第12章 愛とか人生とか
体育祭の喧騒が窓の外から聞こえる。
私たち二人は教員室、教師の前に立たされていた。
椅子に腰かけた男性教師が、私たちを眼鏡の奥からギロリと見上げている。
「なるほど、借り物競争。借りてくるものが好きな人、と」
好きな人と書かれたその紙に一瞬視線をやり、また私たちにもどす。
私は緊張で、冷や汗をかく。彼は・・・どう感じているのかわからない。
「勘違いしてもらっては困るのだが、我がアカデミーは恋愛の禁止を校則に設けているわけではない。男女交際大いに結構。その経験も人格形成のよい糧になる」
だが、と教師は続ける。
「聞くがね、『好き』とは何だね? 私はね、これはとても重要なことだと思うのだよ。私にも家内がいて、もちろん愛してはいるが、では愛とはなにかと聞かれるといまだに答えが出ない気がするのだ。
きみはこの好きな人という紙を見て、すぐ彼女のところに行ったそうだね。何がそうさせたのだろう? これは大事な事だよ」
それは・・・と、彼が一言いって考えこんでしまう。教師が言う。
「いま答えを出す必要はない。考えたまえ。そして、答えがでたら・・・私にも聞かせてほしい。これは人生の一つのテーマにもなりえる事だ。迷いたまえ。大いに悩みたまえ。
・・・では体育祭もまだ続きがある。楽しみなさい」
解放された私たちは校舎を並んで歩く。
しばしの沈黙の後、私は口を開く。
「あはは! 困っちゃうよね。たかが体育祭の借り物競争で人生とか愛とかいう壮大な話をされてもさ。これだから教師なんて職業につこうという堅物はね!」
彼は何かを考え込んでいるように、私の言葉を聞いていた。
また、沈黙・・・
そして、
「ねえ、なんで私を選んだの?」
私は彼に聞く。
一瞬の間があって、彼が口を開く。
「わかりません。好きな人という紙を見て、顔をあげたらあなたが目に入って。そしたらもう体が動いていました。あなたに近づいていく、一歩一歩間違いないと確信は強くなっていって・・・
でもいま先生の話を聞いて、またわからなくなっている自分もいるんです。
本当になんなんでしょう? 好きって。
前にも言ったと思うのですが、僕は恋をした経験がなくて、想像でしか詩を書けずにいました。でもあなたに会ってそれが形になりつつあるような気がしているんです。
だから、もしよければこれからも会いに来ていいですか?
付き合ってくれなんて贅沢な事は言いませんし、まだそんな段階じゃない。でも一人の詩を書く人間として、この気持ちが何なのか確かめたいんです」
彼の言葉に私は・・・
「いいよ」
そう答えた。
執筆:朝寝雲




