魔力測定
オリエンテーション後、詳細な施設の説明やら安全講習が続く。
緊急時の避難経路、魔導炉の危険性、魔物侵入時の対処――どれも大事なのは分かっているが、ひたすら情報量が多い。
ユウも、退屈さのあまり、何度か船を漕ぎかけつつも耐え抜く。
「……早々にハードだ」
机に突っ伏しながらユウがぼそりと言うと、隣の鷹真が笑った。
「態度も見られてるかもですよ? もう遅いかもしれませんが」
「わかってはいるけど……眠気にはな」
言い訳めいた言葉に、自分でも苦笑する。
昼食は食堂でカレーだった。
昨日と同じメニューに、莉音がスプーンを掲げて宣言する。
「もう“カレーの基地”だよねここ! 一生分食べた気がする!」
美咲がくすりと笑う。
「でも美味しいですよ?」
直人は真顔で補足する。
「この異世界産スパイスは魔素の循環を促すんです。合理的ですね」
「理屈で食べないでよ!」
莉音のツッコミがテーブルを少しだけ明るくする。
スプーンの当たる音や笑い声が重なり合い、ほんの一瞬だけ、この場所が“普通の学生食堂”みたいに思えた。
そんな軽口を交わしながらも、午後の訓練の時間は近づいていく。
食堂を出ると、窓の外には灰色の雲が張りついていた。
さっきまで温かかったスパイスの香りはもうなく、代わりに金属と油と魔石の匂いが鼻の奥に残る。
教官の号令が響いた瞬間、訓練棟の照明が一斉に落ちた。
一拍だけ闇が広がり、それから講堂の中央だけが切り取られたように明るくなる。
「午後は基礎魔力測定を行います」
エリュナの声が、その光の中に落ちた。
講堂の中央には、金属と魔石で構成された半球状の装置――魔力共鳴計が鎮座していた。
台座の下には魔導炉と繋がる配線と光脈が張り巡らされ、かすかな脈動が床を通じて足裏に伝わってくる。
「触れた者の魔素流動を解析し、出力を数値化します。
簡単に言えば、魔力の“心電図”のようなものです」
エリュナの説明に、莉音がこっそり小声でつぶやく。
「つまり、魔法のドーピング検査……?」
いつもはボケ担当の美月が押され気味にツッコむ。
「ちょっと違うと思うよ……」
「――ただし、この装置は“嘘”をつきません」
その一言で、場の空気が一変した。
努力も学歴も懸ける思いも関係ない。ここでは、数値がすべてだ。
最初は美月だった。
「見ててよお兄ちゃん、歴代最高の数値を叩き出して見せるから!」
どこから出ているのかわからない自信を見せながら、掌を装置に当てる。
青い光が柔らかく波打ち、共鳴計の表面を静かに走る。
【基準値:152】
表示された数字は、平均よりやや上。
「医療班としては上々ですね」
エリュナの声が、ほんの少しだけ柔らいだ。
だが、美月は頬をふくらませる。
「一番反応に困るやつ~!」
続いて直人。
彼が掌を置くと、光は安定して、滑らかに脈打ち始めた。
【基準値:208】
教官の一人が資料に何かを書き込む。
エリュナが評価を添える。
「理屈で構築するタイプですね。精密な魔導士は貴重です」
直人は無言で小さくうなずき、満足そうに端末へデータを転送した。
次は莉音。
掌を置いた瞬間、装置が眩しいほどに明滅を始めた。
光が強くなったり弱くなったりをめちゃくちゃなリズムで繰り返し、会場がざわめく。
【基準値:再測定】
「え? これって追試!?」
莉音が悲鳴のような声を上げる。
エリュナは小さく笑みを浮かべた。
「波が読めないほど“自由”というのは、時に強さでもあります。
制御さえできれば、ですが」
「テストの先生が一番怖いこと言った!?」
笑いが少し漏れ、張り詰めた空気がほんのわずかに緩んだ。
そしてアラン。
彼は異世界王国――アーヴェリスで正式に任官している魔術師。
形式上の測定だろうに、場が自然と静まり返る。
アランが無言で一歩前に出て、掌を魔力共鳴計に置いた。
装置が、低く唸った。
次の瞬間、悲鳴のような高音が重なる。
中心部の魔石がギリギリと軋み、表面に細いヒビが一本走った。
紅の光が弾け、計器の針が跳ね上がる。
【基準値:371】
それは、この訓練用装置に設定された“推奨上限値”をあっさりと振り切った数値だった。
誰もが息を呑む。
さっきまでざわついていた訓練生たちの喉が、一斉に音を失った。
教官席の一人が、思わず立ち上がりかけて腰を止める。
エリュナだけが、わずかに目を細めただけだった。
アランは黙って手を離す。
その顔にあったのは、誇りでも驕りでもなく――“知っていた”者の静かな自信だけだった。
そして、ユウ。
「……次、神名ユウ」
エリュナが名を呼ぶ。
ユウは息を整え、掌を装置へ伸ばした。
「お兄ちゃんが私より強かったら嫌すぎる、雑魚であれ!」
「そ、そんな事言わないであげて、美月ちゃん……」
いつもの調子の軽口に、周囲から笑いが漏れる。
さっきまでの測定結果で張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ、その瞬間――
笑いが、凍った。
ユウの掌が装置に触れる。
待っても、何も起きない。
光も、音も、ない。
静寂だけが、やけに大きな音を立てて広がっていく。
「……え?」
最初に声を出したのは、美月だった。
いつもの冗談めかした調子ではなく、息の抜けたような、素の声。
「ほんとに、雑魚だった……?」
自分で言った言葉に、自分で戸惑ったように、彼女はユウの顔を覗き込む。
その指先が、袖を掴もうとして――途中で止まった。
「……お兄ちゃん……?」
震えともつかない呼びかけが、無音の講堂に滲んだ。
次の瞬間、低い唸りが響いた。
装置の奥で赤いランプが点滅し、警告音が短く鳴る。
空気が一瞬だけ、焼けたように熱を帯びた。
すぐに音は止んだが、計器の数値は――ゼロ。
「測定不能」
エリュナの声が、低く静まる。
彼女の瞳が、観察するように細められた。
「……あなた、生まれる世界を間違えたわね」
「……は?」
意味が分からず、ユウは固まる。
美月は隣で、まだユウの手元と計器のゼロを交互に見つめていた。
さっきまで“世界のヒロイン”を名乗っていた顔が、今はただの妹の顔になっている。
エリュナはそれ以上何も言わず、事務的に次の名を呼んだ。
午後の測定は、予定より早く終わった。
霧が濃くなる夕暮れ、講堂を出たユウの前で、アランが立ち止まる。
「……お前、何者だ?」
紅い瞳が、真正面からユウを射抜く。
ユウは、答えられなかった。
胸の奥に、まだあの装置の低い唸りが残っている。
――まるで、何か別の“命”が、自分の中で目を覚まそうとしているような感覚だった。




