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インテグレートワールド  作者: アールグレイ
幕間 融合世界の日常
31/48

線路は続くよ

 朝の運行は、いつも通り静かだった。

 灰色の空。曇天の下を、鉄の列車が音もなく走っていく。

 JDF-RT01型装甲列車アイアンロード。総重量二千トン近い“鉄の街”だが、その巨体は嘘みたいに滑らかに中立地帯を進んでいった。


 この線は“日本鉄道”でも“王国線”でもない――どちらの国も所有権を主張できない。

 ティレナと日本都市を結ぶ唯一の中立輸送路。

 一本で三百トンの補給物資を運び、前線一個中隊を丸ごと動かす、命綱の鉄路だ。


 運転席でハンドルを握る若い機関士・渡瀬は、軽くあくびを噛み殺した。

 昨日も今日も、線路の向こうに待つのは同じ景色。

 遠くに森、近くに雪解け水の川。ときどき、瓦礫の村跡が通り過ぎる。


 後方の戦闘車庫には、機動戦闘車が静かに眠っている。

 あれ一輌を降ろすだけで、魔物相手の局地戦をひっくり返せる――

 ……と訓練所では教えられたが、実際に出番が来ないに越したことはない。


 護衛の歩兵たちも、朝のコーヒーを片手に気怠く笑っていた。

 「どうせまた、ゴブリンが二、三匹出て逃げるパターンだろ」

 「線路補修は工兵が三分で直すしな。楽な商売だぜ」


 油と鉄の匂いの中、誰もがその“いつも通り”を疑っていなかった。

 この“平穏”こそが、外交筋が何十億も払って買い取った幻想だった。


 ――昼を少し過ぎた頃、列車が急に減速した。

 金属がきしむ音。やがて完全に停止する。


 「……線路破損か?」

 通信士が顔を上げる。モニターには、前方二百メートル地点での軌条断裂警告。

 工兵班が即座に降車し、補修装備を展開した。

 鉄路を“七分で繋ぎ直す”のが、この部隊の日常仕事だ。


 「ワームか、あるいは寒波で地盤がやられたな」

 渡瀬は計器を見つめながら、またあくびをした。

 こんなことは珍しくない。この北方では、線路が“呼吸するように壊れる”のだ。


 工兵が線路の下でスパナを鳴らしている。

 その周囲を、歩兵小隊が散開して警戒していた。

 風の音が強くなる。林の影が、少し揺れた。


 「……足音?」

 一人が小声で言った。


 ガサリ。雪を踏む、重い音。

 彼らは一瞬だけ身構える。

 どうせ、ゴブリンが数匹だろう――そう思って。


 ――次の瞬間。


 木々を割って出てきたのは、ゴブリンが跨ったトロールだった。

 しかも複数。

 五メートル級の巨体が、線路を挟むように突進してくる。


 「おいおい、マジかよッ!」


 渡瀬が警報スイッチを叩く。

 列車側面が展開し、120mm砲塔が回転した。

 二門合わせて百発の砲弾を積んだ、鉄路最大火力だ。


 「主砲、前方! 撃て!」

 滑腔砲が火を噴く。爆風が雪煙を巻き上げた。

 前方のトロールが片脚を吹き飛ばされ、倒れる。

 だが、他の二体がすぐに突っ込んでくる。


 歩兵たちが無反動砲を構え、照準を合わせた。

 「距離三十! 撃てぇっ!」

 閃光。爆音。肉片と黒い血が雪を染める。

 それでも止まらない。


 砲撃の合間を縫って、ゴブリンの矢が雨のように飛ぶ。

 歩兵の一人が肩を射抜かれ、雪上に倒れた。


「工兵班、あとどれくらいだ!」

「あと二分! 二分だけ持たせろ!」



 渡瀬は歯を食いしばり、列車の出力を再調整した。

 砲塔が熱を帯び、装填音が響く。

「発射!」

 再び轟音。最後のトロールが倒れる。


 残ったゴブリンたちは一斉に散開し、林の奥へ逃げていった。

 工兵が線路上に合図旗を掲げる。


 「修復完了! 発車可能!」


 列車がゆっくりと動き出す。

 鉄の車輪が再び命を取り戻す音がした。


 静寂。

 渡瀬は、濡れた額を拭いながら呟いた。


 「……チョロい、なんて言って悪かったな」


 雪原の向こう、林の奥では、さっきのゴブリンたちが何かを運んでいる影が見えた。

 壊した線路の残骸。

 きっと、次の罠の材料にするのだろう。


 渡瀬は深く息を吐いた。

 ――ゴブリンも、それなりに賢い。


 だが彼は知らない。

 この鉄路を維持するのに、アーヴェリスの王都では都市派貴族や商業ギルドが「生き残るために必要な道だ」と血を吐くように訴え、東京では議員が“赤字覚悟の友好支援”を誇っていたことを。

 

 一本で三百トンを運び、戦線を繋ぎ止める巨大な列車の裏側にあるのは、勇気でも技術でもない。

 国境をまたぐ計算書と、誰かの見えない死だった。

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