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Chapter 06:「鉄槌」

メグの死を受けて、強い復讐心に燃えるエリスとジェイド。

莫大な税金によって建造されたと思われる軍事施設の深淵へと向かう途中、ジェイドは何者かに連れ去られてしまう。


エリスはジェイドを発見するも、グロウバの手中にあったジェイドに「重大な秘密」があることを知らされる。

だが、イクセリド国の終わらない悪夢を断ち切るためには、グロウバを倒さなければならない。


エリス達の最後の死闘が幕を開ける…。

絶望の二文字を背負いながらの…。



そして、エリスは究極の選択を迫られる…。



 Chapter 06:「鉄槌」



 「堪え難き悲しみを与えた独裁者に、死の懲罰を与えねばならない…!!」




 グロウバの凶弾によって命を奪われた、エリスの心友メグは、その遺体をシフィア達の手によって、地上の墓地へと埋葬された。


 やがて、シフィア達から連絡が入り、エリスが自身のスマホで応答した。


 「こちらシフィア。たった今、メグさんの遺体を、フォジス博士の眠る隣の位置に埋葬した。ここは空気も綺麗で、空の青を一番美しく眺められる墓地だから、メグさんもきっと、暖かな気持ちで天に召されるだろう…。」


 「…ところで…だ。その埋葬の作業の途中で、フォジス博士の墓石に何やら文字が書かれているのを発見した。解析したところ、それは博士が生前使っていたノートパソコンの保管場所を示していると判明した。恐らくそのパソコンの中には、我々がまだ知らない、博士が遺したメッセージなどが眠っていると予想される。」


 「俺は直ちにこのパソコンを確保して、データの解析を行っているが…、博士のパソコンには何重にもプロテクトがかけられていて、それを紐解く方法が見つからず難儀しているんだ…。ティアスに車の運転を任せてあるから、そっちへ着く頃には、何とか解読できるように頑張ってみるよ。エリス、そしてジェイドにラリュス…。みんな…無事で…。」


 電話はやや早口で、仏頂面な応対のごとく突然切れてしまった。恐らくこの通信を、政府軍に把握されないために、手早く要件を伝えたかったのだろう。


 エリス達は軍事施設の地下へと向かっていた。

 薄暗く、太陽の光の届かないこの場所は、彼女のような10代の少女が歩くのに決して相応しい場所なわけがなかった。

 

 その途中、ジェイドが胸の痛みを訴え始めた。

 「ううっ…胸が、胸が何だか痛いよぉ…。」

 「だ、大丈夫?ジェイド…!!ねぇ、やっぱり、あの“傷口”が痛むのね?」


 「わからないの…。傷の痛さとは少し違う…、自分でも上手く喩えられない感じがするわ…。」


 ジェイドの苦痛を不安に思う一行だったが、今は残念ながら、何もしてあげられることがなかった。

 そして、建物内部には、恐らく武器開発とその実験に使ったであろう、フォジス博士のテクノロジーを用いた、レーザー銃が散乱していた。

 中にはまだエネルギーの残されたものもあり、エリス達は、これらをいくつか拾い、グロウバとの戦いに備えた。


 「博士の遺したものがこんな形で…。何だかやりきれないわ…。」


 ラリュスが悔しそうな表情を浮かべた。

 彼女が10代の頃…つまり、博士がまだ存命だった時代は、共にレーザー光学でイクセリドを豊かな国にしようと、同じ志を持って活動していた。

 もしもレーザー技術の先進国となれば、イクセリドは当時の「アイガライヴァ連邦国家」からすぐにでも独立し、富裕国とまではいかなくとも、国民の暮らしはもっとまともなものだったに違いない。


 …それが、よりにもよって、博士の技術は戦いの兵器として転用され、破壊と殺戮の象徴と化してしまった。

 博士もまた、自らの技術が人を傷つけ、苦しめることに嘆き、政府軍によって捕らえられていた間に、自害した。

 しかしその直前に、博士は当時の有志らに、自らの科学技術について、あるいは、誰にも口外できない事実を記したパソコンを、とある場所へと隠したという。

 それが先ほどシフィアが言っていたものなのだが、本来、博士の墓石の暗号は、その当時の者以外、存在すら知らないはずだった。

 メグの死が、ある意味最後の最後に、思いがけない発見へと導いた。これも、彼女の遺志がその奇跡を起こしたのかもしれない。



 そんなことを話しながら、武器格納庫…というよりは、ほぼ「基地」に等しいその内部を歩いていたら、突如、ミサイルのようなものが飛んできた。


 「危ないっ!!伏せろっ…!!」


 間一髪、エリスの一声で直撃を免れたが、その直後、周囲は真っ白な煙に包まれた。


 「こ、これは、スモークグレネード…!!」


 ラリュスが言うには、これは直接人を殺傷するのではなく、目晦ましのための武器だという。

 幸い、この煙には有害な物質は含まれていないようだったが、前が見えないため、このままでは先へ進めそうになかった。


 「私はスモークの発射ポイントを突き止めるわ!そのうちにふたりは…」

 「はっ…!?ジェイド…!?ジェイド…!?」

 「どこなの!?ジェイド!!返事して…!!ジェイド!!」


 ラリュスは煙に巻かれる中で、ジェイドの姿を見失ったことに気づいた。

 エリスも必死にジェイドの名前を叫んだ。

 …しかし、返事はなかった。


 ふと、煙の彼方を見ると、何者かが建物の奥へ走っていくような様子が見えた。


 「しまった…!!ジェイドが…連れ去られてしまったようだわ…!!」


 「エリス…。恐らく政府軍の連中の仕業ね。奴らは、しつこくジェイドのことを狙っていたから…。」

 

 「でも…、どうしてそんなにジェイドを執拗に…?」


 「私にもわからない…。けど、グロウバにとって、ジェイドが何かのカギを握っている存在なのは確かだと言えそうね…。」



 ジェイドが気がかりで仕方がないため、早足になりながら基地の最深部へと降り立った。

 そこは、人工的な明かり以外は一切ない、コンクリートの無機質な空間だった。


 すると、突如…

 エリスの顔を、銃弾が大きな銃声と共にかすめた…。


 「ズダァァァァン…!!」


 「キャァッ…!!」



 一瞬、驚きのあまり狼狽したが、前を向くと、そこには高笑いする一人の男がいた。


 「ハッハッハッハ…!!本当にお前達は呆れるほど“正義のヒロインごっこ”が大好きなんだなぁ…!!」


 「貴様…!!ゲルツ・グロウバ…!!」


 「この俺がお前らごとき民衆どもに平伏すとでも思ったか!?偽善者め!口先ばかりで理想論を唱えるばかりか、我が政府軍までもを鎮圧しようとは滑稽な者どもだ…!」


 グロウバは銃口をエリスに向けた…。

 「それもこれも、この銃一発ですべてオシマイよ…。お嬢ちゃん?」


 すかさずエリスは、レーザーガンでグロウバの銃を弾いた。



 「チュイィィィィン…」


 「…これならどうだ…?悪魔の為政者め。」



 「フフフフフッ…ハハハハハハハ…!!!!」

 「まったくどこまでも単細胞な奴らだ!!いいだろう。そこまでこの私を倒したいというのなら、全力でお相手してやろうじゃないか…!!」


 グロウバはそう言うと、何やら格納庫から巨大な兵器のようなものが搬出されてきた。


 「…クッ…!!上等だ!!」


 エリスは戦う覚悟を決めた。

 ラリュスも銃を構え、グロウバに照準を合わせようとした…その瞬間…。


 「ママぁ…!!」


 何と、グロウバの横には、ジェイドが縄で縛られていた。

 そして、グロウバは得意げにこう語った。


 「いいか!よく聞け!!ジェイドの心臓には、イクセリドを一瞬で丸焼きにできる、衛星核エネルギービーム砲のスイッチとなるマイクロチップが埋め込まれているのだ!かつてジェイドが幼かったころ、秘密裏にチップを埋め込む手術が行われた。だからこそ今、俺はイクセリドの騒乱をすべてリセットするべく、このメスガキを探していたのだ。態々そちらから出向いてくれるとはご足労だったな…。」


 「既に、俺はビーム砲の発射の準備を終えたところだ。あと何十分かで、このイクセリドはその国民もろともさようなら…だ。もしも、ビーム砲の照射をキャンセルしたかったら、それは簡単なことだ。ジェイドの心臓を破壊すれば済む。偽善者諸君よ?民衆を守りたいのなら、もう何も躊躇う必要はないのではないか? その銃一撃でイクセリドは救われるのだぞ…? もっとも、ジェイドの命と引き換えに…という条件付きだがな…!!」



 「さ、させるものかぁ…!!」


 涙で俯くジェイド。そして、怒りに震えるエリスとラリュス。

 ジェイドの心臓を破壊しなければ、イクセリドは…、いや、世界は滅びてしまう。

 何とか止める方法はないだろうか…?

 だが、どう考えても、その方法は思いつかない…。


 そうしているうちに、グロウバは格納庫からリフトアップしてきた巨大兵器に乗り込んだ。

 これは、大型のモビルスーツ(ロボット)型戦闘兵器であり、外装は非常に強固な物質で作られており、エリス達の武器では一切抵抗できそうになかった。


 「さぁ!かかってこい!!まずはお前達を血祭りにしてくれるわ!!」



 応戦するエリスとラリュス。

 グロウバの乗る戦闘兵器は、不気味な足音を立てながら周囲を動き回り、二人に銃撃を仕掛けてきた。

 エリスとラリュスは、何とか弱点となる場所を探しながら、モビルスーツを攻撃したものの、あまりにも頑強なその本体には、彼女達の攻撃など、蚊が刺した程度にすらならないのであった。


 「どうだ!倒してみろ!止めてみろ!殺してみろ!」


 しきりに二人を煽ってくるグロウバ。

 かつて、曲りなりにも一国の大統領であったとは思えない、その豹変ぶりは目に余るものがあった。


 「最高だ!もうすぐ俺の憎み続けていた人間どもが根絶やしになる!!」

 「何をやっても許されると思っている愚民どもに、俺が制裁を与えてやるのだ!!」


 「クッ…!!下手に動くとジェイドに流れ弾が…!!」

 「エリス!!ジェイドの方向に奴の攻撃を向けないように、お互いに離れて動くのよ!何とか急所を見つけなければ…!!」


 「ハハハ!!所詮は小娘とママちゃんだ!!こちとら、歯ごたえも面白味もねぇってとこだ。ゴキブリのように逃げ回って実に愉快なもんだ!!」


 「今からでも遅くはない!!俺とこの政権に忠誠を誓うならば、俺がお前達の飼い主になってやろうじゃないか!!」



 エリスはこんなセリフの数々にブチギレ状態だった。


 「うっせぇ!!テメェみてぇなクズ野郎にペコペコするほどアタシたちゃあバカじゃねぇ!!」





 だが、エリスとラリュスは、モビルスーツの俊敏な動きに翻弄され、次々と傷を負うことになった。

 しかし、この絶望的な状況でも、死んでいったメグや、今でも地上で乱戦を繰り広げている人々を思うと、あきらめるわけにはいかなかった。

 自分の命に代えてでも、グロウバを倒さなければ、イクセリドは永遠に覚めない悪夢の世界が続くばかりだ。


 そんな絶望感に苛まれ、イライラしてしまったエリスがふと叫んだ。


 「ちくしょうっ…!!グロウバなんて生身だったらぶん殴ってやるのにっ…!!」


 「エリス!それだわ!!奴の動力基板に妨害電磁波を与えて、動きを封じるのよ!!」


 「そ、そうか…!その手があったか…!!」



 ラリュスは、レーザー銃の出力モードを「ジャミングビーム」(妨害電波)にチェンジし、グロウバの乗るモビルスーツへその電磁波を浴びせ続けた。


 「ななっ…!!クソッ…!!電波干渉で思うように動けねぇ…!!」


 グロウバとモビルスーツは動きに精彩を欠くようになった。

 エリス達を攻撃しようにも、電子制御装置が電磁波によって誤作動する状態になっている今は、こんな戦闘兵器などただの鉄屑だった。


 「ふざけるな!!このイクセリドの犬どもが…!!」

 「この私を愚弄するなど身の程知らずが!!恐ろしい目に遭わせてやる!!」



 やがてビームを当て続けると、グロウバの乗ったコックピット部分から黒煙が上がった。どうやら電子回路が炎上したらしい。

 やむなくグロウバはコックピットから飛び降りたが、すかさずそこに、ラリュスがジャミングビームを浴びせた。


 「ラリュス!!今よ!!グロウバを撃って!!早く!!」


 「…ラリュス…!!そ、それが、レーザーガンのエネルギーが、もう、ないわ…!!」

 「ええっ…!?」


 グロウバを仕留めるには絶好のチャンスだというのに、エリスの銃は、エネルギー切れでビームを発射できない状態だった。

 いまから武器を探して来ようにも、ラリュスの撃っているジャミングビームもあとわずかでエネルギーが尽きる。

 本気で激怒したグロウバをここで自由の身にしたら、何をされるか言うに難くないというものだった。


 しかしその時、エリスの脳裏に、メグの声が響いた。



 「エリス…!あなたには正義を貫いてきた、最高の武器があるでしょう…!」

 「さぁ…!いま、その力の全てを放って、奴への鉄槌を下して…!!」


 「…そ、そうか…!!」


 「ハッハッハ…!!私を動けなくすれば勝てるとでも思ったのか?愚か者め!」


 「あぁ…!倒せるさ…!!たとえ銃なんかなくったって…、アタシには…この“拳”っていう最高の武器があるんだからなぁ…!!!!」


 「な、なにぃっ…!?」


 「グロウバ!!貴様もこれで終わりだぁっ…!!!!!」

 「うぉあああああーーーーーっ…!!!!!」



 そう。エリスの最高の武器とは、自らの“拳”であった。

 その強さは下手な銃砲など比較にならないほど強力で、エリスは、右手の拳でグロウバの心臓を突き破った。




 「ぐわぁぁぁぁぁーーーーーーっ…!!!!!」







 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…。」


 「エリス…!やったわ…!!大丈夫…?」


 「グロウバ…笑ってやがる…気持ち悪ぃ…。」


 「そうね。恐らく、やるところまでやり尽くした、自己満足の快楽を味わっているのかもね…エリス。」





 「はっ…!!ジェイドは!?ジェイド…!!」


 「そうだわ!ジェイド!大丈夫…!今すぐ助けるわ!!」

 

 「エリス、ママ…、来ちゃだめよ!!」


 「えっ…!?どうして…!!」




 ジェイドは、涙を止め処なく流しながら語った。


 「さっき聞いてたよ…。あたしの胸の中に、そんな恐ろしい装置が仕込まれていたなんて知らなかった…。」

 「…でも、私が死ねばみんなが守られるんでしょう?エリス、今すぐ私をそこにある銃で撃って…。」


 「そ、そんなことできるわけ…!!」


 「何のためにここまで来たのよ…。イクセリドを…いや、罪のないみんなの未来を…守って…。」


 ラリュスはすかさずシフィアへ連絡した。シフィアもまもなくここへ到着するらしいが、一刻を争う事態。たまらずスマホのボタンを押した。


 「こちらラリュス。実は、ジェイドの心臓に組み込まれた衛星レーザー砲の発射プログラムを解除する方法を調べてちょうだい!!」


 「…ママ、いいんだよ。もう、そんな時間はないみたいだわ…。」


 「ジェイド…!!



 …建物内に音声が響き渡った。どうやらそれは、衛星ビーム砲の発射を知らせるカウントダウンのようだった。


 「60…59…58…57…」



 「ママ…そして、エリス…。いままで私と一緒に生きてくれて、ありがとう…。」

 「エリス…私から最後のお願い…。」

 

 「一発で、心臓を撃ち抜いてね…。」


 エリスは大粒の涙を流しながらも、そっと落ちていた銃を拾い、構えた。



 「…わかった…。」


 

 「エリス…。私達の絆は…、たとえお空の上に旅立っても、ずっと…ひとつだよ。」



 しかし、エリスは手が震えて、銃のスコープを、上手くジェイドの心臓に狙いを定められない。

 カウントダウンの終わりが迫る。もし、ジェイドの心臓もろとも、制御装置を破壊しなければ、世界は終わる…。


 ジェイドの命か、世界の平和か…。


 どちらを選べと言われても、エリスにとっては、あまりにも過酷な選択でしかないのだった。



 カウントダウンの数字が一桁に突入した。


 「9…8…7…」


 その時、エリスはジェイドの心臓に、銃の照準を合わせた。


 「ジェイド…。ありがとう…。そして…、さよなら…!!」





 刹那、ラリュスの端末がベルを鳴らした。

 シフィアからの連絡だった。すかさず電話に出るラリュスは、一瞬、息を呑んだ。

 

 「ええっ…!!なんですって…!?」



 「4…3…2…1…」


 「ジェイド…!!うあぁぁぁぁぁーーーーーっ…!!」


 銃のトリガーを引こうとしたその瞬間…

 ラリュスが叫んだ。


 「待って!!待って!!待ってぇぇぇぇぇーーーっ…!!!!」






 「ズダァァァァン…!!!!」






 エリスは、銃のトリガーを引いた瞬間、体当たりしてきたラリュスに倒され、発射されたビームは天井に当たり、石の焦げた欠片がパラパラと降り注いだ。



 「な、何…?どういうこと…?」


 すると、そこに丁度、シフィアとティアスが駆けつけてきた。

 「はぁ…!はぁ…!ど、どうやら、間に合ったようだな…。エリス…実はな…ついさっき、博士のパソコンのプロテクトの解除に成功して…、その中にあったファイルを読んだら、こんなことが書いてあったんだ…。」




 そう言えば、カウントダウンが終わったというのに、衛星レーザー砲など全く動作していなかった。仲間達の声や物音だけが響き渡る格納庫の、不気味な静寂だけが聞こえていた。


 そしてシフィアは語った。

 博士が遺した、秘密のメッセージのことを…。



 シフィアが言うには、かつて博士が、政府軍の兵器開発に従事させられていた頃、ジェイドの心臓に、やはり博士が開発を強要されたという、衛星レーザー砲の発射装置として、小型のマイクロチップを埋め込む手術が行われた。

 だがそれは表向きには、動作しているように見せかける信号や電波を発信するが、実際に衛星とのシンクロは行われておらず、そもそも衛星自体が、全くのダミーであると記されていた。


 科学の神髄を知らない悪の為政者は、起動装置に繋がるリモコンさえ持っていれば、いかなる悪行もお手の物ではあったが、実際に衛星レーザー砲を照射することは物理的に不可能であり、当時打ち上げた衛星は、博士の計算上、今頃はとっくに軌道を外れ、宇宙の塵になっているだろう…とのことだった。


 そして、ジェイドの心臓に埋め込まれたマイクロチップは、彼女が成長するに従って、徐々に体内で分解される物質で作られているため、彼女の胸の傷跡が消える頃には、装置もまた、跡形もなく消えてしまう…と書かれていた。



 つまり、フォジス博士は政府軍の命令に「建前上」従うフリをして兵器類の開発を行っていたが、実際に製造されたのはどれも現実に危害を及ぼす可能性のない、おもちゃのようなものばかりだったという。


 しかしこの事実がもしも漏れたなら、博士は処刑されることを免れられない。

 そして、現にこれまでに、いくつかの対戦闘用兵器(レーザーハンドガン等)は実用化してしまっていたことを憂いに思い、政府軍の手によって処刑される前に、この秘密をパソコンの中に書き残し、それを本当に信頼できる仲間だけに知らせ、自ら命を絶ったのだ。


 だが、これでジェイドはもちろん、この国が脅かされることはなくなった。

 悪政の黒幕が倒された今を転機として、真に平和と発展を願う者が国政のリーダーとなり、人々と手を取り合って、イクセリドを再建していけば、人々の暮らしは少しずつ光を取り戻すだろう。




 エリスとジェイドは、ラリュスに抱擁されながら、心の底から泣いていた。




 基地から地上に出ると、暗黒の山たるイヴェルア山に、一筋の光が差し込んでいた。

 それはもしかしたら、天国のメグが、エリス達の功績を讃えた贈り物だったのかもしれない。

 夕焼けの中を歩き、廃墟のようになった軍事施設を見ながらジェイドはこう言った。


 「フフッ…!危うく殺されるとこだったわ…!」


 「クスッ…!何言ってんのよ!自分が頼んだんじゃないのよ!」


 「そうだったわね。あははははっ…。…あーあ、でもこれで、本当のパパとママのいる世界に行けなくなっちゃったわ…。」



 少し寂し気な表情を見せたジェイドだったが、エリスは、そっと彼女の頭に手を当ててこう言った。


 「ああ…、生きろってことだよ…。」


 「うん…。そうだよね…。」





 その後、イクセリドから銃声と騒乱の音は消えた。




 「こんにちは。7時のニュースです。かねてより続いていた民衆とイクセリド政府軍との衝突ですが、過日の大規模な戦闘により、その指揮官で、紛争の一端を担っていた政権の最高権力者である“ゲルツ・グロウバ”大統領が死亡。これにより政府軍は、全戦力の99%以上の兵器、人員を喪失し、事実上の完全降伏を声明しました。また、残存する政府軍兵士についても、現地の平和主義団による行動により撤退を余儀なくされており、本日時点でイクセリド国はその90%以上を政府制圧下より奪還し、襲撃により崩壊した町などの復興も順調に進行しています。アイガライヴァ連邦国家時代から続いた強権政治は終焉を迎え、国民は祝杯を交わすなどする姿が各地で見られ、人々は4年ぶりの平和と自由を祝福している様子が印象的です。」


 「また、次期イクセリド大統領候補として、かつて組織されていた反政府革命団”Unsung Dazzler”のリーダーを務めていた“イリュン・ラリュス”氏が、国民から大きな支持を受けていることが判明しており、その支持率は85%以上に及ぶとされています。この状態で次期大統領選挙が実施された場合、ラリュス氏の勝算は非常に高いものとなり、ラリュス氏が当選を果たした場合、イクセリドでは初となる、女性大統領の誕生も期待されています。ラリュス氏は自らの公約として、子供から大人まで、人間らしい生活の保障と、教育補助、弱者救済、障害者保護、医療、経済の盤石化を掲げており、それらはイクセリド国民が全員で手を組むことで実現できると主張しています。度重なった兵役や重税、暴政の歴史を決して繰り返さないことを第一の目標としてイクセリドの再建に強い意欲を燃やしているラリュス氏は、イクセリド国の未来を担うに相応しい存在であるとの世論が強く、貧困と紛争の時代は、ようやく終わりを迎えることになると考えられます。」




 …イクセリドに涼しい風の吹くある日…。


 エリスとジェイドは、ラリュスと小さな家で生活を共にしていた。


 「エリス…、きょうからあなたは17歳。少し遅くなってしまったけれど、新しい高等部への入学が決まって良かったわ。少しでもあなたが、青春を謳歌してくれると、私も嬉しいわ…。」


 「ラリュス…。ありがとう…。あの頃の私がウソのようだわ…。」


 「いいのよ。もうそんな過去は忘れて、これからを楽しんで…。」


 「はいっ…!!」




 一方のジェイドは11歳になった。

 復建されたイクセリドの町の各地に、小さな学校が点在していた。ひとつひとつの学校の生徒数は少ないが、その分、友達との絆も育まれやすく、無理のない学校生活を期待できる。


 「今日からもう一度初等科だね、あたし…。ってか、少し通ったら卒業になっちゃうのが淋しいけれど…でも、中等部に進んでも一緒の人もいるだろうから、そんなに心配ないよね。」


 「ウフフ…。ジェイド。似合ってるよ。新しい初等科の制服。何だかなぁ…。アタシもそんな服着て学校通いたかったわぁ…。」


 「大丈夫だよエリス…。高等部を卒業しても、まだまだ青春を味わうことはできるよ!昔と違って、お金のあるなしで進路が変わることはなくなったんだよ。そう、ちゃーんと、お勉強した人が、しっかり上に進めるんだからねーっ…!!」


 

「な、なんだよー!?…まるでアタシがいつも0点ばっかり取ってるような奴だって言いたそうじゃないのー!?」


 「あはは…失礼っ…!!じゃ、行ってきまーす!!」


 「おいこらぁ!!待たんかぁジェイド…!!」


 「あはははは…!!」




 青空の下に響く少女たちの笑い声を聞いたラリュスは、薄っすらと微笑みを浮かべた。


 まだまだ、自分達の果たすべき使命は残されているが…


 いまはひとまず、願い招いて訪れた平和と安寧の時間に、満足することとしよう…。




 エリスとジェイドの心には、あの戦いの日々の記憶が焼き付いている。


 けれど、それもいつしか、消えていくだろう。


 新しい世界。新しい仲間。そして、自由なる未来があるのだから…。





 その道を踏み締めていくのは、誰であろう、自分自身そのものだ。


 エリスとジェイドは、少ないながらも友達に恵まれ、将来への礎を確固たるものにしていった。


 何よりも、笑顔でいる時間が増えたことに、とても満足していたのだった。




 エリスとジェイド。

 ふたりは、いま、ひとつの場所で、ひとつになっている。



 お互いを思う心。お互いを愛する気持ち。



 そう。

 それがまさに…



 「キズナの価値」なのだと、ふたりは日を追うごとに実感していった…。






 (ストーリーはもう少し続きます。)








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