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心中なる世界

二人は出口も何もない白い部屋にいた。


「あれ、なんだここ。」


先に身を起こした男が辺りを見回す。当然のことながら、事情が飲み込めないようだった。


「何があったんだ?」


男が起き上がろうとした時、二人が小指と小指を指切りのようにつないでいることに気付いた。


じきに女も目覚め、二人は壁際に寄り掛かって座った。お互い断片的な遠い過去のそれを除いて、ほとんどの記憶を失っていた。


だけど、二人が互いを深く愛し合っていた事だけは、感覚的に確信していた。そして、その想いは今も変わっていなかった。


二人はどうすればいいかよくわからなかったが、完全な密閉空間にいるにもかかわらず、妙に落ち着いていた。






二、三時間が経っただろうか。状況は何も変わっていない。二人何か話そうにも、具体的な記憶が全くなくなっていたため、どうもうまく行かなかった。



そこには二人しかいない。誰かに監視されているわけでもなさそうだ。


男はそっと女の肩に手をまわし、たぶん愛しているだろうその女にキスをした。


記憶はないけれど、それは

「いつものこと」のように思えた。


そして

「いつものこと」はキスだけで終わりじゃないということも、二人は感じていた。ためらうことなく、心の欲求に二人は応じていった…。


不思議なことに、体は疲労を全く感じることがなく、眠くもならず、お腹もすかなかった。


二人は思う存分、その永遠とも思える時間を楽しんだ。


その時間は二人にとって最も幸せな時間のように感じた。

「いつものこと」をしているのだけど、

「いつも」より自由に、全力でお互いを愛せていたような気がした。



それからも、二人は何度も

「いつものこと」をした。





長い長い時間過ぎた。



感情が前ほど高ぶらなくなったことに先に気付いたのは男の方だった。



なんだろう。この感じ。飽きてしまったのだろうか…。確かにそうかもしれない…。だけど、そうと言うより、なんだか彼女といることに

「実感」がわかないような…。しているのはオレ自身のハズなのに、外から見ている傍観者のような…。



先に口を開いたのは女の方だった。


幾度目かの行為の最中に…



「…ねぇ。」いつしか互いの名前さえも忘れていた。


「なんか最近、つまらない…よね?なんかこう、前ほどの一体感というか、親密感をかんじないというか…さ。」


「…うん。」

それはまさに男も感じていることだった。


かといって、他にやることがないのもまた事実だった。


相変わらず部屋には何もなくて、記憶も完全に無くなっていた。



少しずつ不感症になるの感じながら、二人は別れが近付いているのを感じた。なんだかわからないが、もうすぐ、この真っ白な部屋を出る時が来るような気がしていた。


「ねぇ、まだオレのこと好き?」

「…うん」


二人はまだ二人の記憶がある内に、最後のキスをして、小指と小指をつないだ。


「またね。」

それから半時も待たず、二人の記憶は完全に消し去られた。



想いが、リセットされた。




その時、突然白い部屋の壁が消える。二人は無心のままその景色を眺めていたが、やがてそれぞれ、眩しい光に包まれていった…。

それは、遠い昔二人がいた所と同じ、この世界の光だった…。






2008年1月26日午前1時20分頃、都内の病院で男の子が生まれた。母子共に健康で、特に問題はなかったが、その赤ちゃんはしばらくの間、右の小指を立てていたという。

その約一時間後、別の病院では女の子が生まれた。もちろんその赤ちゃんは、左手の小指を立てていた。



またね…。


……また、新しい一生が始まる……

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