迷宮入り殺麺事件
出来心で気まぐれに書いたもの。
降太郎は居間にわずかに漂う不吉な香りを嗅いだ。
「これは……嫌な予感がする。洋二、居間で変な匂いがしないか?」
「いや、これは台所からだと思う」
「とにかく行って見よう」
弟の洋二の言うことが正しい気もするが、ここで議論をしても始まらない。
どっちみち我が家の間取りでは、例え台所からの匂いだとしても居間から廊下を通らないと行かれないからだ。
急いで、居間を開けるとそこには誰もいない。
ただし、襖が少し開いている。
そうか。
なるほど、これは洋二の言う通り廊下を伝って台所から漂う匂いなのだろう。
「三奈子、三奈子はいないのか」
台所と言えば女のホームグラウンドだ。
妹の三奈子が何か知っているかもしれない。
「さっき私も気付いたところなの。ラーメンじゃないかしら」
それはわかる。
この匂いは確かにラーメンの香りに近い。
しかし、いつもの3袋218円の醤油ラーメンにしてはエグさを感じるのだ。
その時!!
「あーっ、なんだこれ!」
洋二が何かを発見したらしい。
降太郎と三奈子は台所に急ぐ。
だが、そこには鍋に入ったラーメンの無残な姿があった。
麺はのび、さらに煮込まれてぐじゃぐじゃになった黒い海苔に覆われていた。
「2時間は煮込まれているな。このラーメンの最適茹で時間は?」
「3分よ」
「実は煮込みラーメンである可能性は?」
「ないわ、煮込みラーメンの買い置きはない。特売にならない煮込みラーメンがストックにないのは知っているでしょう?」
降太郎と洋二は矢継ぎ早に尋ねたが、三奈子の答えは絶望的だった。
なんと言うことだ!!
このラーメンは3分でそれなりに美味しく食べられるはずなのに!
だが、まだだ。
我々はその姿を見てはいない。
すでに食べ終わった後かもしれないじゃないか!
貧乏性の犯人が具を傘増ししようと入れすぎたワカメが増殖して残っているだけかも知れない!
だが。
そんな一縷の希望をうち砕く、絶望的な声で決定的な一言を洋二が言い放つ。
「見てくれよ……ネギだ。それに……あー、なんてことだ。二つに切った茹で卵までが!」
掠れた声で洋二がうめいて箸でかき分けた先には、煮込まれすぎてエグ味を漂わせている無惨な麺の姿が。
元凶である長ネギと煮込まれて黄身がスープに溶け出して、白身しか残っていないゆで卵の変わり果てた姿があったのだ。
「こんなことはする人間は一人しかいない」
降太郎と洋二と三奈子は、うなづきあうと推理する必要もないとばかり犯人の元に駆け寄った。
「あら、何? あーーーラーメンね。出来上がったところで電話がかかってきちゃって」
犯人は自白を始めた。
「もう食べられないから、最近懐いている近所の猫のタマちゃんにあげようかと思ったのよ。よく煮込めば柔らかくていいかと思って」
唖然とする三人、猫にラーメンなど食べさせたら体を壊してしまうではないか。
「でも向かいの伊藤さんが猫に濃い味のものを食べさせちゃダメだって言われて諦めたのよー。もったいないし、残念ねぇ」
塩分が多いものはペットにあげられないと真っ先に気づくべきだろう。
先に考えろよ、それくらい。
心の中でツッコむ三人。
もう我慢できない。
いくらなんでもラーメンに対するこの仕打ち。
三人はそう思い犯人を糾弾しようと思ったその時、爆弾発言が飛び出したのだった。
「そうそう、スーパーの売出し福引券でお肉が当たったの。A5のブランド牛肉が800gも! 今日はすき焼きにするわね。卵も30円高い赤玉買っちゃったの。これ溶き卵に奮発しちゃいましょう!」
我々は敗北した。
犯人は分かっている。
だが、それを追求することはできない。
しかし、この事件は迷宮入りとするしかあるまい。
もし犯人の機嫌を損ねて、A5のブランド牛肉が800gを失うことになったら……俺たちは! 俺たちは!
赤玉溶き卵までついているんだぞ!!
もう一度言う、我々は敗北した。
ここに、無惨なラーメンに対する殺麺事件は迷宮入りとなった。
だがなぜか、三人とも上機嫌で晩飯を待つことになるのだった。
連載の続きを考えている間に行き詰まって頭がボン、ってなったので、気晴らしに。
むしゃくしゃして書いた、的な。