003 プック・ポンエー
GL260年……
ここは奈落の五層にある出口の迷宮街。六層と繋がる唯一の迷宮がある町ということもあり、六層に向かう人、迷宮で稼ぐ人、そういった人で一儲けしようと人々が集まる活気がある町だ。
迷宮街では元々冒険者だった者が定着して多様な人種を見掛けるが、この五層に元から済んでいる人種はドワーフ。迷宮街にも出稼ぎに出て来るドワーフもいるが、ほとんどのドワーフはここ以外の町や村で平和に暮らしている。
理由は、迷宮街は少なからず危険があるから。数十年に一度スタンピードという現象が起こり、迷宮から溢れ返ったモンスターが町を破壊するから、他の階層でも原住民は離れた場所で暮らしているのだ。
そんな危険な迷宮街に、乗り合い馬車がやって来た。仕事を求める者、家族に会いに来た者、娯楽を求める者など、乗客は馬車から降りると各々の目的の方角に散って行く。
「ふわぁ~……やっと着いたわ~」
最後にあくびをしながら降りて来た女性は、ドワーフのプック・ポンエー25歳。ドワーフらしく背は低く、ガッシリした体型というよりは胸が大きいから横にも大きく見える。
このプックにも目的があるから迷宮街で宿を取り、1週間も経つと手持ちが寂しくなって来た。
なので仕事を探そうと街を歩き、夕方にはおおよその目星も付いたので宿屋に帰ろうとしていたら、宿屋の1階に酒場がある建物の前で何かを蹴飛ばした。
プックにはその何かが銅貨に見えたのだが、それを拾い上げたら顔色が変わる。そして誘われるように酒場に足を踏み入れた。
酒場は半分は席が埋まり、すでにデキあがっている男や女、店員のグラマーな女性に絡んでいる男が目に入る。
プックは1人なので、悩むこともなくカウンターに座ったら、スキンヘッドのマスターが不機嫌そうに対応する。
「ドワーフは前払いだ」
「言われなくてもわかっとるわ」
迷宮街の酒場にはルールがある。ドワーフは底無しだから、どれだけ飲んでいるか認知させるために前払いは鉄則なのだ。
プックもそれはわかっているが、そのやり取りが煩わしくて不機嫌にエールを頼んでお金をカウンターに乗せた。
「ちょっと聞きたいことがあるねんけど、ええか?」
「ああ。一杯だけならそれほど出せないがな」
「ケチやな~」
マスターの返しに、プックはやれやれといった表情をしながら、さっき店の前で拾った人差し指の第一関節ぐらいの大きさの金属を見せた。
「これ、何かわかるか?」
「さあな……持ち主ぐらいだな」
「持ち主がわかるならありがたいわ。紹介してくれへん?」
「変な物に食い付くんだな。そんなに珍しい物なのか?」
「見たこともない物やからな~。なんに使うかも想像もつかん。だからや」
「ドワーフでも見たこともない物だったのか……」
この金属の持ち主は、カウンター席に座る時はこの金属を持って手遊びしていたから、マスターはキーホルダーか何かだと思っていたとのこと。
ドワーフが興味を持つなら、価値のある物だと意見を変えた。その情報料程度に、持ち主を紹介する。
「あそこで泣いてるヤツの持ち物だ」
「あぁ~……アレなんや……」
マスターが指差した人物は、プックもずっと気になっていた男。新聞片手に女性店員に泣きながら絡んでいたから目立っていたのだ。
「ちなみになんやけど、なんであないなことになってるん?」
「昔入っていたパーティが、Sランクパーティになったんだと」
「ほお~。個人やなくて、パーティでかいな。Sランクパーティーなんて久し振りに聞いたわ。つまり、そんなパーティに捨てられたから、もったいなくて泣いてるってことやな。ちっちゃい男やな~」
「それがそういうワケじゃないみたいなんだよな~……」
マスター曰く、泣いている男は恨んでいるワケではなく心底喜んで酒を煽り、酒が回ったら泣き出したらしい。
「ん~? どういうことや??」
「どうもSランクパーティがアイツを切ったのは、実力不足だと判断したそうだ」
「それなら恨むもんじゃないん?」
「それが優しさだと、あとから気付いたんだと」
マスターの話は2年前に遡る。このSランクパーティは男を解雇する前から他のパーティに声を掛け、「それなりに実力がある」とか「いいヤツだから雇ってやってくれ」と就職支援をしていたとのこと。
確かに男の下には数多くのパーティが声を掛けてくれたのだが、あまり長続きしなかった。男が辞めたというワケではなく、全てクビになったと噂されている。
それで自分の実力を知った男は、Sランクパーティが自分を捨てたのは先に進めば死んでしまうから、悪役になってまで解雇したのだと気付いたそうだ。
「ふ~ん……てか、見ず知らずのあーしにそんなに詳しく言ってええんか?」
「この町の冒険者なら有名な話だからな。それに俺の娘の元カレなんか、誰が守ってやるか」
「あ、うん。恨んでるのはおっちゃんのほうか」
お父さんが元カレの守秘義務なんて守るワケがない。なんなら言いふらしてるんじゃないかとプックも思ってる。
「そんなら、金も持ってへんのやろうな~」
「金? アイツに集ろうってのか??」
「ちゃうちゃう。これ、安く買い叩けるかと思うて」
「まぁ落とすぐらいだから、安いんじゃないか?」
「ま、行ってみますわ。エール2杯追加で」
プックは飲んでいたエールを一気に飲み干すと、お金と交換で2杯のエールを受け取る。それを両手に持って、女性店員に絡んでいる男のテーブルに近付いた。
「お兄さん、ちょっとええか?」
「グスッ……よくない。どっか行け。グスッ」
「まぁまぁ。ええ儲け話があるんやって」
「金に困ってないからいい。グスッ。イレーナ~」
「はいはい。わかったわかった」
男はプックには塩対応。イレーナと呼ばれたグラマーな店員は、男の頭を撫でながらプックを見る。
「詐欺とか美人局とか、そういうのお断りだって。もしものことがあったら、私は衛兵にあなたを突き出すわよ?」
「そんなんちゃうわ。これ、何に使うもんか知りたいだけやねん。内容によっては、買ってもええと考えとるんや」
「確かに彼の物ね……そんなにいい物なの?」
「それを聞きたいんやって」
「シモン? あ……」
それならばとイレーナがシモンと呼んだ男を見たら、酔い潰れて熟睡中。質問するにはいま一歩遅かった。
「また明日、出直して来て。毎日夜には顔を出してるから」
「う~ん……出直すのもめんどいし、ちょっと待たせてもらうわ」
「こうなったらなかなか起きないわよ? いつも私たちで部屋に運んでるし」
「その時はその時や」
こうしてプックは、シモンが目覚めるのを酒を飲みながら待ち続けるのであった。
翌朝……
「は? なんで少女が俺の部屋にいるんだ……」
宿屋の一室で目覚めたシモンは、半裸で眠る少女を見て青ざめていたのであった……