第1章 筆を執る。
『君に改めて手紙を送るのはとても恥ずかしいことだけれど、勇気を持って送りたいとおもう。
これは、僕が君に送る最初で最後の物語。』
書斎の中、古びた便箋に筆を走らせる。
これを受け取るであろう君は、一体どんな表情をするだろうかと僕は視線を窓の外に向けた。
外では北風が吹いている。
カラカラと向かいの家の風見鶏があちこちに方向を示す。それを見て僕は、「東。」と呟いた。
そのつぶやきを聞いたのか否か、風が一瞬止んで風見鶏の動きも止まる。
「いいえ、西よ。」
君の声がした気がして振り向く。ドアの方には大量の本が平積みになっているだけで、人影はない。そもそも、君の声がするわけもないのだけれど。
もう一度窓の外を見る。
「いつだって君の言う通りだなあ。」
風見鶏は西を示してしばらくの間止まっていた。僕は窓を思い切り開けた。また北風が吹いて、部屋中の埃が舞う。それと一緒に書きかけの便箋が窓の外に飛んでいった。
「あっ。」
伸ばした手も虚しく、便箋はひらひらと身軽にどこかへ行ってしまった。
それもいい、あれは書きかけだったのだから。
僕は真新しい便箋を出すと、さっきと全く同じ文言を書き始めた。
『君に改めて手紙を送るのはとても恥ずかしいことだけれど、勇気を持って送りたいとおもう。
これは、僕が君に送る最初で最後の物語。
あの春の日、僕と君は出会った。そう、あの帝都の大きな桜の下で。』
執筆:ネクタイ