七夕 〜星に願いを〜
本日七夕!
そして初の番外編でスタートです。
今夜はよく晴れて星々が夜空を美しく輝かせている。
天の川と言えるような銀河がこの世界でも同じように見えるわけではないけれど、とても綺麗に瞬いている。
そう、今夜は記憶でいう“七夕”だ。
願いを書いた短冊を笹に付け星に願う。
懐かしいあちらの行事のひとつ。
私は、いえ、私達は王宮の庭園でこの美しい夜空を眺めていた。
私達というのはお父様を始め、お母様にお兄様、そしてフレッドの家族全員が揃って眺めている。
何故こうなったかというと、昨夜久し振りに家族全員が揃い一緒に夕食をいただいている時に私がぽろっと話しをした事がきっかけだ。
まぁ大体私の発言が原因なんだよね。
何時ものことながら。
その発言が元で昨日の今日だけど、今夜家族全あ員で夜空を見上げながら夜のお茶を楽しんでいる。
「ステラ、ヒコボシとオリヒメというのはこの夜空で見えるのか?」
「いえ、記憶の中でも滅多に見られませんでしたわ。何故なら七夕は丁度梅雨の時期と重なって滅多に晴れた夜空を見ることが叶いませんでしたの。私も数えられる程しか見たことがなく、それも幼い頃ですのであまり覚えておりません」
「そうか。で、梅雨とは何だ?」
「梅雨というのは、私が住んでいた国と数カ国だけに訪れるの雨季の事ですわ。その雨季を独自に梅雨というのです」
梅雨も懐かしいわ。
この国ではそういった事が無いものね。
雨が続くような事もなく、いい気候に恵まれている。
そしてこの無数に輝く星も日本ではそれ程見られなかった。
山に行けば見れたかもしれないが、私が住んでいた所は都会だった為、車のライトやネオン、ショップの光等、夜でも明るく星が見えることはそうそうなかった。
それに比べ、ここは空気が澄んでいて、街を明るく照らす光もないので星の輝きがより一層美しい。
「話を戻すが、何故タナバタという呼び名なんだ? 星とは関係ない気がするが」
「確か、縁起のいい陽数とされる奇数が重なる七月七日の夕べに行われるので“七夕の節句”と呼ばれ、笹を使って行う行事から別“名笹の節句”と呼ばれているそうです。何故星が関係するかと言うと⋯⋯」
私はかいつまんでお父様達に説明をした。
七夕の大本は他国からのもので、その物語は天の川の西岸に住む機織の名手、織姫と東岸に住む働き者の牛使い、彦星が織姫の父親である天帝のすすめで結婚したけれど、仲睦まじくするだけで仕事をせず、それに怒った天帝が天の川を隔てて二人を離れ離れにした。
けれど今度は悲しみに暮れるばかりで働かなくなったそうだ。
だから仕事に励むことを条件に、七夕の夜に限って再会する事が許され、七夕の夜に天帝から命を受けたカササギの翼にのって天の川を渡り、年に一度再開するようになった。
一般的にはこう言われていて、いくつか物語にも種類がある様だけれど、そこまではお父様達には話さなくてもいいかな。
「その話だと、恋愛にうつつを抜かさず、働きなさいという事かな」
「そうですね。恋愛話だと思われがちですが、働く事の大切さを説いた話ですわ」
私も調べるまではただの恋愛話かと思っていたけれど、そうではなかったという事。
調べた時は意外だったけど、現実味があって親近感が湧いたのを覚えている。
「ヒコボシとオリヒメとの謂れは分かったが、そこにタナバタはどう関係するんだ?」
お父様も知りたがりよね。
「元々は他国の七夕伝説から来ているのですが、織姫と彦星の逢瀬を祝い、織姫にあやかり機織の技芸が上達する事を願って巧みになるように乞う祭りを私が生きていた国に伝わり、祭壇を設けて供物を供え梶の葉に和歌を綴ったり七本の針に五色の糸を通して裁縫の上達を祈ったり角盥に張った水に星を映して眺める“星映し”等を行うようになったそうです」
「他国からの風習を取り入れた際に多少なりとも変化するものだが、ステラの話は興味深いな」
「本当に。話を聞けば聞くほど貴女の記憶の世界は面白いですわね。それで、笹に願いをするのは何故なのかしら?」
お母様も興味津々ね。
それはお兄様とフレッドも一緒で早く続きが聞きたいという風にせっつかれる。
「七夕の行事には水が関係していてお盆前の清めの風習に由来しているそうで、あ、お盆というのは夏季に行われる祖先の霊を祀る一連の行事の事ですわ」
新しい言葉が出る度にそれは何だというように私を見てくるものだから私は簡単に説明を補足した。
話を戻すと、旧暦のお盆は七月十五日なので七月七日はお盆の準備をする頃にあたり、お盆前に身を清めたり井戸をさらって梅雨時の不浄を清める習わしがあったけれど、今ではお墓を掃除したり仏具を洗ったり墓参りの道を掃除したりするくらい。
これらが結びついて七夕の節句が五節句に定められ、人々に親しまれるようになった。
そうして七夕の後に七夕飾りを川や海に流す風習を“七夕流し”といい、七夕飾りが天の川まで流れ着くと願い事が叶うと言われている。
「なるほどな。それで笹に願い事を、というわけか」
「ステラもお願い事をしていたのかしら?」
「子供の頃は、短冊に願い事を書いて笹に付けたりしていましたわ」
「ステラの話だと、その短冊に願い事を書いて笹に付けたら他の者達にも願い事が知られてしまうだろう?」
「お兄様の仰る通りですわ。ですから恥ずかしくて無難な願い事しか書かなかったように思います」
「姉上はどんな願い事を書いていたのですか?」
「覚えている願い事はケーキ屋さんになりたい、だったかしら」
「それだとステラの願いは半分叶ったんじゃないか?」
お父様はそう話すけれど、どうして半分叶ったなんて事になるのかよく分からない。
「何のことだか分かってなさそうだが、ステラはたまに菓子の案を出すだろう? 離宮では厨房まで行き実際作ったり指示したりしたと聞いているぞ」
「そんな事までご存知だったなんて⋯⋯」
「父上が自慢げに話してくるからな!」
お祖父様、自慢気に話すようなことではないのてすけど⋯⋯
お父様はそれが気に食わないのか憤慨している。
「それはともかくだ、ステラは記憶の夢があるから菓子作りが上手いのか」
「記憶では趣味程度でしたので、美味しく仕上げるのは料理人の腕がいいからですわ。私はあちらの知識をこちらに提供しているだけですから」
「まぁその程度なら構わないが、あまりあちらの知識を披露しすぎないようにな」
あちらの知識を出しすぎて面倒事を引き寄せるのは避けたいところだものね。
それに、こちらの世界にもいい所は沢山あるのであちらの知識で染める必要はない。
多少自分の欲求に従うなもしれないけれどね。
「ステラに教えて貰った笹は此処には無いが、皆で願い事をするか?」
「まぁ! それはいい考えね。楽しそうだわ」
「短冊も無いですが、どうするのですか?」
「星に願い事をするだけでもいいんじゃないか? 普通は心の中で願い事をするだろうが、短冊が無いから声に出しても同じだと思うが」
「それは、流石に恥ずかしくはないですか?」
「ヴィンス、お前は一体何をお願いする気なんだ?」
私もお兄様に賛成何だけど、お父様とお母様の表情を見てると否とは言えない。
お兄様も押し負けてしまっている。
フレッドは楽しそうだとお父様に賛成しているし、声に出しても恥ずかしくない願い事にしておこう。
「皆決まったか?」
「えぇ。私はいつでもいいですわ」
「私も大丈夫です」
反論したお兄様だったけれど、結局乗り気で既に願い事は決まっているみたい。
私もいつでも大丈夫だけれど、フレッドはいくつか願い事があるらしく、迷っているようだった。
「ステラ、願い事は数の制限はあるのかる?」
「特に制限はありませんわ。だからフレッド、沢山お願い事をしてもいいのよ」
「それを聞いて安心しました!」
フレッドは楽しそうに声を上げた。
一体何を願うのかしら。
そして願い事の披露は誰からなのか⋯⋯
「言い出したのは私だからな。年齢順で良いだろう」
「賛成ですわ」
「では早速⋯⋯」
お父様は夜空を見上げ手を胸に当てて願いを口にする。
「現代の世が平和であるように」
お父様は真剣にそう星々に願った。
あまりにも真剣な声音にお父様の国王としての器の大きさとその重責を担っているのだと、心に響く。
「我が子達の幸せを願う」
その次に願ったのが私達の事だった。
これは父としての願いであることは間違いない。
お父様の口振りでは願い事はひとつだと思っていたけれど、私達のことまで真剣に願う姿を見ると、ちゃんと家族として想われているのだと嬉しくなる。
「さて、次はリュスの番だな」
先程の真剣な表情からいつもの雰囲気に戻りお母様に促す。
「民の健康と安全を願います。そして、我が子達の行く末に幸多からんことを」
お母様も国民の事と私達の願い事だった。
お二人共やはり国を統べているのだと改めて思った。
お母様の次は、ヴィンスお兄様。
「争いのない世が訪れますように」
ひとつ目の願いを口にした後、ちらりと私を見た。
「ステラが危険な目に合わず、毎日を楽しく過ごせるように乞い願う」
そう願うとまた私に視線を向ける。
「次は、ステラだよ」
「お兄様」
「私の願いだからね」
それはそうなんだけど。
お兄様は間違ったことは言ってないの口を紡ぐ。
私は満天の星空を見上げた。
「何者にも脅かされることなく、平穏な日々が続きますように。何よりも、私の大切な人達がいつまでも健康で笑顔の絶えない日々が長く続きますように」
私の願いが終わると次はフレッドの番で、ちょっと緊張気味に、けどそれ以上に目を輝かせて願いを口にした。
「早く大きくなって兄上と姉上のお役に立ちたいです」
真っ先にお兄様と私の役に立ちたいという願いにお父様はちょっと衝撃だったらしくフレッドを二度見していた。
「お祖父様とお祖母様がいつまでも元気でいらっしゃいますように」
あら、またお父様達が入っていないわね。
とても悲しそうにしている。
「僕は父上と母上の元に生まれてきてとても幸せです。ヴィンス兄上とステラ姉上の弟で良かったです。だから、ずっと長く皆一緒に過ごせますように」
フレッドの願いを聞き終えると同時にお父様はフレッドを抱きしめていた。
とうのフレッドはびっくりして、けど嬉しそうに笑っている。
「フレッド、私達の元に生まれてきてくれてありがとう」
「父上、嬉しいですけど、ちょっと苦しいです」
フレッドはポンポンとお父様の腕を叩くと、はっとなったお父様はぱっと放す。
「あ、あぁ、すまない。つい嬉しくてな」
ちょっとばつが悪そうにしつつも嬉しさが溢れ出している。
それ程フレッドの願いが嬉しかったってことで、お父様は本当に私達の事を想ってくれているのだと、私まで嬉しくなる。
今度はお母様がフレッドを優しく包み込んだ。
「私達も長くずっと貴方達と共に過ごしたく思います。その為にはフレッドも健康に気を付けるのですよ。ヴィンス達の役に立ちたいからと、無理ばかりしてはいけません」
「はい、母上。気を付けます」
ちらりと私を見て言うのは止めて欲しかったわ。
フレッドに言っているけれど、私も同時に釘を差されてしまった。
それに気づいたお父様とお兄様は忍び笑いをしている。
お二人共笑うなんて酷いわ。
笑いを先に収めたお兄様はフレッドの頭を優しく撫でた。
「フレッドの願いは可愛いな。私もステラとフレッドが側でいると嬉しいよ。フレッドが助けれくれるのが待ち遠しいな」
「私もフレッドが弟で嬉しいわ。本当に可愛くて、いつまでも素直なままのフレッドでいてね」
私はフレッドをぎゅっと抱きしめた。
本当に、この平和な時がいつまでも続いて欲しい。
この穏やかな時間がとても大切で家族と共に過ごせることの幸せを噛みしめる。
ずっと、ずっと平和な世が続きますように⋯⋯
そう心の中で願った。
ご覧頂きありがとうございます。
番外編最初の物語です。
七夕に因んでエステル達の家族のほのぼのとした一幕を書いてみました。
これからも気の向くままま、本編のエステル以外の目線で描いた短編も更新していく予定ですので、こちらもよろしくお願い致します。