第6話 王城からの招待と別れ
朝靄の残る村の外れで、俺はいつものように斧を振るっていた。
乾いた音とともに薪が割れ、細かな木屑が舞い上がる。その単調な作業を繰り返しながら、俺は今日の予定を頭の中でなぞっていた。畑の見回り、納屋の補修、子どもたちへの読み書きの指導。それだけで一日は十分に埋まる。
この穏やかな日常が、当たり前のものとして続いていくと、どこかで本気で信じていた。
――その幻想は、背後から聞こえた声によって、あっさりと打ち砕かれた。
「鑑定士レイン殿」
低く、よく通る声。
斧を止めて振り返ると、そこには銀色の鎧をまとった騎士が立っていた。胸元には王国の紋章が刻まれている。
嫌でも理解する。
王城からの使者だ。
(……やっぱり来たか)
胸の奥が、じわりと重くなる。
「王城より、正式な招待状をお持ちしました」
騎士はそう告げると、赤い封蝋で封じられた封書を差し出してきた。
王印付き。
間違いなく本物だ。
「三日以内に王都へ出頭してください」
「……行かなかったら?」
「想定されておりません」
迷いのない答えだった。
俺は小さく息を吐いた。
逃げ道はない、ということだ。
その日の夕方、俺は村長の家にセシリアを呼び、事情を説明した。
王女である彼女は、招待状を見るなり、静かに頷いた。
「やはり、動きましたか」
「分かってたのか?」
「ええ。これだけ急成長していれば、無視できるはずがありません」
彼女は少し視線を伏せ、続ける。
「……私も、王都へ戻らなければなりません」
その言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「もう帰るのか?」
「はい。ここに長く留まるのは、政治的に問題になります」
王女が辺境に居座る理由など、ない。
むしろ危険ですらある。
理屈では分かっていた。
だが、どこかで彼女がこのまま村に残るのではないかと、勝手に期待していた自分もいた。
「……そっか」
俺がそう答えると、セシリアは小さく微笑んだ。
「でも、私は王都からあなたを支えます」
「監視じゃなくて?」
「半分はそうですね」
冗談めかして言う彼女に、俺は苦笑する。
「王国との交渉は、私が引き受けます。あなたは、ここを守ってください」
それは、明確な別れの言葉だった。
翌朝。
村の入口には、王城の馬車が止まっていた。
白地に金の紋章が描かれた、いかにも“王族用”の馬車だ。
村人たちは遠巻きに眺めながら、ひそひそと話している。
「本当にお姫様だったんだな……」
「すごい人と暮らしてたんだな……」
セシリアは、いつも通り落ち着いた様子で馬車に乗り込む準備をしていた。
「レイン」
彼女が俺を呼ぶ。
「王都で、あなたの立場を固めておきます」
「頼りにしてる」
「当然です」
そう言ってから、少しだけ声を落とした。
「……無茶はしないでください」
「それは無理だな」
俺が答えると、彼女はくすっと笑った。
やがて馬車は動き出す。
砂埃を上げながら、王都へと続く街道を進んでいく。
セシリアの姿は、やがて見えなくなった。
村に残ったのは、俺と、まだ形になりきっていない未来だけだった。
数日後、俺は王都へ向かった。
会議室で待っていたのは、王国の重鎮たちだった。
宰相、軍務大臣、魔導長官――。
圧迫感のある視線が突き刺さる。
「鑑定士レイン」
宰相が静かに告げる。
「貴殿の能力は、国家にとって不可欠だ」
俺は一歩も引かずに答えた。
「俺は、ここに縛られるつもりはありません」
長い協議の末、結論が出た。
村は準自治領として認められ、
俺はその管理責任者となる。
代わりに、王国は過度な干渉をしない。
――微妙な均衡。
だが、これが限界だった。
村へ戻る道すがら、俺は空を見上げた。
澄み切った青空。
だが、その向こうには、確実に大きな流れが生まれつつある。
(……ここからだな)




