姿は、穏やかだが、その瞳には古い記憶の深みが宿っていた。

葵は静かに頷き、茶碗を両手で包んだ。

「あらあら〜……おばあ様。

やはり、あの影は……」

「渡辺家の最期と、同じ匂いがする」

菊乃は目を細め、遠くを見るように言った。

「渡辺家は、平安の昔から続く鬼祓いの家系じゃ。

源頼光の四天王、渡辺綱の血を引く者たち。

羅生門の鬼を斬り、茨木童子の腕を断ち切ったあの刃の末裔。

代々、刀で穢れを切り裂き、血で封じてきた」

葵は息を潜めて聴く。

母・菫の手紙で知ったことはあったが、祖母の口から聞くそれは、まるで生きた記憶のように重かった。

「青葉家とは、昔から並び立つ存在じゃった。

東京の都市を我々が、横浜の港を渡辺家が守ってきた。

互いに手紙を交わし、情報を分け合い、時には共に戦った。

渡辺清隆――最後の当主は、わしより少し年下じゃったが、

とても聡明で、根の深い闇をいち早く嗅ぎ取る男じゃった」

菊乃は茶を一口すすり、ゆっくり続けた。

「清隆は、最近の数ヶ月、東京の地下で何かが蠢いていると言っておった。

『根の深いものが、目覚めようとしている』……

あの言葉は、死の床で血を吐きながら、菫に託した最後の警告じゃ」

葵の指が、茶碗の縁をそっと撫でる。

「……おばあ様。

私たちの血も、同じように重いのですか?」

菊乃は静かに葵を見つめた。

「重い……いや、重すぎるじゃろうな。

青葉家の術は、光と陣で封じるもの。

渡辺家は刃で断つもの。

どちらも、穢れを祓う代償として、血を削る呪いを受け継いでおる。

わしも、菫も、そしてお前も……

いつか、その代償を払う日が来る」

葵は目を伏せた。

胸の奥で、何かが疼く。

金色の瞳が、ほんの一瞬だけ、冷たく光ったように感じた。

「でも……お父様は、何も知らないんですよね。

普通の和菓子職人で、優しくて……

そんなお父様を、巻き込みたくないですわ」

菊乃は小さく頷いた。

「茂は、知らん方が幸せじゃ。

だが、闇は容赦せん。

渡辺家が滅んだように、いつか青葉家にも牙を剥く。

お前は、まだ若い。

けれど、血は嘘をつかん。

決壊の瞬間が、近づいておる」

葵はゆっくり息を吐き、顔を上げた。

「……はい、おばあ様。

わかってますわ。

もっと大きなものが、すぐそこまで来ているんですね」

菊乃は葵の手を、優しく握った。

皺だらけの掌が、温かかった。

「怖がらんでええ。

お前は、青葉家の末裔じゃ。

優しい笑顔の裏に、冷たい刃を持っておる。

それでいいんじゃ」

葵は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。

「ふふっ……ありがとうございます、おばあ様。

えへへ、今日はお父様の水ようかん、たくさん作ってもらいましょうか?

みーちゃんも喜びますわね♪」

菊乃も、珍しく口元を緩めた。

「そうじゃな。

甘いもので、心を休めるのも大事じゃ」

二人は静かに茶を飲み続けた。

外では、瓦斯灯の準備をする男たちの声が、遠くに響く。

陽射しが、少しずつ傾き始めていた。

けれど、葵の胸の奥で、血脈の記憶は静かに疼き続けていた。

――渡辺家の滅びは、青葉家への序曲。

次にくるものは、もっと深く広く。

すぐそこまで、来ている。




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