第21章 慢心
忙しい毎日。僕はその日々に満足を感じていた。
僕はどうやら詩の才能に恵まれたらしい。
あっという間に売れっ子詩人の仲間入り。
才能豊かな詩や、芸術関係、芸能関係の友人たちとの関係から刺激を受け、僕の詩も日一日と深い境地を描きだしていた。
慢心が生まれ始めたのは、いつからか。
「だからさぁ、彼の作風はもう古いんだよ。昔どれだけいい仕事をしたかは関係ない。やっぱり詩は、若さに溢れたみずみずしい感性がなくちゃ」
「たしかにその意見はわかるけど、円熟が創り出す芸術性ってのもあるわけよ。お前にはまだわかんないかなあ?」
「だって現に僕の詩の方が売れているわけだろう? 大衆は正直で残酷だよ。いつだって新しいものに飛びつくし、古臭い詩なんて見向きもされなくなる。
彼の様な詩にこだわり続けているのは、懐古主義のセンスのない連中だけだよ」
「そう言うがな・・・。まあ、お前にもいつかわかる日が来るさ。彼の良さが」
「そうかなぁ? ま、いいさ飲もう飲もう。マダムもう一杯だ」
そうやって芸術論を闘わせ、詩を創り、酒に酔い、地方を回って講演をしたり。
僕の毎日は慌ただしく過ぎていく。
何か大事な事を忘れている様な・・・
気のせいか。
今日も僕の一日が始まる。
今日は活動写真への出演依頼がきていた。若き美形詩人そのままの役で。演技はしたことがないが、これが評価されれば僕の新境地が開かれることになる。
そういう意味で僕は朝からとても気合が入っていた。
現場で見る銀幕のスター達は華やかで、僕の胸をときめかせた。
いつかは僕もこの中に混ざって、演技の道を歩く日がくるのだろうか?
そんな夢想をする。
「あら、あなた。今売り出し中の詩人さんでしょ? あなたの詩、とってもいいわよね。いつも読んでるわよ。今日は・・・あら出演されるのね。この詩人の役ってのででるわけね。緊張すると思うけど頑張ってね」
銀幕の女王として長年君臨する女優に話しかけられ、僕は、
「は、はい! まだまだ若輩者ではありますが、この写真を少しでも良いものに出来るよう精一杯努めます」
「ふふふ。固い固い。リラックスしなくちゃいい演技なんてできないわよ」
「がんばります!」
女優はニコリと僕に笑いかけると、監督に呼ばれ去っていく。
なるほど。これが大御所の貫禄というものか。たしかに歳を重ねることで醸し出される凄みというのはあるのかもしれない。
詩の世界は僕にとってあまりになじみ深いもので、ある意味麻痺している部分があり、こうして外の世界を見てみるとわかることもあるものだ。
「勉強になるなあ」
ところで何かを忘れているような・・・
大事な何かを・・・
◇ ◇ ◇ ◇
撮影が終わり、自宅へと帰宅する。外から僕の部屋に明かりがついているのが見える。
ああ、彼女がきているのか。
彼女には僕の部屋のカギを渡していた。
ドアを開けると、玄関を一段上がったところで彼女が背を向けて立ち尽くしている。
「どうかしたのかい? 中へ入りなよ」
僕は彼女の背に声をかける。
彼女が振り向く。
その彼女の涙に濡れた表情を・・・
僕は一生忘れないだろう・・・
場違いにも僕は思ったから。
それはあまりにも美しいと。
執筆:朝寝雲




