謁見後〜臨時執務室にて〜
壇上にいるのはヴィンセント殿下とよく似たとても美しい容姿で、だけど殿下より優しい目元が印象的で華やかな衣装を纏い、王女殿下は柔らかい表情で私達を見ていた。
一目見て王家の瞳と呼ばれるその瞳はとても美しく、魅せられて吸い込まれそうだ。
噂なんて本当に当てにならない、そう思わせる程健康的で全く陰を感じさせないその凛とした様子にただただ惹き込まれる。
そんな私をよそに近衛の皆様から挨拶が始まりあっという間に私の番となった。
貴族階級順ではなく何故か年齢順だったので私が初めに挨拶をすることになっていた。
一呼吸おき、合格を貰った時と同じように挨拶を行う。
少し震えてしまったが何とか噛むことも淀むことなく終えられた。
それが終わると気はまだ抜けないがホッとする。
全員の挨拶が終われば殿下からお言葉があり、その次に侯爵様が話をされるが、その話の衝撃で言葉を失った。
「今、殿下よりお言葉を賜りました、再来週の地の曜日、社交界の始まりにエステル王女殿下のお披露目があります。その場で詳細は説明されますが、先ずは殿下にお仕えする事となった皆にこの場でお伝えします。この中でも殿下に関して色んな噂を耳にしているだろうと思う。噂の中に真実があり、殿下は離宮でお過ごしにもなりましたが、大半を王姉殿下が嫁がれたシベリウス辺境領でお過ごしになられ、学園に通っている者達が良く知るアリシア・シベリウス辺境伯令嬢はエステル殿下の仮のお姿です。後一週間、厳密には五日間はアリシア様として学園に通われますが、それ以降、お披露目がある地の曜日から学園は休学となります。その五日間の間、今まで通りアリシア様として接するように側近の六人はよく注意をしなさい。そしてこの件については今暫く皆の内に秘めておくように」
耳を疑った。
一瞬全てが止まったかのようだった。
まさか、シアが王女殿下だったなんて⋯⋯。
心臓が嫌にうるさい。
知らなかったとはいえ、私はシアを利用しようとしていた事実を突き付けられた。
いえ、そもそも王女殿下を利用するなんてしてはいけないのに、こんな勝手な理由でお受けするべきではなかった。
謁見が終わると近衛はさっと動き、侍女達も仕事をすべく迷いなく動き始める。
残された私達は侍女の一人に促され、私達を別室に案内する。
案内されている途中でティナが私に近付いてきた。
「ルイス、顔色が真っ青だけど大丈夫?」
「そ、そんなことないわ。大丈夫よ」
「そう? 言いたくないならいいけど、無理はダメよ」
ティナは私を心配してこそっと声を掛けてくれるが言えるわけない。
側近を受けた理由は流石にティナには話していない。
罪悪感に苛まれながら部屋へ通される。
「ベリセリウス侯爵様からのご指示です。こちらでお待ち下さい」
そう侍女の方が伝言を残して部屋を後にする。
「マティアス様は何か予定を聞いていらっしゃいますか?」
「いや、何も聞いていないよ」
ディオがこの後の予定を聞いているが私はそれどころじゃない。
皆は何も感じていないのか。
「それよりも驚いたわ。まさかシアが、いえ、アリシア様が王女殿下だったなんて」
「マティアス様は流石にご存知だったのですか?」
「知っていたよ。私はその上で殿下の護衛をしているのだから」
「ただ妹としてだけでなく護衛の意味であの過保護ぶりだったのですね」
私は皆が話をしている間もどうしようかと頭を悩ます。
だが、それ程待たずして部屋に侯爵様がいらっしゃった。
「皆揃っているね」
「「「はい」」」
「先程も言ったように側近としての仕事を君達に教えるのでそのつもりで。さて、時間も限られているので早速始めよう」
「「「よろしくお願い致します」」」
そういうと早速教育が始まった。
侯爵様の教えは的確でとても分かりやすいけれど容赦がなかった。
ついていくのに必死で先程まで悩んでいたことが頭から無くなったくらいだ。
その厳しく容赦のない教えに時間は刻々と過ぎていたが、ガチャリと部屋の扉が開くと侯爵様は説明を一旦止めて扉に視線を向けると、すっと立ち上がり礼を取るのを見て、そこでようやく私達も誰が入ってきたのかを認識する。
直ぐに礼をしようとしたら手で制されてしまった。
侯爵様が私達に続きをするよう促すが、私は一瞬にして現実に引き戻されてしまった。
殿下は侯爵様とそれ程多くを語らず、殿下から休憩がてら話をしましょうとソファへお掛けになられた。
マティアス様とティナ、そしてレグリス君の三人は緊張している素振りはない。
私が一番緊張し、冷や汗をかいている。
静かに侍女の方がお茶を淹れ、殿下は優雅にお茶を楽しんでいらっしゃるが私は全く楽しめない。
シアとは全然違う所作が美しい。
ティナは全く臆することなく殿下に話し掛けている。
殿下も親しげに言葉を交わし、マティアス様とは従兄妹同士と言うこともあり、言葉遣いは今までのような気軽い感じではないものの気安く話をしている。
その後も殿下は一人一人に言葉をかけていき、彼等の疑問に答えていく。
私以外は貴族なのでこういったやり取りも慣れているのかもしれない。
直ぐに場に溶け込んでいた。
それなのに私は⋯⋯。
「ルイス嬢」
「は、はい!」
やってしまった。
思考が定まらず、話しに集中していなかったのでおかしな返事をしてしまった。
「そんなに緊張なさらないで」
「申し訳、ありません⋯⋯」
「いつものルイス嬢ではありませんね。そのように緊張しているのは何故かしら?」
殿下は特に注意することなく優しくそう問いかけてきた。
私を気遣ってくださっているのがよく分かる。
「ここでは遠慮せずに話して下さって大丈夫ですわ」
殿下の優しさが伝わってくるが、更に申し訳なく思いその思いからするっと口から悩んでいることが出てしまった。
申し訳無さから側近を辞退したいと申し出るつもりだったのに殿下にそれは出来ないと言われてしまった。
そして私の悩みを寧ろ肯定するかのような言葉と謝罪にそう言わせてしまった事へ更に罪悪感が湧く。
殿下はふと何を思ったのか着けていた腕輪を交換するとそこには見慣れたシアの姿があり、その見慣れた姿にほっとした自分と自身の情けなさがこみ上げる。
殿下は普段と同じようには「ルイスお姉様」と気軽に呼びかけられ、私もつい「シア⋯⋯」と答えてしまった。
私が話やすいようにと気遣ってくださったのだと、シアの優しさが身に沁みる。
本当ならばそのような気遣いなどする必要のない事なのに⋯⋯。
シアの想いをシアの姿と声で聞き、私の方が年上なのに彼女に、いえ殿下に甘えてしまい、だけどそこでようやく気持ちの整理がついた。
情けないことだけれど、心はとても穏やかで流石に少し恥しく思うが、このように平民である私にまで心を砕いてくださる殿下に、私は出来得る限りお力になろうと心に強く決意した。
殿下はもう大丈夫と思ったのか殿下のお姿に戻っていた。
私が話しすぎたのか既に日は落ち薄暗くなっていたので、今日はここまでとなり殿下に辞去の挨拶をして部屋を後にした。
今日はこのまま泊まって行くようにティナに提案されて馬車はそのまま侯爵邸へと向かった。
「ルイスったらそんな悩みがあったのだったら早く言えばよかったのに」
「そんなこと言われても、そう簡単には言えないわ。それにシアが、いえアリシア様が王女殿下だったなんて初めて知ったんだもの。話す暇はなかったでしょう」
「それは、まぁそうね」
「殿下は⋯⋯どのような想いで過ごされていたのかしら」
「それは私達には想像ができないわ。ただ言える事はこれから私達が殿下をお支えするの。その為にはお父様も話していた通り周囲に目を光らせる必要があるのよ」
「そうね」
これからは気持ちを引き締めよう。
もう私だけの為に学ぶのではなく、殿下の為に成長しなければ、心を強く持たなければと決意を新たにした。
ご覧いただきありがとうございます。
今回のお話はこれて終わりです。
また次回を楽しみにしていだけたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。