『みじかい小説』050 / おそろいのベスト ~1000文字にも満たないみじかいみじかい物語~
12月も上旬を過ぎようとしていた。
「今年の夏はいつもより暑かったから、冬はそんなに寒くならないと思ったのに。そんなことなかったねぇ」
栄治がそう語りかけると、妻の和子はしばらく間を置いて、こくりと一度だけうなずいた。
栄治は窓の外に目をやる。
建物から3mほどの場所にあるブロック塀まで、小さな庭が広がっている。
朝から降っていたみぞれ交じりの雪が積もり、地面はうっすら雪化粧をしていた。
一本だけ生えている背の高い何かの木も、今はしっとりと湿っていた。
「外は寒そうだねぇ」
栄治はみじかく、そう口にした。
和子はやはり、しばらく間を置いて、こくりとうなずく。
暖房のかけてある室内では、栄治は長袖に茶色のベスト一枚といういで立ちである。
和子も、栄治と同じベストを着せてもらっている。
「今日も、おそろいだねぇ」
栄治は目を細めて和子を見やる。
和子はまたしばらく間を置いて、今度は表情を少しだけ変化させた。
それは口をほんの下に動かすというぎこちない動作ではあったが、栄治には、和子が笑ったのだと一目で分かった。
和子が脳梗塞で運ばれたのも、ちょうどこんな天気の日だった。
今年のクリスマスは何を作ろうかしらと、関心のない素振りを見せる俺を前に、和子はリビングでそんなことを話していた。
普通に会話が続くと思われたのだが、気がつくと、和子が椅子から転げ落ちて床に倒れていた。
俺はすぐに救急車を呼んだ。
やってきた救急隊員につき従って外に出てみると、空から冷たいみぞれが降り注いでいた。
「和子、今年のクリスマスは何が欲しい」
栄治はそう言うと、じっと和子の顔を見つめた。
和子はわずかながら、口を動かす。
「はは、それじゃあ、分からないな。仕方がない、何かいいものを買ってきてあげるよ」
栄治はそう言うと、和子の肩を、ゆっくり、ぽんぽんと優しくたたいた。
頬に垂れてきそうな涙をぐっと我慢して、笑顔をつくってはみたが、それでも零れ落ちる涙が、茶色いベストに染みを作ってゆく。
連れ添って30年。
年を取ってからの結婚だったが、和子、俺はいい夫だったろうか。
今、いい夫であるだろうか。
答えが、ききたい。
栄治のベストに、ぽたぽたと涙の染みが広がってゆく。
外は雪。
小さな部屋の中に、二つのベストが並んでいる。




