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第12話 はじめての一歩

 昼下がり。


 穏やかな風が、村の通りを吹き抜けていた。


 復旧作業もひと段落し、村には少しずつ日常が戻りつつある。


 市場通りでは、簡易的な屋台が並び、野菜やパンが売られていた。


 子どもたちの笑い声も聞こえる。


 平和だ。


 そんな中――。


「……本当に、行くんですか……?」


 エルフィナは、玄関先で立ち止まり、不安そうに俺を見上げていた。


 今日は、彼女にとって初めての“外出”だった。


「ずっと部屋にこもってたら、余計につらくなる」


「……でも……」


 視線が下を向く。


 知らない人。


 知らない場所。


 怖くないはずがない。


「俺も一緒だ」


 短くそう言うと、エルフィナは少しだけ安心したように頷いた。


「……はい」


 ゆっくりと、二人で歩き出す。


 最初は、彼女は俺の半歩後ろをついてきていた。


 まるで、影のように。


 周囲の視線が気になるのだろう。


 耳がぴくりと動くたびに、緊張しているのが分かる。


 だが――。


「あ、レインさん!」


 通りの向こうから、少年が走ってきた。


「昨日の修理、ありがとうございました!」


「ああ、うまくいったか?」


「はい!」


 元気よく頭を下げていく。


 その様子を、エルフィナはじっと見ていた。


「……皆さん……優しそうですね……」


「基本、いい人ばかりだ」


 俺が答えると、彼女は小さく頷く。


 市場に入ると、さらに人が増えた。


「レイン様、おはようございます!」


「今日も忙しそうですね」


 あちこちから声をかけられる。


 俺は軽く返事を返しながら歩く。


 そのたびに、エルフィナは目を丸くしていた。


「……すごい……人気者なんですね……」


「違う。ただの雑用係だ」


 即答すると、彼女はくすっと笑った。


 少しずつ、緊張が解けてきている。


 パン屋の前で足が止まった。


 焼きたての香りが漂ってくる。


「……いい匂い……」


 エルフィナが思わず呟く。


「食べるか?」


「……え……で、でも……」


「遠慮するな」


 俺は二つ買って、ひとつを差し出した。


 エルフィナは、戸惑いながらも受け取る。


「……ありがとうございます……」


 一口かじる。


 次の瞬間。


 ぱっと表情が明るくなった。


「……おいしい……!」


 素直な反応だ。


 思わず笑ってしまう。


「そんなに感動するほどか?」


「……はい……久しぶりに……ちゃんとした……ごはん……」


 その言葉に、胸が少し締めつけられた。


 通りを進んでいると、年配の女性が声をかけてきた。


「あら、その子が噂のエルフの子?」


「……はい……」


 エルフィナは緊張しながら答える。


「大丈夫よ。ここじゃ皆、家族みたいなものだから」


 そう言って、果物を手渡した。


「……え……?」


「元気出しなさい」


 戸惑いながらも受け取るエルフィナ。


「……ありがとう……ございます……」


 深く頭を下げる。


 女性はにこやかに去っていった。


 その背中を見送りながら、エルフィナは呟いた。


「……怖く……なかったです……」


「だろ?」


 少し誇らしげに言う。


 しばらく歩いたあと、広場のベンチに座った。


 木陰が心地いい。


「……最初は……すごく……不安でした……」


 エルフィナが静かに言う。


「でも……今は……少し……楽しいです……」


「それなら良かった」


 風が、彼女の金髪を揺らす。


 陽光に照らされて、きらきらと光っていた。


「……レインさん……」


「ん?」


「……連れてきてくれて……ありがとうございました……」


 真っ直ぐな声。


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


「……どういたしまして」


 少し間を置いて、そう答える。


 夕方、村に戻る頃には、エルフィナの表情は明るくなっていた。


 歩く距離も、自然と俺の隣になっている。


(……順調だな)


 焦らず、少しずつ。


 それでいい。


 この村で、彼女が自分の居場所を見つけられるように。


 俺は、その歩幅に合わせて、歩き続けるつもりだった。

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