016 世界の希望
拳銃が壊れる事故はあったけど、豪華な夕食は買ってしまったからもう返品はできない。シモンはお酒も振る舞い、食事をしながらプックと喋っていた。
「事故ってどゆこと?」
「何かが原因で、先っちょが飛ばずにその場で爆発したと思う……調べてみんことには、これ以上のことはわからんな。ちなみにどういう経緯で壊れたん?」
「普通に引き金を引いたら……1号の後部が後ろに飛んで来たんだ。いきなりのことだったからビビッた」
「それでよう生きて帰って来たな。お兄さんが死なんくて、本当によかったわ~」
プックは本当に心配してくれているので、この話はここまで。シモンは自分のせいじゃなかったと聞けて、それでよかったみたいだ。
翌日は、もう一丁の拳銃も暴発する可能性もあったので、シモンの仕事はお休み。プックの報告を寝て待ち、昼過ぎにキッチンに顔を出したら結果報告だ。
「おそらくやけど、整備不良?」
プックも初めてのことなので、自信はナシ。ただ、シモンが持ち帰った拳銃のシリンダーや筒の内部に黒くこびりついた物があったから、予想を告げるしかなかった。
「整備不良か……弓でも毎日、弦とか留め金とか調整するもんな。1回もやってなかったら、そりゃ何か不具合は出るよな」
「せやな。内部は掃除したほうがいいと思うわ。しくったな~……その可能性は、あーしが気付かなあかんかった。怪我させて、本当に申し訳ない」
「まぁ未知の武器だから仕方がないって。俺も整備の仕方ぐらい聞いておくべきだった」
今日はプックのほうがヘコンでいたが、お互い謝ったら未来の話だ。
ひとまずプックは無事なほうの拳銃を分解して見せて、穴詰まりにならないように掃除する。そして新たに油を塗って、弾丸が発射しやすいように滑りを良くした。
「引火はしないのか?」
「爆発するのは後ろのほうやから大丈夫やろ。それに火がついても高が知れとるわ」
「ちょっと外で撃って来る」
新しい武器にさらに新しいことを足されたら、怖いってモノ。昨日シモンは怪我をしたのだから尚更だ。
プックもその気持ちはわかるので、シモンが満足するまで試射に付き合うのであった。
夕方まで試射して、プックも整備すれば問題ないと判断し、シモンも満足したら夕食に。たまにはイレーナの酒場に顔を出しておかないと訪ねて来るので、今日はそちらでディナーだ。
するといつもより客の入りがよく騒がしいので、シモンたちは不思議に思いながら空いてるカウンター席に陣取った。
「おやっさん。とりあえずエール。あと、なんかあったのか?」
「シモンか……勇者パーティが召喚されたの、まだ知らないのか?」
「「勇者パーティ??」」
マスターはシモンの顔を見たら嫌そうな顔をしたけど、エールと適当なツマミを出しながら今日の出来事を教えてくれる。
この情報は、冒険者ギルドの発表。冒険者ギルドは各階層の情報伝達も担っていて、各階層を移動できる冒険者パーティを囲っているから確実な情報だ。
その情報によると、数十年振りに女神の力が強まったらしく、異世界から勇者パーティが召喚されたとのこと。
召喚された場所は一層。ここからレベルを上げながら奈落の階層を踏破するのは歴史書に記されているので、五層の住人は期待と共に、いつ来るかと賭も行われているから大盛り上がりになっているそうだ。
「てことは、ここ最近召喚されたんだ」
「ああ。冒険者新聞によると、1ヶ月前だ。勇者ってぐらいだから、もう二層にいるかもな~」
「そんなに早いか? 蒼き群雄は半年も掛かったとか言ってたんだけどな~」
「そういえばお前、蒼き群雄と一緒に二層から旅して来たんだったな? 蒼き群雄を参考にしたら賭に勝てそうだ。ここまでどれぐらい掛かったんだ?」
「俺と出会ってから2年ってところだな。勇者パーティって言うぐらいだから、1年は切るんじゃないか? 俺も賭けるから、他には言うなよ??」
「わかってる。今日だけはお前と娘が付き合っていたことは認めてやる」
「ずっと前に別れたんだから、いまさら認められても……」
珍しくシモンとマスターは話が弾んでいたけど、ホントいまさらな話をされたので、シモンの口は重くなった。その数分後にイレーナがやって来てマスターに「無駄話してないで手を動かせ」と怒っていたから、シモンも解放された。
ただ、ここから野菜料理ばかりになったので、プックはまた嫌がらせされてると思ってる。
「しっかし、勇者パーティでっか。それより手紙を届けてくれるパーティのほうが強そうに思うんやけどな~」
1ヶ月でここまで情報を届けてくれたのだ。プックが勘違いするのはわからないでもない。
「そうでもないぞ。一層と二層の配達人は、Dランクパーティだ。五層でBランクだったかな?」
「なんで階層ごとに違うんでっか?」
「たぶん給料の関係じゃね? その階層の迷宮ボスに必ず勝てる実力があれば、それ以上は必要ないからな」
「そりゃそうでんな。安くつくなら、それ以上出す必要はないわ~」
「まぁそれでも、けっこういい金貰ってるけどな。俺もできることなら、ギルド専属で働きたかったもんだ。安定してるから、憧れの職業だったんだぞ」
プックはそんなに優遇されていたんだと話を聞いていたが、少し気になることがある。
「それにしても、手紙は1ヶ月で届いたのに、蒼き群雄は2年以上掛かるってのは、どういうことなん?」
「あぁ~……五層しか知らないんじゃ、他の階層のことはわからないか。俺が生まれた二層でも、ここより倍近く広いんだよ」
この奈落では、数字が小さい階層ほど土地が広い。従って移動時間も増える。なのでギルド便は各階層の平面は馬で移動して、縦移動は迷宮を踏破できる専属冒険者に任せている。
その迷宮も数日から1週間が掛かるので、1ヶ月で届いた勇者パーティの情報は、何か一般人に知らせていない違う手段を用いてかなり急いだのではないかとシモンは説明していた。
「ほへ~。勇者が関わると、冒険者ギルドもそんなに頑張るんでんな~」
「ま、世界の希望だもんな。もしも邪神が討伐されたら、俺たちはその生き証人になれるんだな~」
「そりゃみんな浮かれるワケや~」
奈落は生きるには厳しい世界。久し振りに未来の期待が持てたと人々は歓喜する。その声に釣られてシモンとプックも、他の客と何度も乾杯を繰り返すのであった……




