表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

 僕が見た中で一番の悪夢は、ひたすら落ち続ける夢だ。

 気がついたら、僕の体は空にいて、高さの二乗に比例した速度で落ちていくんだ。

 さんざん落ちたあと、地面が見えて来る。

 地面はもちろん硬そうなコンクリートだ。間違いない。

 でも、必ずコンクリートすれすれの所で目が覚める。

 夢オチの定石。

 

 

 まあ、こんな夢は、今まで散々滑落して来た僕に相応しいのかもしれないな。

 僕は石油会社の御曹司として生まれたのだが、自分の受験には悉く失敗。

 それでも滑り止めの滑り止めに何とか入学したら、二日目に親の会社が倒産し、学費滞納で除籍。

 苦し紛れに僕が就職しても、その小さい会社も倒産。その後4つの会社を渡るも、いずれも長続きせず。

 齢29にて、とうとうフリーターに。コンビニと工事現場とスーパーを繋いでなんとか生活。

 しかし、一年後、工事現場にて鉄パイプに足を挟まれ退職。仕事ができないがお金もなく。

 

 「それで、おまえさん足が片方ないのか」

 目の前のおっさんが僕に云う。

 「まあな。義足なんて到底買えないから、杖をついてるんだ」

 ここはとある公園の片隅。

 底辺のテントが集積する場所。

 

 僕はふと散歩をし、この場所を尋ねていた。

 散歩と云っても、住んでいたアパートはさっき引き払ってきたから、いや、追い出されたから、帰る先は、ない。

 だから公園のベンチでぼーっとしている所に、このおじさんが話かけてきたわけだ。

 どうせ暇だったから、僕は僕が歩んできた転落の人生を話してきかせたんだ。

 「それで?おまえもここに住まなきゃいけないってわけかい?」

 おっさんが尋ねる。

 「いや、さっきまではそのつもりだったが、もう良い。ここはどう考えても社会の底辺。いや各々事情はあるのだとしても、やっぱり夢の底でしかないんだと思う。ここは、人でいる限りでは最後の場所さ。

 「僕の夢は必ず、底辺にたどり着くまえに覚めるんだ。だから、ここに住む前に、この人生を醒まさないとな」

 僕はその足で13階建てのビルに登り、迷うことなく屋上から飛んだ。

 

 さあ、夢は終わりだ。

 

 確かに地面はそこにあった筈だったが、いつのまにか、僕は何もない空の世界にいた。

 

 地面は消え、外の全ての景色も消えた。ただ僕だけが存在し、いくらかの速度で落ち続けていた。

 

 

 僕の有限の日々は終わって。

 底のない場所に僕はたどり着いた。

 僕はビルから飛び降りた時の感覚のまま。

 いつまでも、いつまでも、落ち続けていくみたいなんだ。

 なに、怖くないさ。

 激突すべき底が存在しないんだから…。

 

 

 青年の死体は直ぐに近くの住民に発見された。

 あの時、底辺の寸前で拘泥していたあの青年に間違いがなかった。

 でも、青年は底辺ではなくなった。

 彼はもう、人ではなくなってしまったから。

 どこまで落ち続けても、決して底辺にたどり着かないモノになったようだ。

 彼が最も恐れたもの、それは、世界の、人間の、そして自分の、底辺だった。

 底辺のない落ち続ける夢。

 その恐ろしさに彼が気づいた時、彼が夢から覚める事は、もうない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ