真夏の夜
金縛り。
金縛り……。
指一つ動かない…動けない
男は霊感みたいなものが或るわけではなかったが、何故か金縛りに遭うことが多かった。
今夜もその喩えようの無い重圧感、圧迫感に、為す術は無かった。
「またかよ」男は開かない唇の奥の方でそう呟く。この現象に無駄な恐怖心を抱くことはもう無くなったが。それでもやはり、心地良いものでは無い。
「でも、まぁ…その内おさまるだろう。」
ある種の余裕の様な諦めの様な気持ちで男は只、横たわっていた。
そのまま、幾分の時間が経った頃…
たん……たん……たん…
外で階段を登る音…
男が寝ているのは全部で6室あるアパートの201号室の階段のすぐ側の部屋だった。
「隣りの人が帰って来たのかな…。」
3段位、登る音を聞いた後、男の体は解放された。
そして、音はそこで跡切れた…
「あれっ」と多少気にはなったものの、もう夜中だったので、男は再度眠りにつこうとした。
そして瞼を閉じた時、再びあの硬直がやってきた。
「……」
硬直が自分の睡眠を阻害することに苛々しながら、男は再び解放を待った…。
すると…たん……たん……たん……
たん…………たん……
丁度さっきと同じような靴音が外から聞こえてきた。
「また、二階の部屋の人か、随分遅いお帰りで…」
そう思っていると、再び体は解放された。
…と、同時に、靴音は跡切れた……
体が解放されて、ゆっくりと寝返りをうったとき、男はふと思い出した。
男が住むアパートの二階は、現在男しか住んでいないことに……
すると、間もなく、三度、体は固まった。
これほどなんども続くことは今迄無かった。男は硬直したその体の背に、冷たいものを感じた。
たん……たん……たん……
たん……たん……たん…………
たん…………たん……たん……たん……
今度は、足音はなかなか跡切れない…
そして、階段を上りきったと思しき所で、音はピタッと止まった。
男の部屋の前で止まったように聞こえた。
……しかし、体は未だ解放されなかった
がちゃり。
足音が室内に入ってきたことを感じた男は、動かない体をどうにか解こうとするが、ムダだった。叫び声も、上がらない。
ひた……ひた……
何者かはついに男の寝る寝室に現れた。手にはなにかキラリと光るものが握られていた…。
体は動かない。動かない。それが更に恐怖心を掻立てた。
真暗な部屋で男がその光る物を刃物だと認識したのは、何者かがすでにベッド際でそれを高く振り上げている時だった。
男は思わず眼を閉じた…。
気配が消えた
男が恐る恐る眼を開けると、そこには闇しか無く、体も解放されていた。
「たちの悪い悪夢だ。」男は呟いた。安堵した。
たん……たん……たん……
再び聞こえてきた足音に男はびくりとした。しかし、びくりとしたのを最後に男の体はまたもや動かなくなっていた。またも金縛り。声も出なかったが、それが金縛りのせいなのか、恐怖のせいなのかはもうわからなかった。
たん……たん……たん……たん…………たん…………
たん…………たん…………