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サムエルの出会い〜始まりの日〜


 俺とテオドルは一つ違いの兄弟だ。

 親はいない。

 いや、厳密には生きているだろうが俺が三歳、テオドルが二歳の頃に捨てられたからその後のことは知らないし知ろうとも思わない。

 今の俺達にとって調べることは容易いがそこに時間を費やすのは勿体無いだけだ。

 親に捨てられてから暫くは生きる為に盗みを働き時には哀れみを利用したりと生きる為には何でもした。

 そんな生活を二半年程したある日、一人の貴族の優男と会った。

 俺はその男から金を盗もうとしたが全く掠りもしなかった。

 それだけでなく逃げた俺を追い掛けてきて俺を捕まえた。

 見た目はスラリとして運動とは無縁そうな奴が追い掛けてくるとは思わなかった。

 今迄追い掛けられても足には自身がありまだ子供で小ささを活かしていたから捕まることなんて無かったが、この日初めて捕まってしまった。

 勿論俺は激しく抵抗した。

 だが、全く歯が立たずに涼しい顔をして俺を掴んで離さないそいつの力にも驚いたし、一番はその身のこなしだ。

 普通の人と一目で違うと分かる程掛け離れていた。

 逆らってはいけないと本能で思う程に。

 その男は俺に話し掛けてきた。



「お前、思ったより冷静だな。それに⋯⋯中々気概がありそうだ。一つ提案なんだが、お前さ、この生活から抜け出したいか?」

「は? そんなの当たり前だろう」



 本当に何を言ってるんだと俺は相手を睨むがそんな物お構いなしだ。


 

「まぁそうだよな。じゃあ俺と来るか? 来れば衣食住は約束されているぞ」

「⋯⋯」



 怪しいすぎる。

 貴族のようなそうでないような、こいつは⋯⋯何かわからないが危険だ。

 そんな匂いがする。

 何より甘い話には必ず裏がある。

 それはこの生活を始めてすぐの頃に痛い目にあったからだ。

 だが、俺を掴んで離さないこの男はそいつ等とは別格なのは見て分かる。

 分かるが、また酷い目に遭うのは嫌だ。



「ふむ、俺がその辺の詐欺連中と同じか悩んでるのか?」

「⋯⋯違うって言い切れるのかよ。人を騙す連中なんて自分の手を汚したくないだけだろう! 切り捨てる為にそんな甘い言葉で俺達みたいなのをいいように使う気なのは分かってる!」

「ただで衣食住が約束されるわけじゃないのは確かだな。俺と来るときつい訓練が待っている。まぁこれはただの勘だが、お前なら耐えられるだろう」

「⋯⋯訓練って何させる気だ? 人殺しでもさせるのか?」



 俺がそう聞いたらその男は面白そうに笑っていた。



「ほぉ、馬鹿でもなさそうだ。で、どうだ? 悪いがこれ以上は言えない。言えることは今より生活は良くなるということだけだ」

「⋯⋯俺一人じゃない。弟もいる。俺達兄弟はずっと一緒にいる。俺だけなら行かない」

「ふぅん? 弟ねぇ⋯⋯」



 何が楽しいのかにこやかにそう呟く。



 ──⋯⋯こいつ!



「テオ、逃げろ!」



 俺は弟に逃げるように怒鳴るが遅かった!

 俺を掴んだままもう片方の手で後ろから襲いかかったテオドルをあっさりと交わして襟首を掴んでいた。



「兄さんを離せ!」

「弟も威勢がいいな。それに⋯⋯弟も一緒なら来るのか? 二人共来てもいいぞ」



 俺達を掴んだままでそう聞いてくる。

 俺はテオドルに視線で問うと俺と同じ考えのようだ。

 今の生活に甘んじるつもりはないし、こいつの言が嘘か真かは分からない。

 だが、今迄俺達を騙してきた奴らとは明らかに格が違う。

 比べられないほどに。

 それならついて行き、酷い場所ならまた逃げればいい。

 命懸けになるかもしれないが、だが、直感だがそうはならない気がする。



「で、どうする?」

「ついて行けば何するか教えてくれるのか?」

「直ぐに全てを教えるわけにはいかないがな。ある程度なら勿論教えよう」

「⋯⋯分かった。お前について行く」

「兄貴は俺についてくるんだな。そっちの弟はどうするんだ?」

「俺も一緒に行く。兄さんと離れはしない」

「よし! では行くか」



 そう言うと視界が急に歪んだので俺は思わず目を閉じてしまったが、それも一瞬の事で閉じていた目を開けると景色が一変していた。

 何処か、貴族の邸か、だけど外観は少し古ぼけていたが、何となくただ古びた邸だけでないような近寄り難い雰囲気がある。



「二人共、こっちだ」



 色々と聞きたいことはあるが取り敢えず後ろをついていくと邸に入り、何の変哲もない部屋へと通される。

 椅子と机が置いてあり、そこへ掛けるように言われたのでテオドルと並んで座ると、どこから現れたのか一人の女が飲み物と食べ物が並べていった。

 その今まで見たこともない量と食欲をそそる匂いに自然と喉が鳴る。



「よっぽど腹が減ってるみたいだな。まぁまずは食え。話はそれからだ」



 その言葉にふと我に返る。

 甘い言葉には裏がある。

 俺は探るように目の前にいる男を見ると、大笑いされた。



「警戒心があるのは結構なことだ。だが、これらに裏はない、といっても信じられないだろうが、兎に角腹が減ってたら考えも纏まらないだろう? 今は余計なことを考えずに食べろ」



 確かに腹が空きすぎても頭は回らないし、俺が食わなきゃテオドルもずっと腹を空かせたままだ。

 その料理になにか入ってるのではと疑いながら一口食べる⋯⋯。



 ──うまっ! 旨すぎる!



「テオ、食べても大丈夫そうだよ⋯⋯こんな美味しい食べ物は初めてだ」



 俺は料理を食い入るように見つめていたテオドルに進めると直ぐに食べ始めた。

 暫く料理を堪能し腹がいっぱいになって水を飲みようやく落ち着いた。



「いい食いっぷりだったな。満足したか?」

「⋯⋯した」

「ご飯、ありがとう⋯⋯」

「ふっ、どういたしまして」



 目の前の男は何がそんなに嬉しいのか微笑んでいた。

 食器が下げられるとまた俺達三人だけになった。



「さて、食事も済んだことだし、そろそろ説明しようか、っとその前に自己紹介が先だな。俺はノベール。この邸を管理している者だ。で、二人の名前も聞いておこうか」

「俺はサムエル、こっちは弟のテオドル」

「お前達はどうしてあんな場所で生活していたんだ?」

「二年半程前に親に捨てられたから」

「理由は?」

「俺達に父親はいない。母親、いやあの女は新しい男が出来たからって俺達が邪魔で捨てたんだ!」

「それはまた⋯⋯最低な母親だな」

「あんな奴、親でも何でもない!」

「成程なぁ。だったら未練はないのか」

「そんなものあるわけない」



 あんな奴が母親ってだけで鳥肌が立つ!

 気持ち悪い!

 考えただけで吐き気がする。



「それならいい。さっき話したお前達に何故訓練を施すか、此処に連れてきたかだが、先ずこれだけは心に留め置いておけ。此処の決して破ってはいけない掟だ」



 その掟って言うのが、此処で見聞きした事、訓練の内容、この邸に関わる事全てが秘匿すべき事で口外禁止という事だ。

 ますます怪しい。

 だが眼の前の男は名前からして貴族で口調は荒っぽいが佇まいは平民の俺から見ても気品っていうのか、一つ一つの動作がきれいだとわかる。

 俺がじっと睨むように見ているのを面白がっている。



「怖気づいたか?」

「違う。怪しすぎると思ってるだけだ」

「ははっ! 確かに怪しいな。だが、俺達は怪しい集団ではない。どちらかというと正義の味方だな」

「⋯⋯は?」

「あっ、馬鹿にしているだろう?」

「行き成り正義の味方何て余計怪しい! ⋯⋯です」



 不味い⋯⋯よく考えたら目の前にいるやつは貴族だ。

 気まぐれでいつ殺されるかもしれない。

 時既に遅い気がするが、一応口調には気をつけないと。



「今更だが、訓練の一つに貴族のマナーを学んで貰うから、今後口調にも気を付けなさい」

「何でそこまで!?」

「あぁ、肝心なことを言ってなかったな。お前達が見事に訓練を耐えて合格したら貴人に仕えることになるからマナーは必須だ」

「貴人ってなんですか? 貴族と違うのですか?」

「そこはある程度合格してからでないと教えられない。だがこれだけは言える。お前達が仕えることになるであろう方々は私も心からお仕えする方々だ。何よりも退屈しない日常を過ごせるぞ」



 ──退屈しないって⋯⋯。



 今迄も退屈はなかったが窮屈で心が荒んでいくような生活だった。

 あんな生活に戻るのは嫌だ。

 だけど⋯⋯。



「それって、命の危険はあるってことですか?」

「⋯⋯賢いな。まぁ主に仕えることになったらそういった事もあるな。だが、主を護れるぐらい強くなれば、自ずと自身の命を護ることができる。それもお前達次第だ。どうだ?」



 命の危険はあるが強くなることは出来る。

 それに、色んな事を学べるのならこのままいてまいいかもしれない。

 こいつの言うことが本当かは分からないが、さっき説明したときの、ふと真剣な表情をしたときの目は嘘をついてない気がする。



「兄さん」

「やるか?」

「兄さんもでしょ?」

「あぁ」



 俺達兄弟はお互いの事がよく分かる。

 弟もやる気のようだ。



「決まったようだな」

「「よろしくお願いします!」」

「そうこなくてはな! 訓練は明日からだ。今日は邸内を案内させるから場所を覚えておくように。入れ!」



「失礼します」と言って入ってきたのは俺達より五歳ほど上のまだ子供だった。

 だが雰囲気は目の前にいるこいつに何となく似てる気がする。



「紹介しよう。二人共、こいつはペールだ。ペール、この二人はサムエルとテオドル、新入りだ。良く面倒を見るように」

「畏まりました。二人共こちらへ」



 そう言って扉の外へと俺達を誘った。

 ふと後ろを振り返ると、あの男は既に部屋から消えていた。



 ──不思議な人だな。



 それから俺達は使用する部屋に案内された。

 四人部屋のようで他に二人いるようだが今は訓練中らしく、中にはいなかった。

 お風呂は共同の大きな風呂場があるのでそこを決まった時間に入るようで、そもそも湯を使えることに驚いた。

 食堂もあり、食事は自分達で当番制で作るようだ。

 料理も訓練のひとつなんだとか。

 そして訓練場へ行くと、考えが甘かったと思わざるを得ないほどの厳しい訓練をしている最中だった。

 相手が子供だろうが全く容赦のない指導に怖気づきそうになる。

 中には意識を失っている子もいるようだ。

 その様子に青褪めるも、次の場所に案内された。

 そして全ての案内が終わると広めの部屋に案内された。



「そこに座って」



 俺達は座るように言われたから素直に従った。



「さっきのを見て大分衝撃を受けたようだね」

「子供相手にあんなにきつい訓練するのか?」

「ここでは自分が子供という甘い考えは捨てることだね。そんなのは役に立たないから。それに、ここでは頑張って成長したら其の分だけ褒められたりそれに見合ったものが得られるから頑張れるよ。まぁさっき見た以上にきつい訓練もあるけどね。あっ、後は口調に気をつけたほうがいいよ。ここでは上下関係がとっても厳しいから、上下関係って言っても年齢で決まるわけじゃなくてここに来た順番。だから二人は一番下になるわけだね。頑張って敬語を覚えてね。今のところ質問は?」



 分からない事だらけだ。

 だけどやると決めたからにはやるだけだ。



「ひとつ聞きたい事が⋯⋯あります」

「何?」

「俺達をここに連れてきた人⋯⋯」

「あの方は長の弟君でここの管理者、そして僕達みたいな孤児を見極めて連れてくるんだよ」

「長って?」

「長は滅多にここには来ないから、僕も一度ちらっと見た程度なんだけどね。何ていうかな⋯⋯ここを管理してる一番偉い人って覚えておいて。多分挨拶出来るのは合格しないと無理だから」



 なるほど。

 じゃああいつが訓練をつけることはないのか。

 長っていうのも気になるけど、それは今気にしなくてもいいって事だな。

 


「此処ってどこなんですか?」

「ここはベリセリウス侯爵領だよ」

「ん? ってことは⋯⋯さっきの人、貴族のようだったけど⋯⋯もしかして」

「その辺は僕も知らないんだ。多分関係しているとは思うけど。言える事は見た目は優しそうで親しみやすいけど、とても厳しい方だから気を付けて。特に明日からは」

「何で?」

「訓練が始まれば、君達もここの一員と見なされ、それ相応の対応となるからね」

「今は何人いてるんだ⋯⋯ですか?」

「んー、今は僕や君達含め、九人だね」

「えっ!? そんなに少ないの?」



 その人数の少なさに驚き、テオドルが珍しく声を上げ、思わずテオドルと顔を見合わせた。



「えっと⋯⋯なんでそんなに少ないわけ? ⋯⋯ですか?」



 言葉遣いが難しい。

 じっと見つめられて言い直さないと話が進まない。

 言い直せばにこやかに答えてくれるけど、面倒だと思ってしまう。


 

「理由は色々だよ。まぁあの方に見初められる孤児は少ないってことかな。だからサムエルとテオドルの二人は凄いってこと」



 嬉しいような嬉しくないような。



「訓練は本当に大変だけど、真面目に取り組むこと。不真面目にしているとそれこそ命を落としかねないから気を付けて」

「分かりました」

「よし、あぁもこんな時間。明日には二人の訓練の週割があの方から教えられ、夕食の当番も決まるから今日は夕飯を食べてお風呂に入ったら早く寝ることを進めるよ。早速明日から訓練が始まるからね」

「あの方って此処に住んでるの?」

「住んではないよ。たまにここで寝泊まりする事はあるみたいだけど」



 俺達みたいなのをここに連れてくるだけなんだな。

 まだ全容は分からないけど、何となく分かってきた。

 先ずはここの生活に慣れて訓練をして強くならなきゃ意味がないから明日から死ぬ気でやるだけだ。


 そして夕食の時間になり、他の訓練生との初顔合わせ。

 自己紹介をしてご飯を食べる。

 疲れているのか会話は殆ど無かった。

 夕飯を食べ終わると食器は自分で洗うようで俺達も洗って片付ける。

 風呂の順番は上からなので、今日ここに来た俺達は一番最後だ。

 まともに風呂に入ったことがなかったから最初は戸惑ったが、ペールがどうしたらいいか教えてくれたから戸惑いつつも体や頭をゴシゴシ洗って洗い流すと水がすっごい汚かった。

 それを見て呆然としてしまったが、ペールから二回はちゃんと洗うようにと言われたので、もう一度ゴシゴシと洗うと先程のような汚さはないが、やっぱり汚くて、何となく三回洗った。

 その後湯船に浸かるが、これがとても気持ちよかった。

 凄いの一言で、これだけで贅沢な気分だ。

 風呂から出ると新しい服が用意されていた。

 それを着て部屋へ戻ると同室の二人はもう夢の中だった。



「兄さん、何だか一気に変わったね」

「そうだな。テオは本当に良かったのか?」

「うん。兄さんは?」

「俺もだ。訓練は、ちょっと怖いがテオ、二人で頑張ろう」

「うん! 兄さんと一緒なら頑張れる」

「もう寝よう」

「そうだね。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」



 新しい環境で疲れたのか、今迄の味わったことのないベッドに俺達はすぐに夢の中に旅立った。

 

ご覧頂きありがとうございます。


今回はサムエル兄弟のお話しを書きました。

少し続きますので、次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです。

更新が遅々としてますが、次回もよろしくお願い致します。


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