侵攻開始
その夜、ニュースはまだ「異常」という言葉しか持っていなかった――
【BBC Breaking News / ロンドン時間 午後8時42分】
「はい、現在ロンドン中心部では、原因不明の停電と通信障害が発生しています。現時点で当局からの公式発表はありませんが、地下鉄の運行はすべて停止、市民は避難を――」
アナウンサーの声がかすかに震える。
背後のガラス越しに、夜の街。いつものロンドン――のはずだった。
だが街の端に、まるで空を燃やすような閃光が走った。
「……いま、光が見えました。ええ、スタッフからも確認が取れています。爆発、のようにも見えますが、詳細は不明です。気象庁は――」
スタジオの照明がちらつく。画面の奥でスタッフが走る。
「申し訳ありません、通信機器が一部ダウンしています。……はい? ――今、情報が入りました。北部でも同様の閃光が確認されたとのことで――」
背後でガラスが震える。
「……ええ、現在、視聴者の皆さんにお伝えできるのはこれだけです。繰り返します、何が起きているのか、私たちにも――」
音が割れる。
「……っ見えますか、あれを――!」
画面が揺れる。外の中継カメラが切り替わる。
曇天の夜空に、光の柱が降り注ぐ。
「……天候では、ありません……神よ……これは……」
〈ノイズ〉
【NO SIGNAL】
※再送信試みるも映像は復旧せず。BBC公式は翌朝、臨時放送の再開を発表するも、ロンドン本局の主要機能は沈黙したままとなる。
【CNN War Desk / ワシントン時間 午後1時47分】
「はい、こちらCNNです。太平洋上空にて第7海兵遠征群が正体不明の“飛行体”と交戦中とのことです。いま入っている映像は、現地報道班が艦上から送信しているライブフィード――」
映るのは灰色の海。曇天。
遠くに黒い点が浮かぶ。
「ええ、視聴者の皆さんもご覧ください。あれがその……“影”と呼ばれているものです。軍の説明によれば、通常の兵器では捕捉できず――」
背後の通信音。スタッフの声。
「――What do you mean, it’s not physical?(物理的じゃないとはどういう意味だ?)」
「……現地の記者から“形が定まらない”という報告が…」
映像が近づく。波間に浮かぶ影が、ゆらりと形を変える。
「……腕のようなものが……? はい、腕のようにも見えます。だが――」
マイクが、艦上の轟音を拾う。
「CIWSが作動! 迎撃を開始――待て、当たっていない? なぜだ……!」
轟音。
画面が白くはじける。
「……え、なにが起きて――通信が――!」
ノイズの中で、かすかに“詩”のような音声が混じる。
【……声ヲ視ヨ、声ハ刃ナリ……】
「――? いまのは……」
【映像途絶】
※CNNはこの通信を「記録不明通信事件」として公表。軍部は公式コメントを拒否。のちに“命令詩”と呼ばれる敵通信の初観測例とされる。
【日の丸放送 特別報道 / 日本時間 午後10時18分】
「――こちらは福岡市東区より中継です。国防省の発表によりますと、現在、九州北部および山口県西部にかけて、正体不明の飛行物体が複数出現しているとのことです。市民の皆さんは落ち着いて――」
空の色が赤く染まっている。
「……失礼、何か、上空が……はい、カメラ、カメラ上!」
画面が揺れ、空が映る。
そこに、巨大な“輪”が浮かんでいる。
「……あれは……なんですか!? 月……? 違います、輪です! 巨大な光の輪が、街の真上に……!」
(背後で怒号とサイレンの音。「下がれ! 伏せろ!」)
「ええ、視聴者の皆さん、落ち着いてください。いま、上空で閃光が――」
爆風。
カメラが倒れる。
「っ、カメラ大丈夫か!? ……ええ、いま、視界が――煙が広がって……あれは、人影……?」
映像の端に、黒い影。
「まるで、鎧を着たような――」
アナウンサーが息を呑む。
「……動いて、います……誰か、あの方向へ――」
再び閃光。
「こちら福岡、不明の勢力が攻撃を――!」
〈通信途絶〉
【放送中断】
※この映像は、後に「九州防衛線の初報」として保存された。
当時、政府も国防軍もまだ“敵”の定義を持っていなかった。
【補記:翌日の国営放送アナウンス】
「……昨夜より続いております各地の通信障害および発光現象について、政府は“原因は現在も調査中”との見解を示しました」
「また、福岡方面の一部映像は破損しており、詳細の確認には時間を要する見込みです。視聴者の皆さまには、冷静な対応をお願いいたします。」
スタジオの背景で映るのは、夜明け前の東京湾。
静かで、何も起きていないように見える。
ただ、画面右上のテロップだけが赤く点滅している。
【続報をお待ちください】




