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ご指名


 長期休暇が目前と迫り、学園は試験対策で学生達は勉強に勤しんでいる。

 


 ――日々真面目に勉強をしていたら詰め込む事など無いだろうに。



 そう独り言ちるのはシベリウス辺境伯家嫡男のマティアスだ。

 彼は特に周囲の様に勉強をすることなく、生徒会の仕事をこなしている。

 今は前期の各社交会からの報告書を確認している。

 そして中期の大きな行事である交流会に関して、昨年の資料の再確認と今期どう進めるか、副会長であるベリセリウス家のクリスティナ嬢と話し合っていた。

 現在会計を務めているのはひとつ下の学年であるフィリップ・フェルセン子爵令息とレーア・ホレヴァ男爵令息の二人。

 彼等は今期の会計を纏めている所だ。

 夕刻になり日が傾き始める。

 


「そろそろいい時間だな。皆今日の作業はここまでにしよう。各自試験勉強も必要だろう?」

「試験勉強⋯⋯。会長、嫌な事思い出させないでくださいよ」

「おや? レーアは自信ないのか?」

「そんな事ないです! 一応、頑張ってますよ」

「レーアはこそこそと勉強をする派だよな」

「こそこそって! フィリップ、そんな言い方は止めて。響きが嫌だよ」

「ふふっ。二人はほんと良い組み合わせよね」

「笑わないでくださいよ⋯⋯」



 情けない声で答えるレーアに更に笑いが起きる。

 試験期間中、生徒会には会長副会長の二人と、七学年の二人のみで、他の学年の首席次席はいない。

 学生の本分は学園で学ぶ事。

 最高学年の二人は王女の側近で将来の進路は決まっている。

 七学年の二人も来年には最高学年となり、学園で学ぶ事も二年足らず。

 今から将来に向けて動き始めている為、学園の勉強よりも大事な時期に差し掛かっていた。

 それぞれが試験勉強に励み、将来に向けて存在感を示す時で力が入る。

 集中しているとあっという間に試験は終わり、長期休暇まで後三日となっていた。

 休暇に入ると領地に戻る者。王都に留まり自由に過ごす者。交流を図り人脈を作る者。将来に向け更に勉学に励む者。

 過ごし方は多種多様だろう。

 マティアスは王女の側近として過ごすのも終わりが見え始めている。

 毎日があっちいう間に過ぎ去るのだ。

 だからそろそろ行動に移さなければと、前を歩く者を呼び止めた。



「フィリップ、少し時間良いかな?」

「会長? 大丈夫です」

「君に少し話したい事があってね。休暇初日の予定はどうかな?」

「特にないですが」

「良かった。ではこれを」



 そう言って渡されたのはシベリウス辺境伯家の家紋がおされた封書だ。

 早い話招待状だろう。

 フィリップは何故呼ばれたのか不思議に思いながらも受け取った。

 その場で直接渡されたという事はこの場での返事を求められている。

 中を確認した彼はすっとマティアスへと視線を戻す。



「分かりました。この時間にお伺いします」

「待っているよ」



 そう言ってマティアスは去って行った。

 その背中を見送った後、自身も帰途に着きながらフィリップは考える。

 今まで生徒会で交流したりはあったが、個人的にお茶会に誘われたりというのは今回が初めてのこと。

 何故だろうと疑問に思うが、あの感じでは他に誘われた者がいるかも疑問だ。



「まっ、行ってみればわかるか」



 あっさりと考えることを放棄してフィリップも帰途に着いた。


 日が過ぎ今日から長期休暇の始まり。

 マティアスは邸でフィリップを待っていた。

 コンコンコンッと軽やかな音の後、『フェルセン子爵令息がお見えです』と、時間より少し早くに来たようだ。

 入るように伝える。



「お待たせしました」

「いや。よく来てくれたね」



 フィリップに席を勧め席に着くと、侍女がお茶の準備を整えた後、皆に下がる様手を振る。



「折角の休暇の一日目を貰ってしまい悪かったね」

「いえ。今日は特に予定がありませんでしたので」



 それきり二人共言葉を切りお茶を嗜む。

 マティアスはいつも通りだが、フィリップは何故誘われたのか、その内容が分からず緊張気味だ。

 


 ――呼ばれたのはやっぱり俺だけか⋯⋯。



 この状況に昨夜考えていた事が頭を過る。

 ただ単に交流する為に呼ばれたわけではないと。



「今日来てもらったのは聞きたい事があったからなんだ」

「聞きたい事ですか?」

「そう。フィリップは将来どの道に進むか、決めているのかな?」

「それは、勿論決めています」

「来年は最高学年だから、この時期に将来の道が決まっていないと中々厳しくなる。フィリップは普段手を抜きがちだが、ちゃんと見極めてそうしているのは見て分かる。そして貴族としてやるべき事を弁え躊躇うことなく行動に移すことが出来、更にその矜持も持っている」



 面と向かって評価されるのは嬉しいが、恥ずかしくもある。

 だが、目の前のマティアスは表情こそ柔和だが目が真剣でフィリップを射抜く。

 静かにフィリップはぎゅっと手に力が入った。



「七年間、同じ生徒会に従事し、その行動を見てきたうえで、君に提案があるんだ」



 言葉通りの提案なのか、それとも⋯⋯。



「言葉通りだよ。そう警戒しなくてもいい。強制ではないし、嫌なら断ってくれてもいい」

「それは、今からそのお話は私が聞いて、本当に断ってもいい内容なのでしょうか」

「勿論だよ。嫌がる者には任せられないからね」



 話を聞く前から断るような事はしないが、一応確認は大事だ。

 もし話を聞いた後に断れなかったらと思うと、後が怖い。



「それで、ご提案とはどのような事でしょうか」



 フィリップから尋ねると、マティアスはふと口角を少し上げた。

 何故か怖い。

 そういえば、シベリウス辺境伯は普段滅多に笑わないと有名だったのを思い出した。


 

「私は学園を卒業後、シベリウスへ戻る事になっている。その為、王女殿下の側近を辞さなければならない。だが殿下はまだ未成年。私の抜けた後の側近を埋める必要があるんだ。そこで、フィリップ・フェルセン。君に殿下の側近をお願いしたい。先程も言ったが強制ではないよ」



 そこで一旦言葉を止めマティアスはフィリップの様子をいる。

 目の前に座る彼は真剣に話を聞いていて思案しているようだ。



「何故私なのでしょうか?」

「それはさっき伝えた通りだよ。殿下の側近を生半可な者に任せられないからね」

「ですが、私も来年には最高学年に上がります。学園での護衛は実質一年だけですよ?」

「学園ではレグリスがいるから大丈夫だろう。それに、側近ではないにしろ同クラスにはベリセリウス嬢がいるから問題ない」

「それならばベリセリウス嬢が⋯⋯、いえ、クリスティナ様がいらっしゃいますね」

「そう。彼女が側近にいる為、ベリセリウス家の者がもう一人側近に入る事は無い。だが、側近でなければ出来る事は限られているからね。殿下は王位継承権を持つ方だ。王姉を母に持つ私が抜ければ、何かと騒がれるだろう」

「ですがそれはマティアス様が辺境伯家の後継ぎであり、辺境領の事を思えば下がられる事は無いのでは?」

「普通はね」



 ――普通じゃないのか。



 だから貴族社会のどろっどろな腹の探り合いに化かし合い、勝手な噂で相手を陥れるような、馬鹿な連中が嫌いだ。

 だが、自分もその貴族に属し、フェルセン家の嫡男。

 結局その中に身を投じなければならない。

 まぁ阿呆な連中と同等になる事は無いが。

 マティアスが側近を持すれば憶測で好き勝手ほざく連中がいるのだろう。

 それを埋める為には家格がしっかりし、王家に忠誠を誓う家柄でなければならない。

 


 ――フェルセン家は子爵家だけど、申し分ないと判断されたのか。



「質問があるのですがよろしいですか」

「勿論だ」

「では、私に側近の打診をされるのは、陛下と王女殿下は御存じなのでしょうか」

「陛下はご存じだよ。事前にお伝えし了承を頂いている。けど、王女殿下はご存じない」

「え、と⋯⋯。殿下にご報告しなくてよろしいのですか?」

「んー、まぁ本来は事前に報告すべきなんだけどね。殿下は、ステラ様は私が卒業したらシベリウスに帰る事はご存じで、今ちょっと、ね。幼い頃から領で過ごしてきたからか、寂しがっておられるんだよ。話す時機を窺っている状態、かな」



 ――あぁ、成程。



 一年の頃から生徒会での様子を見ていれば、殿下が兄と慕うマティアスを信頼しているのはよく分かっている。

 それが後少しでいなくなる、となれば寂しくも思うだろう。



「もうひとついいですか?」

「あぁ」

「先程仰った事だけではないですよね?」

「なにがだい?」

「私を選んだ理由です」

「理由、ね。理由は何を置いても一番に王女殿下をお護りする事。それはこの間の件で証明できている」



 この間の件とは、学園で起きた事件の事。

 と言うか、フィリップの中では王族を守護するのは当たり前の事なのだが、まぁ他の貴族家がそうだとは限らない。

 フェルセン家は王家に忠誠を誓い、仕事に関しても信頼されていないと付けない場所だ。

 それもあるのだろうと納得する。

 だが⋯⋯。



「すみません。もうひとついいですか」

「何だい?」

「何故、ヴィクセル嬢が側近なのです?」



 その言葉によく見ているなとマティアスは感心した。

 それだけ彼女の資質を疑われている、という事だ。



「問題になったが、殿下のご判断だ。その一環としてシベリウスの騎士団に放り込んだから、少しはましになっているよ」

「まし、ですか」



 それって本当にましになっただけで、側近内からは合格は貰ってないのだろうな、と少し不安を覚えたが、他の側近が一線を画しているからまぁ良いのかと思ったり。

 


 ――俺ってどんな風に見られてるんだ?


 

 一抹の不安を覚えた。



「えっと、偉そうに聞いておいてなんですが、私の実力は……」

「問題ないだろう。暗殺者に対して臆することなく殿下を護ったのだから申し分ないよ」

「あ、そうですか」



 ――これは、もっと精進しなければ拙い気がするな。



 フィリップが内心今後について危機感を持っていると、くすっという笑い声が聞こえ意識を戻す。



「何か、可笑しかったですか?」

「いや。側近の件は受けてくれたとみていいのかと思ってね」

「⋯⋯あ」

「分かってなかったんだね」



 更に笑われてしまった。

 最初に断ってもいいと言われていたから、正直な所、断ろうと思っていた。

 自分の実力では心許ないんじゃないかと思ったからだ。

 だが、いつの間にか承諾したような、声に出してはいないが心の中でもっと鍛えなければと思った時点で承諾したも同然で。

 多分目の前の彼は表情に出していない筈だが、僅かな機微でそう受け取ったのか、何だか怖くなってきた。



「おや、その表情はどうしたの?」

「いえ。やはりマティアス様は辺境伯様のご子息だなぁって、改めて思っただけです」

「どこでどう思ったのかは分からないけど、それで? 今返事は聞けるかな? 考える時間が欲しければ三日後に返事を聞こう。勿論ここでの話は口外禁止だよ」



 一応考える時間はくれるみたいだ。

 けど、もやもやと考えても一緒だろう。



「マティアス様、私で良ければ、謹んでお受けします」

「そうか! ありがとう」



 ほっと安心したのか先程までの空気が一瞬で霧散した。

 フィリップはふうと息を付いた。

 その姿を見て、悪かったね、とマティアスは一短く謝ったけれど、その顔を見れば態となのだと分かる。



 ――やっぱり、マティアス様を敵に回してはダメだな。



「質問ばかりで申し訳ないのですが」

「うん?」

「いつ頃から側近として従事する事になるのでしょうか」

「この休暇中から引き継ぎを始めたいが、休暇中の予定は?」

「一応子爵家の仕事を学ぶ予定ではありますが、問題ないかと思います。父にこの件を伝えてもよろしいのですか?」

「構わないよ。陛下には予めフィリップの事を伝えているからね」



 それは先程聞いたが、ふと彼は引っかかりを覚えた。

 最初に質問した時に陛下に誰を側近として指名するか伝えてあると。



「因みにですが、私が断っていたら次に誘うのは誰だったのですか?」

「あぁ、フィリップが受けてくれたからもう必要ないよね」



 教えてくれないという事は、もしかしたら次の指名なんて最初からなかったのかも。

 マティアスを見ればいい笑顔だ。



 ――俺が断るとは思わなかったのかな。



 最初からマティアスの掌の上で転がされてたような感覚に陥るフィリップは敵に回したくない人として的確に認識した。



「この後もう少し時間をもらってもいいかな?」

「はい、問題ありません」

「側近の役割を説明しておこうと思ってね」



 王女殿下の側近とその役割を教えてもらった。

 護衛としてはクリスティナ嬢、レグリス君とフィリップの三人プラスでディオーナ嬢だ。

 後のルイス嬢、ロベルト君の二人が主な文官だが、護衛と言っても普段は文官として執務を行っている。

 学園では同クラスのレグリスとロベルトが中心となり殿下の側にいるが、ベリセリウス嬢が選択授業で一緒の為、彼女が側にいるので学園内では良き先輩として、時と場合で護衛として動く事になる。

 学園の行き帰りに関しては、最上級生のクリスティナ嬢とマティアスが共にする場合と、ヴィンセント殿下の側近が共にする場合があるので、一番は宮廷内と今後公務で外に出た時の護衛が主な仕事となる。



「クリスティナ嬢とレグリスは殿下に忠誠を誓っているので常に側近くにいたがるだろうから、フィリップには仲裁したり、采配して欲しいんだ。あの二人の暴走を止める役目だね」

「え? クリスティナ嬢とレグリス君をを止める?」



 意味が分からない。

 暴走って、あの冷静で令嬢然としたクリスティナ嬢が?

 レグリス君は何となく分かる。

 が、やはりよく理解できない。

 忠誠を誓っていることと関係があるのか?



「混乱しているね」

「しますよ。何故暴走するのですか?」

「あの二人は殿下が大事だからね。忠誠を誓うぐらいだからその想いも他の側近とは比べ物にならない。特にクリスティナ嬢は殿下命だから余計にかな。殿下も彼女の扱いに苦労されているよ」

「想像がつきません」

「だろうね。学園での彼女からはね。まぁいずれ分かるよ」



 何だか先行き不安だとフィリップは内心早まったかと少しばかり後悔した。



「早速だが、明後日一緒に宮廷へ行ってもらうよ。休暇中、出来るだけ多く登城して欲しいが、予定は調整出来るかな?」

「問題ないかと。今夜父上に報告します」

「明日はゆっくり休んで明後日から頼むね」

「はい、こちらこそ宜しくお願い致します」



 展開が早いが、学園に行きながらの引き継ぎだと随分と考慮されている。

 実際仕事に従事しているとそんなに日数も取ってはくれないだろう。

 自身で決めて受けたことだ。

 知ったる面々だし、緊張はそれなりにするだろうがやりがいはある。

 先程は少しばかり後悔したがそれとこれとは別で、今は楽しみが勝っている。

 そんなフィリップの表情をみてマティアスはふっと満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

久々の番外編はマティアスの後任で側近の勧誘のお話でした。


マティアスの出番が減っていくのがちょっと残念ですが、

本編での活躍をお楽しみに。





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