第32章 ただいま
子供たちが集まってくる。
「誰、誰、誰ー? このお兄さん誰ー?」
子供たちが口々に問う疑問に、
「いわゆる、いい人って奴じゃな? そうじゃろ?」
老人が彼女へと問いかける。
「そんなんじゃ・・・」
彼女はなんともいえない表情でつぶやくように言う。
それを見た老人は子供たちへ、
「さぁさぁ、二人はお話があるだろうから、みんな家へ入ろう。帝都で買ってきたお土産がある。帝都の一部はもう立ち上がり始めているぞ」
わーいと老人を取り巻いて、家に子供たちと老人は入っていった。
残された僕らは、
「・・・・・・」
沈黙。
彼女ともう一度会えるようになったら、何を話そうか。ずっとそう考え続けていた。
きっと言葉は止まらないだろう。あれも話したい、これも話したい。
僕が彼女と会えなくなってどんな風に思っていたか。
僕がどれくらい変わったか。そして、
・・・君がどれだけ大事な存在だったか。
話したい事はたくさんあったのに、いざ彼女を目の前にすると言葉がでてこない。
彼女は何を思っているのだろう。視線を下に向けて黙りこくっている。
「そ、それにしてもびっくりだなあ。なんかさ、おじいさんに急に汽車に乗れって言われて、わけもわからず連れてこられて、そしたら君がいるじゃん? なんなのこれって感じ。なんか仕組まれてるみたいだよね。あ、そうか。美姫あたりが手をまわしたとか? 美姫ならこういう事もしそうだもんね。困っちゃうよね、心の準備ってもんがあるもんね、お互い。アハハハ」
気まずい沈黙に耐えきれず、一息でそんなことを口走ってはみるが、彼女の表情に変化はない。
「・・・ごめん」
完全に空気を読み違えた発言に、僕はそう言う。
やっぱり僕はダメだ。
詩が売れて調子に乗って。みんなからちやほやされて。そうして彼女の事なんて忘れかけた。
彼女を失ってはじめて大事さに気づいて。
なんとかもう一度彼女に振り向いてもらえる自分になろうと、変わる努力を始めた。
その努力もあの地震ですべて台無しになって。
ぼろぼろになってなぜかここにいる。
彼女の前にいる。
生まれ変わった僕をみせようと思ってやってきた。それなのに、今の僕はなんだ? あの地震のせい? きっとそうじゃない。僕は何も変われていなかったのだ。
活動写真の撮影現場で、僕は裏方の仕事も率先して手伝った。
先輩役者、新人役者へも気配りを忘れなかった。
僕の評判は徐々に回復し始めていた。
僕は変わった。変われた。
もうすぐ彼女に会える。胸を張って僕は変わりましたと言って会える。
それをあの大地震は木っ端みじんに砕きさった。
打算だ。僕自身をもあざむく打算が働いていた。
だってそうだろう? 本当に変わっていたのなら、どんな状況になっても落胆しなかったはず。
それを僕は、「いままでの苦労がすべて無駄だった」そう考えた。
なんて偽善。なんて汚さ。
本当にダメな自分。
ふと、顔を上げる。彼女を見る。
彼女は微笑んでいる。
「あなたが何を考えているかわかる気がする」
僕は彼女の意図がわからず困惑する。
「どうせ僕はなんてだめなんだー、とか。せっかくの苦労がみずのあわだー、でもそんな風に考える自分も嫌だー、とかごちゃごちゃ考えているんでしょう?」
でもね、と彼女が言葉を継ぐ。
「私、あなたに変わってくれなんて、ぜんぜん思ってなかった。あなたの事好きだもの。
だけど詩が売れて、仕事も忙しくなって、あなたがどんどん自分を見失っていくのが辛かった。あなたがあなたじゃなくなっていくのが怖かった」
彼女の顔が一瞬くもって、しかしすぐまた笑顔を取り戻す。
「最近のあなたの評判を聞いていたよ。すごく頑張ってるって。教授がさ、私は彼を勘違いしていたのかもしれない。そんな風に言ってもいたんだよ。
私、それを聞いて、違うなあって思ったんだ。
きっと彼は無理してるんだろうなって。自分を変えようと無理してるんだろうなって」
彼女はふふっと笑い声を出した。
「無理したって人間はそう簡単に変わらないよ。でもさ、変わる必要なんてなかった。あなたはもともと素敵な人だもの。ちょっと魔が差して変な方向に行きかけたけど・・・でももどってきてくれた。あなたの顔みたらそれがわかるんだ」
「だってあの私たちの日々と同じ顔してるもの。だから・・・」
彼女は息を吸って、自分を落ち着けるように吐き出すと、
「おかえり」
そう言って僕の胸に飛び込んだ。
執筆:朝寝雲




