家畜の味
曇り空の朝。
演習場の地面は、前夜の雨でぬかるんでいた。
空気に泥と鉄の匂いが混ざる。
「――今日は“魔法を使わない”訓練だ」
グレイ教官が、いつものように低く響く声で言った。
巨体の影が、薄い霧の中でぼやけている。
「敵の奇襲や魔素障害、妨害術式で魔法が封じられることは多い。そんな時、頼りになるのは結局――体と、刃だ」
鷹真が手を上げる。
「先生、つまり格闘技ですか?」
「いや。もっと単純で、もっと残酷だ」
グレイは、机の上に二つの武器を置いた。
一つはリボルバー。もう一つは軍用ナイフ。
「――どっちを選ぶかは、好みでいい。撃つか、刺すか、それだけだ」
訓練生たちがざわめく。
美月が小声でつぶやく。
「なんか今日の教官、いつもより……怖くない?」
ユウは答えず、ただグレイを見つめていた。
グレイは、銃を一丁手に取り、何のためらいもなく空の標的を撃ち抜いた。
乾いた音が霧に溶け、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「この音、いいだろ」
グレイが微笑む。
「“生”が割れる音だ。……なぁ、ユウ。お前、家畜を育てたことはあるか?」
「え? いえ……」
「そうか。じゃあ知らねぇだろうな。自分で育てた家畜を食うときの味を」
グレイはまるで懐かしむように目を細めた。
「他人が育てた肉とは違う。苦労して、世話して、いっぺんに屠る。その“間”にある味は……格別だ」
沈黙。
訓練生たちは、何かを言おうとして言葉を失った。
「……おっと、話がそれたな」
グレイが軽く笑い、銃口を上に向けた。
「訓練の続きだ。非魔法状態での戦闘――ガンファイトか、ナイフだな。どっちを選んでも構わねぇし、なんならステゴロでもいい。要は、生き残れればいいんだ」
その声は冗談のようで、どこか本気だった。
演習場に標的が立ち並ぶ。
泥に足を取られながら、訓練生たちは構えを取った。
誰もが、さっきの言葉を忘れられないでいた。
(“育てた家畜を食う”……なんだ、それ……)
ユウは無意識に銃を握る手に力を込めた。
銃声が、ナイフを振る風音が響いた。
それは訓練の音のはずだった。
だが、どこか“誰かの心を試している音”のように聞こえた。
グレイの視線は、標的ではなく訓練生たちの動きを観察していた。
狩人のような目。
あるいは――飼育者のような目。
「いいな。その怯えた顔。人は追い詰められたとき、本当の形になる」
「そして、成長ってのは、限界まで追い詰めたときにしか見えない。だから俺は、芽を伸ばす前に、いったん折るんだよ」
そして、穏やかな声で告げる。
「さあ――命の使い方を、教えてやるよ」




