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Chapter 04:「The Betrayer」

民衆と政府軍の衝突の援軍となったエリスと翡翠。誰が見ても愚かなこの戦いを経て、エリスは、翡翠の少女とその母親であるラリュスが、政府軍に多額の懸賞金を掛けられた状態で捜索されていることを知る。


もしも翡翠の少女を政府軍に引き渡せば、その見返りとして一生遊んで生きられる大金を手に入れられると知ったエリスは、翡翠を売るか、それとも友情を取るか、強い葛藤に苛まれるも、結果的に翡翠と同士討ちを始めてしまう。



しかし、翡翠は信じていた。


私達の絆は、この程度じゃないはずだと…。



Chapter 04:「The Betrayer」(裏切り者)


 喧騒の街。

 つい先日までは、人々が平和に暮らす、貧しいながらも穏やかなそこに今広がっているのは…

 爆発音と銃声、そして人々の荒々しい叫び声。

 それが無造作に交錯する「戦場」に、エリスと翡翠は立っていた。


 「いい?エリス!敵に情けをかけちゃダメよ!向こうだってその気でこっちを襲って来るんだからね!」

 「わかってるわよ!ともかくも、撃たれる前に撃てってことだよね。」


 二人は頷き合い、政府軍に押されている民衆の援護射撃を行った。

 ちなみに、エリス達の入っている反政府革命団”Unsung Dazzler”では、実弾は一切使用しないという暗黙の掟があった。


 エリスの持っている銃も、レーザー光学の権威「リンドヴェリ・フォジス」博士の発明した、超高密度な熱線を射出する装置となっている。

 銃弾を忌避する博士の考えあってこその武具だが、エリスはまだ、その意図するものを理解していなかった。今はただ、誰とも知れない誰かのために戦うしかない。しかし、義務感や使命感とは違い、これまでにエリス自身も暴政に苦しめられた経緯があることを強く知った以上、群衆に加勢する理由も必要も、しっかりと感じていた。


 騒ぎの中心はイクセリド国会議事堂前のようだ。ここではいつも、何らかの悪政や悪法に対し、抗議デモを行っている姿があり、もはや一種の観光名所のようだ。

 次々と政府軍の兵士が武器を手に襲撃してくる。催涙弾や放水はもちろん、本気で人を殺しかねない爆弾やミサイルまで持ち出してくる。

 

 「こんなの…ガチの戦争じゃない…!!」


 エリスは、暴動や衝突の場面をテレビなどでしか見たことがない。耳を劈く爆音も、政府軍に収容される民衆の悲鳴も、生々しく、否応なく心に反響してきた。

 更には装甲車両、戦車、爆撃機まで持ち出してくる政府軍。これが、国家内の内紛というレベルと言っていいのか?

 彼女は疑問を抱きつつも、物陰に隠れながら、民衆を攻撃する兵士を狙撃し、車両兵器とも対峙していった。

 また、よく見ると民衆の施設からは、政府軍が様々な物資を鹵獲していく様子があった。

 火事場泥棒とはこのことだろうか。そして、貧困に嘆くのはイクセリド政府軍の兵士達も同じなのだろう。エリスの瞳には、少しでもカネや食べ物があれば、騒ぎに乗じて持ち去る姿が何とも哀れに映った。


 エリスには銃撃戦の心得はない。ましてや、爆撃や銃声の飛び交う戦場を走り回った経験など皆無だ。

 体はクタクタに疲れているはずだが、彼女の銃のトリガーを引く手と、国会議事堂へ向かう足は、なぜか止まらなかった。


 「エリス!無茶しないで!ひとまずここで様子を見て、休みましょうよ!」

 「翡翠!何言ってんのよ!こうしてる間にも、またひとり、またひとり…」


 激しい轟音が鳴りやまない中、エリスの精神も歪み、痛んでいたようだった。

 正しい判断も、翡翠の助言も無視し続けたが、やがて、二人は群衆の撤退した商店街の一角に腰を下ろした。


 「あーあ、ひどい壊れっぷりだわね…。こんなことが何度も何度も起きているなんて…」

 「エリス…。これが現実なのよ…。私は生まれた頃から、爆撃と銃声の子守歌しか聞いたことがないわ…。」


 翡翠は、そっとエリスの手を取って、破壊されたコンビニエンスストアへ入った。

 「申し訳ないけれど、私達も生きるために最低限、貰っておきましょう…。」


 そう言うと、二人は半壊した店の中にあった、食品類と、生理用品をいくつか失敬した。

 「エリス…。“生きるため”だから、きっと神様だって大目に見てくれるわよ…。」

 「う、うん…そうだよね…。」


 罪悪感も過ったが、今はともかくも、生き残る手段を選んでいる余裕はなかった。



 やがて爆音が止んできた。

 近くに落ちていたラジオをつけると、このような放送が流れた。


 「…繰り返します。本日1730時、反イクセリド政府連盟と、イクセリド治安当局による衝突は、当初の暴動の発端である、教育と学力の偏向社会の是正および、それに伴う金銭的負担の増加について可決された法案の破棄を訴えたものでしたが、イクセリド政府は、本案を一時“仮棄却”とし、暫定的な従来通りの教育福祉法の継続と以後の法案の論議を掲げ、デモ隊との一時的な和解を見出し、先ほど衝突の収束を向かえました。しかし、この一方で政府軍は、その戦力の約48%を喪失したことによる劣勢を受けた和平交渉であり、根本的な問題の解決には至っていないことから、次回の法案採択によっては、再びこのような民衆の反発も予想され、予断を許さない状況に変化はないものと思われます。」



 「…教育か…。誰が考えたのか知らないけど、勉強の前に最低限の生活くらい保障しろってんだよね…。」

 「うん、エリス…。あたし、学校って、行ったことないの…。私は捨てられた子だったから、国籍を持っていないんだよ…。だから…本当は、今頃は初等科の生徒として、友達もいただろうし、何かスポーツでもやってたかと思う…。」


 エリスは、彼女が寂しそうにそう語ったことに、強く胸を打たれた。


 「そうか…。お前…、学校に行ったこともなかったのか…。そういう意味じゃあ、何かとボロボロながらも、学校に通えてた私はお前よりは幸せだったってことか…。」


 「…。」


 曇った表情で、夕焼けを見つめる翡翠。

 彼女は知っている。友達の尊さ、仲間の大切さ。そして、“普通に生きること”の幸せを…。


 だが、翡翠はエリスが思う以上に健気かつ気丈で、そんな過酷な境遇に対し、さほど嘆く言葉を発しない。

 まだ10歳にしては、精神も志もかなり太いものを持っているようだった。これもやはり、ラリュスをはじめ、大人達に囲まれて育った影響だろうか。


 「お互いに在るモノを羨み、無いモノを欲しがっている…。」


 エリスはそう思った。翡翠のように、捨てられた子供だと物心ついてから知ったら、自分なら耐えられないだろう…。

 それでも生きようとする翡翠は、世の中の荒波を普通だと思ってしまったのか?それとも、逃れられぬ運命のもと生きていると察し、色々とあきらめているのか…?」



 夜の帳がおりてきた。

 エリスは、疲れ切った翡翠と共に、ラリュスの待つ家に向かって歩いていたが、二人ともクタクタであり、途中、人の気配のない廃屋の片隅に座り込んだ。

 翡翠はスヤスヤと眠ってしまったが、エリスは今日1日に様々な体験をしたため、神経が高ぶって落ち着けない。


 ぼんやりと月夜の空を眺めていると、背中を預けていた廃屋の中から人の声が聞こえてきた。


 大人の男達の会話が耳に入ってきたが、その内容を聞いたところ、何とここは、政府軍の兵士らが隠れ家にしている場所であるようだった。


 咄嗟に逃げようと思ってみたものの、エリスは、窓から漏れてくる話の内容に聞き耳を立てていた。



 「…まったく!毎度毎度“仕事”とはいえこんな役回り、つまんねぇったらありゃしねぇ…!」


 「そうだな。だがお前聞いたか?大統領はこの前、反政府革命団のある女とその子供に、懸賞金を付けて身柄の引き渡しを要求してるってこと…?」


 「はぁ?そりゃ初耳だな。ちょっと教えてくれねぇか…?」


 「何でもよう、”Unsung Dazzler”っていう革命団の中にいる“イリュン・ラリュス”っていう女が、かつての政府高官だった“バルク・アルデルス”の妻だったらしいんだ。ただ、アルデルスは結婚して間もなく、政府の指針に背いた罪で処刑されちまったんだ。…そんで、そのラリュスの連れ子共々、何年か国家的犯罪者留置所に拘束されてたらしいんだけど、その子供に、何か大きな秘密があるらしいんだ…。俺も詳しくはわからねぇんだが、ラリュスの身柄を引き渡せば向こう50年、そんで、その子供も差し出せば、100年以上遊んで暮らしても使いきれねぇほどのカネを約束するっていうぜ。」


 「マジかよそれ…!…しっかし、そんなの簡単に見つかりそうなのに、何で未だに捜してる状態なんだよ?」


 「まぁ、毎度のことながら暴動の規模が規模だからな。あのクソ忙しい中で、女一人、子供一人を狙い撃ちできるわけもねぇしな…。」

 

 「ああそうか。生かして引き渡すことが条件なのか…。」


 「そうらしい。ラリュスの率いる群衆は、強い統率力も巧みな作戦も持っている。俺達…あ、いや、政府軍も大統領も、厄介な虫だと思ってるに違いねぇな。…っていうか、ガキの方にどんな秘密があるのか、そっちの方が俺は謎だけどな。」



 「…そうだったのね…。この子…、政府軍に狙われている…。そして身柄を引き渡せば、一生遊んで暮らせるほどの大金を…。」


 この時、エリスに“魔が差した”とでも言うべきだろうか。途端に、平和だの幸福だの、そして民衆のためだのと、戦いに奔走することがバカバカしく思えてしまった。


 エリスは、強い葛藤に駆られた。

 「翡翠との友情を捨てて、自分はカネにもモノにも困らない人生を手に入れるか?」

 「それとも、あくまでも人々の未来のために銃を握り続けるか?」


 「・・・・・・・。」



 やがて夜も更け、辺りはすっかり暗くなった。

 か細い街灯の光だけが煌々と輝く街の中で、エリスは眠っていた翡翠の頬を平手打ちした。


 ピシャン!!「起きな…!!」


 「あっ…エリス…、ごめん、眠っちゃってたね…。」


 そう言うが早いか、エリスはおもむろに、レーザーハンドガンの銃口を翡翠の顔面に向けた。




 「な…なんのつもりよ…!?」




 「ええ。あなたを売れば、アタシは死ぬまで笑って生きられそうだからね!悪く思わないで!アタシだってあんたと自分の人生、どっちが大事かって言われたら、そりゃ、迷えないもん…!」


 「エリス…そんな…裏切るの…!?」


 「夢とか理想だけじゃ、世の中生きていけないんだからね。少しは現実を見つめて、私も正直にならなきゃ…って思ったまでよ。」


 「…エリス…、そんな…!!」



 不敵な笑みを浮かべたエリスは、銃のトリガーを引いた。

 

 しかしその瞬間、翡翠は体を躱し物陰に隠れた。

 そして翡翠は、エリスの手に持っている、レーザーハンドガンを自らの銃で撃ち落とした。


 「なな…っ…!!翡翠!?私と戦おうっていうの…!?」


 「当たり前よ!!私に銃を向ける人間は、たとえ大親友のエリスであったとしても容赦はしないわ!!」


 「こいつ…っ…!!生意気な口をききやがって…!!」




 咄嗟に落とされた銃を拾ったエリスは、闇夜の街で翡翠と銃撃戦を展開した。

 幼い頃から母親や団の仲間に銃の扱いを学んでいたためか、彼女のガンさばきは相当なものだった。

 あえてエリスをはずして撃っているようだが、時折、腕や足を熱線がかすめる。その度に服は破れ、裂傷を負った部分からは血が流れた。

 なおもエリスは銃を構え続けた。そして翡翠を狙い続けた。


 しかし、翡翠は必死に叫んでいた。


 「お願い!!エリス!!やめて!!こんなことして何になるのよ…!!」


 「あんたこそ観念しなよ…!!都合のいい幸福論ばっかり唱えて、恰好ばかり一丁前な正義を振り翳して、バカバカしいと思わないの!?」


 「エリス…!!…ウソよ…!!そんなのウソよ…!!」

 「エリスはそんな人じゃないわ!!エリスは悪に染まるべき人じゃないわ!!」

 「エリスは…エリスは…、私の、たったひとりの…“親友”なんだから…!!」



 「まだ無駄口を叩くか…!?このっ…!!」


 エリスは、翡翠が歩けなくなるよう、彼女の足を狙ってトリガーを引いたが、なぜか、熱線は発射できなかった。


 「…!?…な、何で…!?」


 「エリス…。その銃は、フォジス博士が作った特別なものなのよ。大切な相手を狙っても、決して致命傷を負わせることはできない造りになってるの…。だからもうやめて…!!ここまで一緒に来た私達は何だったっていうの!?エリスは人から受けた恨みや痛みを、そのままの形で返すような悪魔じゃないわ!!誰が信じなくても、この私だけは絶対にそう思ってる…!!」


 

 「…クッ…、翡翠…お前…。」



 「お願い…!こんな意味のないことはやめて、私と一緒に歩いて…!!…でも、どうしてもって言うなら、今すぐ私の首を絞めて…。エリス…、エリス…、…うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーん…!!」


 翡翠は号泣し、その場に崩れた。


 「…ど、どうしてお前は、こんな私をそこまで思うんだ…?」



 翡翠とエリスは、暗い公園のベンチに座った。

 レーザーハンドガンが使えなくなったのは、ソーラーバッテリーの電池切れが本当の原因らしいが、エリスにはあえてそれを語らない翡翠であった。


 翡翠は、これまでにエリスから聞いた彼女の波乱の生い立ちを例に挙げつつ、自分自身のこれまでを何一つ隠さず話した。


 「うん…。私は、ママと一緒になれてすぐの頃、真っ暗でジメジメした場所に、長い間閉じ込められていたわ。そして、その時、私は何かされてしまったらしいの…。」


 翡翠は、シャツを脱ぎ、上半身裸の姿をエリスに晒した。

 女同士とはいえ、こういう状況に戸惑うエリスだったが、翡翠の胸に、何かの傷跡が生々しく残っている様子が確認できた。



 「…この傷、時々、すごく痛むんだよ…。もう、何年も経っているのに、痛いんだ…。」


 エリスは言葉に詰まった。10歳の女の子が、まるで体を引き裂かれた痕のような傷を持っているとは、想像すらできなかった。


 「も、もしかして…、お前が狙われている理由は、その傷と何か関係があるのか?」


 「わからないの…。私は自分の意思で動くようになった頃には、もうこの傷があったから…。」

 「ママも、どうしてこんな傷がつくられたのか、わからないんだって…。」



 エリスは思った。こんな残酷なことをするのは、当時彼女を捕えていた政府軍の仕業に違いない…と。しかし些か疑問も浮かんだ。もしもこの傷が、拷問目的のものだとしても、その当時2~3歳であっただろう翡翠にこのようなことをしても、意味のない行為ではないか…?と。


 「ま、と、とりあえず…服を着ろよ…。女同士とはいえ、裸を見せられても…」

 「あはは…。そうだね。私、エリスみたいに、胸、おっきくないし…ね。」

 「クスッ…なに言ってるのよ。アタシだって威張って見せびらかせるほど、デカくないっつーの…!!」


 二人は笑った。

 「あははははははっ…!!」



 すっかり夜も遅くなった。

 ようやく家に着いたが、そこに明かりは灯っておらず、ラリュスの姿はなかった。

 恐らく、この日の騒乱の影響で、帰るに帰れない状況なのだろう。翡翠が言うには、こうしたことは日常的にあることだとして、エリスと共に、ひとつのベッドで横になった。



 翡翠は、先ほどの同士討ちをした際に、エリスに傷を負わせてしまった腕や足に、包帯を巻きつけていた。

 

 「お、おい…そんなこと…」


 「ううん。銃で撃っちゃってごめんね。本当は威嚇のつもりで、服だけを狙ったつもりだったけど、まだまだ私、銃の扱いが下手っぴだね…。」


 「あ、いや…元はと言えばアタシが…。」


 「気にしないで…。でも信じてたよ。エリスは、裏切り者になんて、なれないって…。」

 「どんなに自分に大金や名誉が舞い込むとわかっても、親友を捨てることだけは絶対にできないって、出会った時からそうわかってた。」


 「翡翠…お前…。うわぁーーーーん…!!!!」



 翡翠の暖かな想いに、エリスの涙腺は崩壊した。

 彼女を抱きかかえ、エリスは言った。


 「守ってやる!!お前のこと、絶対に守ってやる!!そして一緒に、平和な未来を…!!」


 


 エリスの腕の中で、翡翠は小さく首をタテに振った。


 そして、エリスはふと尋ねた。

 「な、なぁ…、お前の本当の名前は、何なんだ?そろそろ、“親友”だったら、教えてくれてもいいんじゃないか…?」


 「う、うん…。本当の名前って言っても、私を産んだ人がつけた名前じゃなくて、今のママ、つまり、ラリュス指揮官が名付けた名前だけどね。」


 「そうなのか…。…で、何て言うんだ?」



 「“ジェイド・エクセリア”よ…。あなたの名前である“エクセリュス”に似てるけど、これは、“素晴らしきもの”(Excellence)をもじって、名前に使われているわね。“ジェイド”は、私の瞳の色から、エクセリアは、素晴らしき未来を歩めるように…って、その言葉を参考につけられたのよ。きっと、エリスの両親だって、“エクセリュス”って名前に、同じような意味を込めたんだと思うわ。」


 「そ、そうだったのか…。あ、アタシは、ぶっちゃけ、今まで自分の名前の意味もろくに考えたこともなくてね…。あははは…。思わぬところで勉強になったわ。」


 「でも、この国が貧困と紛争の世の中から抜け出せないでいるから、子供の名前くらいは、未来あるように…って、どんな親でもそう思っているだろうね。」


 「そうだな…。じゃ、これからもよろしくな…。ジェイド…!」


 「こちらこそ…。エリス…。」



 二人は抱き合って一夜を過ごした。

 身分も生い立ちも年齢も違うエリスとジェイドが出会った奇跡。

 エリスもジェイドも、不思議な感情を抱いていたが、かけがえのない親友同士であり、固い絆で結ばれていることは、しっかりと知った。



 

 次の日の朝…。

 朝食を摂っていた二人は、テレビのニュースを聞き流していた。


 「おはようございます。7時のニュースをお伝えします。まずは、イクセリド国家情勢です。グロウバ政権による強権政治と、それに対する民衆の反発や反乱が規模を増す中、イクセリド政府は声明を発表しました。これ以降の反政府活動は、言論、武力を問わず、その全てを犯罪対象と扱い、反抗する民衆については、厳罰の適用も視野に入れているという意思が示されています。」


 「また、同時に、イクセリド政府軍はその軍事的勢力を現時点でおよそ58%以上喪失しており、これは国家内に於ける安全保障上の危機であると唱え、グロウバ大統領は同声明の中で、有事の際に於いては、超高火力光学兵器の運用もやむを得ないとしており、それまで条約にて使用を禁止されていた、核兵器相当の武装類を民衆の弾圧に用いる可能性を示唆しています。」


 「なお、本日0500時、イクセリド政府軍は民間に対し、反政府革命団”Unsung Dazzler”のリーダー兼指揮官である“イリュン・ラリュス”氏の身柄を拘束したと発表しました。ラリュス氏は民衆軍の中でも大きな支持を受けており、次期イクセリド大統領候補ともされていることから、グロウバ政権ならびにイクセリド政府は、ラリュス氏の解放の条件として、現政権とその指揮系統下への絶対的服従を強制するものとみられています…。」



 「マ、ママぁ…!!」


 「ちょ…!!ジェイド…!!あんたのママが…、ラリュスさんが捕虜になったの…!?」


 「わぁぁぁぁぁん…!!ママぁ…!!ママぁ…!!」


 泣き叫ぶジェイド。その時、自宅を、団員の一人であるシフィアが尋ねた。


 「おう!知っていると思うが、ラリュス指揮官が政府軍に拉致された。奴らの要求は、彼女の身柄と引き換えに、国家への絶対的な服従を…としているが、その実は、恐らくジェイドをおびき寄せるための作戦だと思われる。至急、ラリュス指揮官を救助に向かうんだ!さぁ!外の車に乗ってくれ…!!」



 車の中でエリスとジェイドに手渡されたのは、フル充電されたレーザーハンドガンだった。このたった一丁の銃が、命を守る盾になる。民衆と政府軍の衝突はこれまでにない規模の凄まじいものになるのは予想に難くない。

 恐怖に慄くエリスとジェイドだったが、ラリュスを救わねば、この国の未来は闇に閉ざされてしまう。

 そして同時に、自分達の人生までも…。



 すでに乱戦状態となっている都市部で、シフィア達の乗った車はミサイルの直撃を受けてしまった。本来であれば、ラリュスが捕らえられている政府軍の真の拠点、イヴェルア山の山頂に直接向かうつもりだったが、やむを得ず、3人は銃撃戦を展開した。


 「俺は仲間を連れて後から現場へ向かう!お前達は何とか山頂を目指して戦線を突破してくれ!」


 政府軍と民衆の兵器同士がぶつかり合う、未曾有の戦場を潜り抜けることになったエリスとジェイド。常にお互いを庇いつつ、死と隣り合わせの戦火の中を走り回った。


 だが、徐々に追い詰められた二人は、体力もハンドガンのエネルギー残量もわずかとなり、このまま敵に撃ち殺されるか…という状況に陥った。


 「ジェイド…!!力を出し切れ…!!とにかく逃げるのよ!!奴らを振り切れ!!」



 二人は、追手を銃で威嚇しつつ、力の限り走り続けた。

 そして、目の前に見えたのは、どこへ繋がっているとも知れない、線路と貨物列車の貨車であった。

 敵の目を晦ますためにと、咄嗟に藁の積まれた貨車に飛び込んだエリスとジェイド。幸いにして、敵は彼女らを見失ったとして退却したが、迂闊に飛び出せば、もう体力のない自分達は確実に撃ち取られてしまう。


 よく見ると藁に紛れて、数多くの軍事兵器が隠されるかのように積載されていた。

 恐らくこれは、政府軍が秘密裏に製造を続けている、戦争兵器類を運搬する車両なのだろう。国際条約で戦争兵器の製造は表向きには禁止されているが、グロウバ政権なら、その約束への裏切りも容易いだろう。

 エリス達は、妙に納得した。


 やがて、列車は走り出した。

 どこへ向かうのかは、わからない…。


 しかし、エリスとジェイドは、藁の中で抱き合ったまま、言葉を交わすこともなく、ただひたすら、逃げ延びることと、これ以上の乱戦を免れるべく、列車の揺れに身を委ねる他なかった…。




 …どれほどの時間が過ぎただろうか…。


 二人は、静けさの漂う場所に身を置かれていることに気づき、ふと、藁の中から顔を出してみた。


 …そこは、人々が「暗黒の山」と呼ぶ、イヴェルア山の山頂付近だった。

 この山は常にどす黒い雲に包まれており、太陽の姿を見ることはほとんどないという、まさに“闇のいただき”なのであった。


 そして、軍部中枢に近い広場には、銃を構えたひとりの男と、磔にされたひとりの女性の姿が見えた。遠巻きにそれを見ていたジェイドは、女性の姿を見て驚きの声をあげた。





 「ママ…!!」



 

 「な、なんだって…!!」











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