第9話 夜襲
太鼓の音が、夜の静寂を引き裂いた。
低く、重く、村全体に響き渡る警戒音。
それは、もはや後戻りできない合図でもあった。
見張り台の上で、俺は闇に沈む森を睨みつけていた。
月明かりは雲に遮られ、視界は最悪に近い。それでも、わずかな物音や空気の揺れから、敵の動きが手に取るように分かる。
鑑定によって把握した地形情報と、これまでの偵察結果が、頭の中で重なり合っていた。
(……来る。南東からだ)
次の瞬間、森の奥で小さな光が揺れた。
松明だ。
「全隊、第一配置、維持!」
俺は低く叫ぶ。
闇の中から、黒い影が次々と現れる。
数は予想通り、五十以上。
鎧も揃っていない寄せ集めの集団だが、動きは明らかに素人ではなかった。
先頭に立つ大柄な男が、低く笑う。
「……ここか。噂の金蔵か」
盗賊団の頭目だ。
「弓隊、用意」
俺の指示で、柵の内側に隠れていた弓兵たちが身構える。
「撃つな。まだだ」
敵がぬかるみ地帯に踏み込むのを待つ。
一歩、二歩、三歩――。
「今だ!」
合図と同時に、矢が放たれた。
闇を切り裂く音とともに、悲鳴が上がる。
「うわっ!?」
「罠だ!」
混乱が走る。
足場を失った盗賊たちが次々と転倒する。
その瞬間を逃さず、魔導班が詠唱を開始した。
「風よ、刃となれ――!」
圧縮された風が、敵陣を切り裂く。
前列は一気に崩れた。
だが、敵も黙っていない。
「突っ込め! 数で押せ!」
怒号とともに、後続が雪崩れ込んでくる。
「第二陣、前へ!」
防衛隊が盾を構え、正面から受け止めた。
金属音が鳴り響き、火花が散る。
俺は戦場全体を見渡しながら、常に鑑定を走らせていた。
《敵士気:低下中》
《指揮系統:不安定》
《中央突破:危険度A》
(中央が崩れたら終わりだ)
「左翼、三人後退! 魔導支援を回せ!」
「はい!」
指示が即座に伝達され、戦線が立て直される。
村人たちは必死だった。
誰もが、自分の家族と生活を守るために戦っている。
逃げ場はない。
だからこそ、強い。
激戦の中、敵の一部が森の奥へ退いた。
不自然な動きだ。
(……陽動か)
俺はすぐに気づいた。
「後衛注意! 小隊が回り込んでいる!」
だが、わずかに遅れた。
右側の柵が、爆音とともに崩れる。
「くそっ、破壊魔法か!」
煙の向こうから、十数人の盗賊がなだれ込んできた。
防衛隊が対応に回るが、数が足りない。
その時、一人の少女が避難所から飛び出してきた。
「だ、誰か……!」
「戻れ!」
俺は叫ぶ。
だが、敵の一人が彼女に気づいた。
「女だ! 捕まえろ!」
最悪の展開だった。
俺は剣を抜き、前へ飛び出す。
戦場の真ん中を駆け抜ける。
矢が飛び、剣がぶつかり合う中を突っ切る。
そして、少女の前に立った。
「ここから先は通さない」
盗賊は嘲笑った。
「細っこい野郎が何だって?」
次の瞬間。
俺は、鑑定で見抜いた隙を正確に突いた。
剣は急所を捉え、男は崩れ落ちる。
続く二人目、三人目。
短期決戦。
無駄な動きは一切ない。
背後で、少女の震える声が聞こえる。
「……ありがとう……」
俺は振り返らずに答えた。
「まだ終わってない」
戦場は、なおも続いていた。
そしてこの夜の戦いは、
やがて“運命の出会い”へとつながっていく。




