想定外
訓練開始から二時間。
マッピング魔法の訓練は――もはや“迷路サバイバル”と化していた。
「お腹すいたぁ……」
「莉音、それ三回目。言うたびに士気が下がるから」
「だって、マナスナック持ち込み禁止だったじゃん!」
「食うなって言われてたでしょ」
鷹真が苦笑いする横で、直人は端末を叩き続けている。
「地図は……完全に崩壊しましたね。いまは“壁が動く頻度”を予測してるところです」
「マジメか。というか、それでどうにかなるの?」
「たぶん、なりません」
「諦めるの早っ!」
そんな会話の最中だった。
地面が、かすかに鳴った。
――コツン。
「今の、足音……?」
美咲が耳をすます。
だが、周囲には誰もいない。
次の瞬間、床全体が淡く光った。
模様のような魔導陣が、彼らの足元を走る。
「な、なにこれ!?」
美月が悲鳴を上げるより早く、空間が歪んだ。
――シュン。
光がはじけたあと、そこに残っていたのは三人だけだった。
ユウ、美月、そして莉音。
「……ちょっと待って。鷹真たちは?」
ユウが通信機を叩くが、ノイズしか返ってこない。
「通信遮断……魔法式で班を分けたんだ」
「そんな高度な罠、訓練で出す!?」
莉音が涙目で叫ぶ。
見渡せば、通路は狭く、壁は呼吸するように動いている。
空気がねっとりと湿り、肌に張りつく。
「とにかく進もう。じっとしてたら、迷路に飲まれる」
ユウの言葉に、美月が頷いた。
彼女は必死に明るく振る舞おうとする。
「お兄ちゃん、こういうときのために“姉貴分的な妹”として頑張るから!」
「日本語がカオスだな……」
一方そのころ、別ルートでは――
「……道がふさがりましたね」
鷹真が壁を腰を入れて押す。だが、魔法構造体はびくともしない。
「落ち着いてください。物理破壊は無駄です。再生します」
「ふむ……とりあえず様子見……か」
「少し静かに。いま、“壁の呼吸音”を解析中です」
「呼吸音ですか!?」
美咲が声を上げる。
「はい。この構造体、生き物に近い。音のリズムが心拍のように周期してる……」
直人の手元の端末が明滅する。
「なるほど。心臓部があるなら、そこを破壊すれば……」
「それ、行ったら絶対怒られるやつですよ……!」
美咲が頭を抱えた。
その頃、ユウたちのチーム。
道はどこまでも続いていた。
マッピング魔法も通信も使えない。
頼れるのは、自分の感覚だけ。
そのとき、ユウの視界に“線”が見えた。
空中に淡く走る、魔力の筋。
壁の内側を流れる“脈動”が、まるで血管のように光っている。
「……見える」
「え?」
「迷路の流れが。ここを……通れば、出口に繋がる」
「ちょっと待って、それ見えてるの? 私たち何も――」
莉音が言いかけた瞬間、壁が揺れた。
次の通路が、まるで“ユウの進路を迎えるように”開いた。
美月が目を丸くする。
「やっぱりお兄ちゃん、迷路に好かれてるよ……! 結婚しな!」
「どんな性的倒錯だ! 好かれてるとかじゃねえよ!」
暗い通路を抜けると、広いホールに出た。
中心に、青く光る石柱。
その根元には――ぐにゃりとした影。
まるで墨がこぼれたような黒。
壁に張りついたそれが、じわじわと形を変えていく。
「……ゴーレム、じゃない。これは――」
ユウが言葉を失う。
影が立ち上がった。
人型。
けれど輪郭が常に崩れ、見ているだけで吐き気を催す。
「観測個体、異常。侵入者、排除――」
機械のような声。
直人の言っていた“心臓部”の守護体――それが実在した。
「まずい、逃げるぞ!」
ユウが叫び、三人は走る。
影の腕が伸び、壁を裂く。
通路が閉じる。
美月が転びそうになった瞬間、ユウが抱き上げた。
彼の瞳に、淡い光が宿る。
――世界が、止まる。
風も音も消えた。
影の動きだけが遅れ、静止する。
ユウは一瞬、何をしたのか分からなかった。
けれど、直感だけが囁く。
(……“出口”を、描け)
彼は無意識に手を振るった。
空間が裂け、眩い光が走る。
目を開けたとき、そこは――
――迷路の外。
「……え、出た?」
美月が呆然と呟く。
莉音がへたり込みながら笑う。
「なにそれ……ワープとか、反則……!」
遠くで警報が鳴っている。
エリュナの声が通信に入る。
『訓練、強制終了。観測値、想定外。……ユウさん、あなた、本当に何者ですか?』
ユウは、言葉を失ったまま、崩れ落ちる迷路を見つめていた。
そこには、まだ“目”のような光が、彼を見返していた。




