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第10話 檻の中のエルフ

 夜明け前。


 東の空が、わずかに白み始めた頃。


 村の外れでは、まだ戦いが続いていた。


 剣と剣がぶつかり合い、怒号と悲鳴が交錯する。


 だが、流れはすでにこちらに傾いていた。


 盗賊団の陣形は崩れ、指揮系統も完全に乱れている。


《敵士気:極低》

《撤退行動:発生中》


 鑑定結果が、それを裏付けていた。


「押し切るぞ! ここが正念場だ!」


 俺の声に応えるように、防衛隊が一斉に前へ出る。


 盾を構え、剣を振るい、最後の力を振り絞る。


 十分ほどの激戦の末――。


 ついに、敵は森の奥へと散っていった。


「……終わったか」


 誰かが呟く。


 それを合図にしたかのように、緊張が一気にほどけた。


 地面に座り込む者。


 仲間を抱きしめる者。


 泣き出す者もいた。


 俺は深く息を吐き、剣を下ろした。


(被害は……想定より少ない)


 死者は出なかった。


 負傷者はいるが、致命傷を受けた者はいない。


 奇跡に近い結果だ。


 だが、安心するのはまだ早い。


 俺は周囲を見回し、逃げ遅れた敵がいないかを確認する。


 その時だった。


 森の奥から、かすかな物音が聞こえた。


「……?」


 人の気配。


 しかも、複数。


(残党か?)


 俺は慎重に足を運び、音のする方へ向かった。


 倒木の陰を抜け、茂みをかき分けた先。


 そこに、小さな野営地があった。


 粗末な焚き火。


 転がる荷袋。


 そして――。


「……檻?」


 鉄格子で組まれた簡易檻が、ひとつ置かれていた。


 中には、一人の少女がいる。


 金色の長い髪。


 透き通るような白い肌。


 尖った耳。


 間違いない。


 エルフだ。


 少女は膝を抱え、俯いたまま動かない。


 俺は剣を構えたまま、慎重に近づく。


「……もう、大丈夫だ」


 できるだけ穏やかな声で言った。


 その瞬間。


 少女の肩が、びくりと震えた。


 ゆっくりと顔が上がる。


 翡翠色の瞳が、俺を映した。


「……ひ、人間……?」


 怯えと警戒が入り混じった声。


 無理もない。


 捕らえられていたのだ。


「俺はレイン。ここの村の代表みたいなものだ」


 剣を鞘に収め、両手を見せる。


「君を助けに来た」


 少女は、しばらく黙って俺を見つめていた。


 逃げる様子もない。


 だが、信じてもいない。


 その目は、何度も裏切られてきた者のものだった。


「……本当に?」


「ああ」


 俺は檻の鍵を鑑定する。


《粗悪鉄製鍵/耐久度:低》


 軽く叩くだけで壊せる。


 剣の柄で一撃。


 鈍い音とともに、鍵が砕けた。


 扉を開ける。


「もう、自由だ」


 少女は、しばらく動かなかった。


 まるで、夢か現実か分からないように。


 やがて、ゆっくりと立ち上がる。


 足が震え、よろめいた。


 俺はとっさに支えた。


「……っ」


 触れた瞬間、体が異様に冷たいことに気づく。


 長期間、まともに食べていない。


 鑑定でも、それは明らかだった。


《栄養失調:中》

《疲労:極度》


「……ごめんなさい」


 突然、少女が小さく呟いた。


「……迷惑、かけて……」


「迷惑なんかじゃない」


 即答した。


「助けるのは当然だ」


 その言葉に、少女の瞳がわずかに揺れる。


 そして――。


 ぽろり、と。


 涙が一粒、頬を伝った。


「……ありがとう……」


 声は震えていた。


 必死に堪えていた感情が、ようやく溢れ出したようだった。


 俺は何も言わず、ただ肩に自分の上着をかけた。


「……名前は?」


「……エルフィナ……です」


 小さな声。


 だが、確かに届いた。


「エルフィナ。これからは、ここで休め」


「……はい……」


 遠くで、村の明かりが揺れている。


 仲間たちが、こちらを探しているのだろう。


 俺はエルフィナを支えながら、ゆっくりと歩き出した。


 この出会いが、村と俺自身の未来を大きく変えていくことになる。


 そんな予感だけが、胸の奥に静かに残っていた。

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