打ち上げの定番はファミレスっしょ
七不思議第二弾の翌週。
放課後のファミレス。
防弾ガラス越しに、夕暮れの街がオレンジ色に溶けていた。
異世界由来の街灯が青白く灯りはじめ、窓の外をドローンが滑るように飛ぶ。
それでも、店内のざわめきは――どこか、まだ平和だった。
「いや~、まさかうちのうぶなお兄ちゃんが、こんなかわいい先輩ふたりを“お持ち帰り”してたなんてねぇ」
ハンバーガー片手に、美月がわざとらしくため息をつく。
「やるじゃん、お兄ちゃん。どっちが“本命”?」
「ちょ、おまっ……! 言い方! 密会でもお持ち帰りでもねぇよ!」
「えー? でも神名くん、昨日すっごい顔赤かったよ?」
まひるがストローの先を噛みながら、くすくす笑う。
「まひるを庇ってくれたりして、ちょっとキュンとしちゃったかも。ね、うき?」
「そーそー。意外とガッツあるよねー」
「いや、かばう場面なんてなかっただろ……」
うきはユウの肩越しに、まひるの髪をそっと撫でる。
「まひるが“神名くんがいい”って言うから誘ったけど、正解だったかもね」
「う、うき……!」
二人の空気が、すっかり“自分たちの世界”になっている。
「……おい。俺で遊ぶな」
「「あ、照れた」」
声がぴったり重なった。
完全包囲である。
「もー、お兄ちゃんカワイイんだから」
美月が笑いながらユウの頬をつまむ。
「でも先輩たち、“趣味”も合うんですね。私、テンション上がっちゃいました!」
その一言で、うきの目が変わった。
からかいの色が一瞬で消え、“研究者の目”になる。
「趣味……ああ、“異人種”のこと? 美月ちゃんも“そっち側”?」
「え、まあ、“推し”がいるくらいですけど……エルフの耳とか、造形美ヤバいなって」
「“造形美”?」
カタリ、とドリンクのコップを置く音。
うきの声が、妙に冷たく響いた。
「浅いな」
「え?」
「美月ちゃん、まさか“E-World Selection”の商業誌読んで『芸術』とか言ってるタイプ?」
「えっ、はい……ダメなんですか?」
(あ、これスイッチ入った)
ユウは即座に悟った。
うきはタブレットを取り出し、画面を指で弾く。
「いい? エルフの耳の平均傾斜角は七五度。これは“デザイン”じゃなくて“物理”。彼らの軟骨は私たち人間のものとは組成が違う。生体結晶振動板なの。あの角度は“大気中の高周波魔素粒子”を受信するための最適解。透け感が尊いとか言ってるけど、あれは単なる“エーテル伝導率”の副産物にすぎないの」
(……えぇ)
ユウと美月は、完全に石化していた。
そこへ、今まで黙ってポテトをつまんでいたまひるが、静かに口を開いた。
「うきの言う通り。みんな“エーテル筋繊維”とか見た目の筋肉に騙されすぎ。
獣人の真髄は、そこじゃない」
「え?」
「彼らの“運動パラダイム”は、根本的に違うの。人間が『大脳→脊髄→筋肉』で動くのに対し、彼らは『脊髄→第二骨格筋』で動く。だからあの物理法則を無視したような初速が出る。重心の低さ、捕食時の静謐さ――あれこそが“機能美”。抱かれたいとか言ってる人は、何もわかってない」
ファミレスの喧噪が遠のく。
二人は、もはや別の世界にいた。
「あと吸血鬼の血流操作。あれ、真皮層の屈折率まで魔力制御してるよね」
「わかる。だからカメラで撮ると白飛びする。あれ、“美白”じゃなくて“光学迷彩”の一種」
「そう! だから国防軍は――」
(……この人たち、ガチだ)
ユウと美月は、ただ見合わせるしかなかった。
「……お兄ちゃん」
「……なんだ」
「……この人たち、ヤバいね」
「……今さら気づいたか」
気がつけば一時間が経っていた。
皿の上にはポテトの残骸、ドリンクの氷はとっくに溶けている。
ふと我に返ったように、うきとまひるが顔を上げた。
「あ」
「……ご、ごめん、ちょっと熱くなっちゃった」
「引いた?」
まひるが不安そうにユウの袖を掴む。
(その仕草も計算なのか……)と、ユウは息を吐いた。
「いや……まあ、すごいとは思った」
「ほんと!? よかったぁ!」
「ねぇお兄ちゃん!」
さっきまでドン引きしていた美月が、急に目を輝かせた。
「次の七不思議、私も混ぜて!」
「……お前まで何言ってんだ」
「だって、こんな“ガチ勢”の先輩たちと友達になれるチャンスじゃん!」
「大歓迎!」「女子会しよー!」
ユウは深く息をついた。
窓の外、遠くの空に滲む“裂け目”が、一瞬だけ、不気味に光る。
けれどその光に、誰も気づかなかった。
ファミレスの、狂気すれすれのオタトークの熱気が――それを、完全にかき消していた。




