先に当たる弾
筋肉痛の悲鳴が、訓練所のあちこちから漂っていた。
もちろんユウも例外ではない。
階段を一段降りるたび、ふくらはぎが悲鳴を上げる。
その背中に、ずしりと柔らかい重みが乗っかった。
「……お兄ちゃん……背中貸してぇ……歩けない……」
美月だった。
誇りのツインテールはしんなり垂れ下がり、完全にナマケモノ状態でぶら下がっている。
「離れろ……俺も限界……」
「やだぁぁ……妹特権発動中……」
むぎゅ〜と抱きつく美月。
甘えたいだけなのか、本当に動けないのか。たぶん両方。
「昨日の行軍で死ななかっただけマシですよ」
鷹真は涼しい顔でストレッチしている。
「“マシ”って言葉、もう信じない……」
「寝転び訓練にして……」
莉音は机に突っ伏したまま瀕死状態。
「ちょっと! 美月ちゃんズルい!」
「ふふん、妹特権だよ〜……あいたた!!」
脇腹の筋肉痛に顔をしかめても、ユウから離れようとしない。
その空気を切り裂くように、鋭い声が響いた。
「全員、射撃場に集合してください!」
嫌な予感しかしない声だった。
山の麓に造られた屋外区画。
空気には魔導障壁の波紋がゆらりと漂っている。
並べられたライフル。
一見すると普通の銃だが、銃身の根元には深い蒼色の魔導石が埋め込まれていた。
そんな中、直人が最初に手を挙げた。
「教官。質問しても?」
武田が隻眼を向ける。
「言ってみろ」
「カリキュラムが早すぎます。本来、実弾射撃は一ヶ月の基礎教練と二週間の安全講習、それに分解結合試験をパスしてから行うはずでは?」
もっともな指摘だ。
銃は“間違えれば即死人が出る道具”だ。
普通の軍なら、素人に渡すなどありえない。
だが武田は鼻で笑った。
「平和ボケした軍隊ならな。だが――今は戦時だ」
その言葉だけで、訓練生たちの背筋がこわばる。
「お前らが安全装置覚えるより、魔物が腹を空かせるほうが速ぇ。それに、これは訓練じゃねぇ。“選別”だ」
「せ、選別……?」
美月がユウの袖をぎゅっと掴む。
「そうだ。お前らの魔力特性に合う武器を洗い出す。使えねぇ武器を必死に訓練させるほど、この国も予算も暇じゃねぇんだよ」
――要するに。
『教える前に撃たせて、才能があるやつだけ拾う』
ということだ。
乱暴だが、戦争ではよくある話だった。
「本日から“魔導射撃”の適性確認を行います」
前に進み出たのはエリュナ。
黒衣をまとい、白金の髪が風に揺れた。
「武田教官の言う通り、本来ならこの段階で行うものではありません。ですが――」
その声は穏やかでも、まっすぐで冷ややかだった。
「前線からの要請で、育成期間が『半年』から短縮される可能性があります」
息を呑む音があちこちで上がった。
それはつまり、 戦況が想像より悪い ということだ。
「悠長に学ぶ時間はありません。――走りながら覚えてください。撃ちながら学んでください。生きたいのであれば」
莉音が青ざめる。
直人は眼鏡を押し上げたが、レンズの奥は揺れていた。
ここには初心者マークも優しい法律もない。
合格ラインはひとつ、ただ“生存”だけ。
「では……ユウさん。前へどうぞ」
呼ばれ、ユウがライフルを手に取る。
金属の冷たさと、魔導石の脈動がじんわり掌へ広がった。
エリュナが指を鳴らすと、奥の魔導光が収束し、獣型標的が咆哮を上げて動き出す。
「……これ、的じゃねぇだろ」
「お兄ちゃんがんばれー! せめて前に飛ばしてー!」
「当たり前だ!」
「訓練を開始します。撃ってください」
引き金を引く。
青白い閃光が走る。だが、獣型標的が跳ねて空を切った。
「集中が足りません。心を研ぎ澄ませてください」
透明な声に、空気がひんやり締まる。
ユウは息を整え、照準を合わせる。
銃身の魔力が心臓の鼓動と同期して、脈打っている。
(――今度こそ)
指が引き金に触れたその瞬間。
標的が、吹き飛んだ。
音も、閃光も、衝撃もない。
ただ、“結果”だけがそこにあった。
「……今の、撃った?」
鷹真が呆然とつぶやく。
ユウは銃口を見る。
煙はない。魔導石も静穏のまま。
――起きていないのに、当たっている。
エリュナが近づき、その瞳がわずかに揺れた。
「ユウさん。……魔術の経験は、ありますか?」
「い、いえ……全く……」
エリュナは銃と標的を順に見つめ、静かに言う。
「……もう一度、撃っていただけますか?」
引き金を引く。
――何も起きない。
焦ってもう一度引く。
弾は変な方向へ跳び、反動でユウは尻もちをつく。
その瞬間、理解が稲妻のように走る。
(……“結果のほうが先”だった……)
世界が、因果を後から合わせている。
霧の中、標的の残骸が遅れて崩れていく。
エリュナは、小さく息をのみながらつぶやいた。
「……因果の前借り。高度な術式でも滅多に起きません。まして、魔術を学び始めたばかりの方が……」
その声には驚愕より――明確な警戒と興味が混ざっていた。
(……俺はいったい何を“撃った”んだ?)
ユウは脈打つ銃を握り直した。
まるで、“未来がひとつ確定した”後の余熱のように温かかった。




