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Chapter 03:「沈黙のジェノサイド」

メグとの一件からおよそ1年経過した。エリスは高等部でも執拗ないじめを受け続けており、心は日を追うごとに荒廃し、やがて周りの人間すべてを憎しみ、敵視するようになった。

そんな中、修学旅行への参加を促されるが、いじめを受ける絶好の舞台になってしまうため…と、参加を拒むものの、無理にでも連れていかれそうになったため、エリスはその前夜に逃走する。


夜の街で出会った謎の男は、エリスの胸の内を事細かに聞いてくれた。

妙に同情的なその男は何者だったのか…?


そして、一夜明けたその日、驚愕する程度では済まない、大事件を目の当たりにする…。


事件の事情から、逃亡する身になったエリスは、翡翠の瞳を持つ謎の少女と、その母親に出会い、手厚い看護を受けるが、翡翠の瞳の少女も、その母親も、何か幸せの裏に隠してある深い事情を抱えていることを察知するが…。


エリスは、ふたりの抱く想いを信じて、不幸の国を築いたイクセリド政府と戦うことになる…。




Chapter03:沈黙のジェノサイド


 時は流れ、エリスは高等部2年生の生徒となった。

 しかし、依然として彼女は、クラスメイトらと上手く交流できず、日々、学校に通うごとに、心に痛みを抱えるようになっていった。


 生徒A「エリス!お前、淫行少女なんだってなー!知ってるよ!中等部の頃、お金目当てに男子生徒と裸の付き合い何度もやってたってなー!」


 生徒B「そうそう!そうなんだよなー!それで性病伝染されて男に逃げられて、停学食らったんだよなー!」


 「あはははははは・・・・・!!!!」



 陰口では飽き足らず、エリスの目の前でそんな言葉を放つ同級生ら。

 当初は、自分で蒔いた種だから…と、ある程度は聞かぬふりをしていたものの、そのうち、そんな生徒らを憎しみの対象として見るようになっていた。


 「…ンだとぉ…!?アタシの苦しい毎日も知らねぇで…!!この野郎ぉ!!」


 「バチーン!!!!」


 …エリスの平手打ちが飛ぶ。時に、拳も飛べば、足も飛ぶ。




 エリスは、からかったり、いじめたりする相手を攻撃するようになっていた。

 しかも、エリスの怒りは一度暴発すると止まらない。

 烈火のごとく怒り狂い、時に相手を半殺しに追い遣ることすらあった。


 ところが…。


 学校側では、あくまでもエリスに非があり、狼藉の責任は彼女のものだ…と、ろくにエリスの心情も察しない、話も聞かないで、一方的に悪者として扱った。

 何度かエリスの家庭(母親)にもこのことが伝えられ、「次に何かやったら退学処分だ!」と言われることになってしまった。


 エリスの母親もまた、もはや16歳となった彼女にあまり干渉しなくなっていた。

 「最低でも高等部だけは卒業させてやる…」と明言していて、その理由としては、高等部を卒業していないと、仕事の口がないから…としていた。


 だがエリスは知っていた。

 どんなに一流の学歴を持った人間でも、今のイクセリドでは、汚れ仕事ですら、就ければいい方なのだということを…。


 それに、先輩女子からの受け売りだが、エリスにはこういう考えがあった。


 「たとえ、自分の学年の生徒全員が、常に100点満点を取るような優秀な人間ばかりで、学力も素行も、一切の差がないような状態であったとしても、次に進むべき大学や会社などの定員には限りがある。それゆえに、仮に力の限り勉学に勤しんだとしても、最後の最後には、どうにもならない理由で人は差別されてしまう…。」と…。


 このことは確かに真実ではある。しかし、大人はそれを知っていても、愚直に勉強しろだの、友達と仲良くしろだのと、堅苦しいセリフしか話せない。

 ましてや、いじめてくる生徒を諫めず、それに抵抗した自分を悪者とする教師らは、まさにエリスにとって、消えてほしい人間の最有力候補だった。




 彼女は、家庭の貧困やいじめに苦しみながら生きている。

 だが、そんな彼女に救いの手を差し伸べようとする大人はいない。

 そして、大人を信じることもできない…。


 全ての人間が敵のようにしか見えないため、友達もいないまま、いつしか人との交流を避けて生きるようになっていた。




「自分は何一つ恵まれてはいない…。」


 汚れた服を着て、淀んだ目をして歩くエリスは、度々己の人生を振り返り、その生い立ちの無様さに悔しさに臍を噛んだ。


 女の子として生まれながら、オシャレの一つすら満足に楽しめないまま、今日明日を食い繋ぐことばかりに追われ、学業も色恋もまともに体験した試しがない。



 いじめと、それに関わる他者との縺れは日を追うごとに泥沼の様相を呈していき、やがてエリスは、そんな学校の連中を恨み、憎み、そして一切の付き合いを拒絶したがるようになっていた。





 そんな時、徐々に学校では修学旅行の日が迫りつつあった。エリスの母親は、なけなしの金をはたいて彼女を旅行に参加させようとしていたが、既に心の傷の深いエリスは、それを頑なに拒んだ。


 しかし、なおも彼女の現状に理解のない親は、無理にでも旅行に参加させようと様々な手を打ってきたが、それはただただ、傷口に塩を塗るだけであり、やがて、彼女の精神は破滅寸前まで追い詰められた。


 実際、中等部時代も修学旅行の時は様々ないじめを受けた。

 汚い女だから廊下で寝ろ!と部屋を追い出されたり、生理用品が不足した時、何一つ分けてもらえなかったり、さらには、男子部屋に行って性行為して、土産を買うカネを巻き上げて来い!と言われたり…。


 そんな苦痛以外の思い出がないため、高等部での修学旅行など、わざわざ貧乏な我が家が、無理なカネを作ってまで参加しても意味はない!…と訴えていたのだが、古い考えの母親は「一生に一度の思い出だから…」と、意地になってしまっていた。





 「…こんな家庭なんて捨ててやる…!!」




 修学旅行出発の前夜、エリスは家族の目を盗み、あてもなく夜の街へ駆けて行った。そして、酒の匂いが漂う危険な繁華街、またの名を「ダーク・ファンタズム」と呼ばれる無法地帯へ入り込んだ。そこでは、薬物密売、売春、人身売買などが毎夜のように行われているスラム街であり、国家当局もこの町の存在と実態を知りつつも、今は何も手を打とうとしていなかった。




 エリスのような少女はたちまち男に買われて、性の玩具にされるだろう。その恐るべきリスクも知っていたが、もはやエリスの中には、失うものもなく、得られるものもないと、やぶれかぶれな心の荒廃があった。


「もう、どうにでもなりやがれ…!私ごときがどうなろうと、誰がどう心配するというんだ…!」






そんな面持ちで裏通りを歩いていた彼女は、とある男に呼び止められた。




エリスは怪訝そうな表情で男を見つめてこう言った。


「フン…!悪いが、アンタみたいな野郎に買ってもらおうなんて思わないわ!」




 それを聞いた男は笑った。


「ガハハハ!俺はおめぇみてぇなションベンくせぇ小娘を買うような趣味はねぇぜ!…それより、何でおめぇはこんな薄汚ねぇ所をうろついてやがんでぇ?」




 一瞬、その汚いセリフに顔を能面のような形相にしたエリスだが、この際、自分を売って一人で生きるためのカネを稼ぐ練習でもしようか…と、かすかに思いが過った。




 エクスと男は、薄暗い路地裏の一角に腰を下ろした。そして、彼女は思いつめた気持ちの吐き捨て先もなかったため、男に、自らの事情を訥々と語り始めた。


 男は酒とタバコを片手に彼女の話を聞いていた。男の風貌から、エリスのような少女を捕まえないわけはない…と思っていたものの、気が付いたら身の上話を事細かに男に語っていた。




 「ヒック…!…なるほどねぇ…。いじめと暴力と、聞く耳持たぬ大人どもか。それで、みんな死ねばいい…ってわけか。」


 「うん。アタシ、あんな連中と一緒に学校で同じ空気を吸いたいとは思わない。勿論、修学旅行だなんてもってのほかよ!アタシにどんな嫌がらせをしてくるか、想像しなくてもわかるってものよ。いっそのこと、みんな、旅行に行ったきり帰ってこなきゃいいのよ。」




 男は何かを納得したかのような表情を一瞬浮かべた。


 そして、エリスの表情を見つめて、こう話した。




 「嬢ちゃん。わかるぜ、その気持ち。俺もよぉ、おめぇくらいの頃、同じような思いをしたんだ。だからそれっきり、人との絆だの繋がりだのってのを信用するのをやめたんだ。無論、幸せにすると寝言をほざいている神だの何だのとも手を切った。そして俺は、この不幸を作った連中…つまりは、この国の偉そうな奴らを困らせることに生き甲斐を感じるようになったのさ…。おっと、あまりこれ以上は話さないでおこう…。」




 「あなたは、それで平気なの?頼る人も、知っている人もいない人生が死ぬまで続くこと、怖いって思ったことなかったの…?」




 …すると男は、酒を少し口に含み、彼女にこう返した。


 「ん?おいおい、みんな死んじまえばいいんだったら、どうしてそんなセリフを吐いちまうんだい?それはきっと、おめぇの中に、まだ弱い自分がこびりついているってことだろうな…ハハハ…!」


 エリスは少し赤面した…。

 気まずくなり、照れくさそうに、男に質問を投げ掛けた。


 「おじさん…。おじさんはここに生きていることに、本当に満足しているの?」




 「さぁな。俺は俺で、流されるがまま生きているつもりだ。この町の夜には、欲望が無数に渦巻いているのは、見ての通りだろう。騒いでいる奴、酒に酔う奴、暴れるだけ暴れる奴、オンナを抱こうとしている奴、オトコを金蔓にしようとする奴…とかな。夜っていう時間には、ともかくも数えきれねぇ“人の欲望”ってものが乱れ飛んでいるのさ。だからこそ、その中で一つの精神を保つことは難しい。俺の荒んだ過去を慰めてくれる唯一の存在は、この夜の闇ってことだ。」


 「纏まりのない夜の時間こそが、傷ついた人間には癒しのクスリになるってわけよ。」




 エリスは少し神妙な表情で男の言葉を心に刻み込んだ。


 「おじさん…、おじさんは変わり者だね。アタシを見ても、ホテルに誘ったり、危ない話を持ち掛けたりしない…。ぶっちゃけ、見た感じ、そんな紳士には見えないんだけどなぁ…。」




 「ガハハハ!こりゃ傑作だ!オメェはいいとこに気が付いたもんだ!」


 「えっ…!?ど、どういうこと?」




 「そうさ。オメェくらいの歳の人間は、ルッキズムとか馬鹿げた考えに支配されて、人を見た目でしか判断できねぇことがよくあるだろう?俺だってそれで随分な損をさせられたものさ。」


 「けどな…、そういうことを言っている連中に限って、自分がどれだけ醜いものなのか、ちっともわかっちゃいねぇんだ。大体考えてもみなよ。例えばオメェに“不細工”と言った奴が、逆にオメェからそう言われたら、絶対に平気なわけねぇんだ…。10代の心の中だなんてそんなもんさ。アイドルやらアニメやらの“理想”に目が眩んで、人間の中身をチラリとも考えねぇ、愚かな野郎に堕ちてしまっているものだ。」




 「うん…。アタシこそゴメン…。おじさんを最初、見た目で悪い人だって思ってた…」


 「ヘッヘ…気にすんな気にすんな!俺はそれでいいって今は開き直っているんだから何とも思っちゃいねぇよ。」




 「…それよりも嬢ちゃんよ、オメェが願っていることは、決して冗談とか寝ぼけた話じゃないってこたぁ、いまハッキリと知ることが出来たぜ。」


 「…で、もしもその願いが叶ったとしたら、オメェはその先、どう生きるか…だ。学校どころか、下手すりゃ家族さえも見捨てる覚悟が必要かもな。とはいえ、自分をいじめ尽くしてきた連中が本当に地獄に落ちたら、その時だけは心の底から“ざまぁ見ろ!”と叫んでやりな。人を傷つけたり苦しめたりした奴は、必ずその報いを受けるってのはこの世のサダメなのだからな…。」


 「そうさ。自分を悲しませた連中に、もはや慈悲も情けもいらねぇってこったな。」




 エリスは少し不気味な何かを感じたが、そうこうしているうちに、雨が降り出した。


 「わああっ…!どうしよう…!」


 すると男は、彼女の手を取り、間違っても綺麗とは言えないあばら屋の倉庫に案内した。そこは男が今日までねぐらにしていた場所だというのだ。


 妙な臭いも漂う薄気味悪い場所だったが、他に行ける場所もなく、エリスは中へ入った。




 「とりあえず、ここを自由に使いな!ひとまず、何日かぶんの食い物なら蓄えてある。この場所に用がなくなったら、ここはほったらかして、お前が行くべきところへ行きな!」


 「あ、あの…おじさんは…?」




 「ハハハ…!実はこんな俺にも仕事があってな…。その都合で、今夜でこの町を離れることになるんだ。もう、嬢ちゃんには会えなくなるとは思うが、何があっても、自分を捨てちゃいけねぇぜ…!そして、くだらねぇ法律やらしきたりやらに愚直に従うんじゃなくて、オメェにとって一番、生きやすい生き方を、ゆっくりと見つけるんだな。」




 …そう言うと、男はエリスの右手に「レーザーハンドガン」の小型版を渡した。


 「この町は物騒だ。ましてやオメェのようなお嬢様は、悪い男にも、くだらねぇ正義面野郎にも目を付けらちまうぜ。これは護身用のガンだから、人を死なせるほどの力はねぇが、それなりにオメェのお守りを務めてくれるはずだ。」


 「ともかくも、いじめられた悲しみも悔しさも、絶対忘れちゃいけねぇぜ!!」


 「それがこれから先、お前を守る一番の盾にも武器にもなるんだからな!!」




 「…人生を汚す奴らに負けるんじゃねぇぞ…!じゃあな!!」


 そして男は、土砂降りの雨の中に、傘もささず消えていった。




 不思議な男だった。


 16歳の自分を襲うこともなく、人生を諭してきた。しかも、自分の目線で…。




 考えてみれば、今まで出会ったことのない大人だったように思えた。


 錆びた鉄板の屋根に打ち付けるスコールの音は、奇妙な胸騒ぎを掻き立てたが、この日は、疲れ切ってしまい、お世辞にも思春期の少女が寝泊まりするに相応しいとは言えないこの部屋の床に敷かれた雑な寝床へ倒れ込み、そのまま朝を迎えた。部屋の片隅には、まだ一応食べられるであろうパンや缶詰などが散らばっていた。エリスはそれをいくつか口に入れた。また、部屋をよく調べたら、小銭や傷薬、果てにはコンドームやピルなども見つかった。彼女は「必要になることはないだろう…」と思いつつも、黙ってそれをポケットに入れた。どう考えてもあの男が自ら買ったとは思えないのだが…。






 …そして次の日…。


 予定では、今日の午前にも、生徒も教師陣も、一つの飛行機で修学旅行へ旅立つ。


 無論、見送る気などないが、家に戻ることもできず、昨夜の寝床を抜け出して、賑やかな電気街をフラフラと歩いていた。




 その時だった。


 街頭モニターが、けたたましい声でニュース速報を流していた。


 エリスは思わず立ち止まって、その画像に目を留めたが、彼女はそこで、驚愕の事実を知った。






 「…繰り返しお伝えします。本日1230時、ルーリア海上空を飛行中であった大型旅客機が、空中爆発しました。爆発した現場はイクセリド国の南西およそ1200キロ沖であり、現場へ救助隊が急行していますが、乗客乗員およそ380名の生存は絶望的であると報じられています。なお、この旅客機には、イクセリド私立聖リクレアーナ高等学校の修学旅行生と教員らが搭乗しており、懸命の捜索が続けられていますが、現時点では、まだ一人の生存者も発見できていない状態であるとのことです…」




 「なお、この爆発は爆弾テロによるものと推定されており、爆発事故の1時間ほど前に、政府広報機関へ犯行声明と思われる文書が届けられていたことが判明しています。警察機関の調査では、このテロ事件には反政府組織“D.E.J(Defeat Egoic Justice)”の関与があるとされており、主犯格である”デルガ・ヴィオス“容疑者が国外逃亡したとの情報もあり、計画性の高い犯行であることがうかがわれています。」






 そして、衛星画像が映した現場の状況を見たエリスは、思わずその惨状に戦慄を覚えた。


 散らばった機体の破片の中には…




 見覚えのある制服…


 見覚えのあるかばん…


 そして、見覚えのある荷物…




 そう。彼女が密かに心で囁いていた「みんな死ねばいい」は、現実のものとなってしまった…。




 その時、昨夜あの男が言っていた言葉を思い出した。「報復を果たしたら、心の底からざまぁみろと叫んでやれ…」と…。




 しかし、脳裏に浮かんだのは、それまで自分が呪っていたクラスメイトや先生達の、笑顔や穏やかな表情ばかりだった。


 しきりに、心の底から嘲笑してやろうと思った。…しかし、エリスの顔は硬直し、笑いにも悲しみにもならない、謎の感情だけが全身を包んだ。


 「良心の呵責」とは、このことなのか…?



 そして、昨夜出会った男は、実はこの事件を首謀していたテロリストであり、かねてより政府に対する威圧行動の容疑で、すでに国際手配されていたが、行方を晦まし、あの町に身を潜めていたらしい。テロの実行が目的なのだとしたら、エリスを手籠めにする必要がない理由が、わかった気がした。




 …だが…。






 「みんな死んでしまった…。」

 「みんな死んでしまった…。」

 「みんな死んでしまった…。」






 現実に有り得るわけがない…と思っての言葉だったため、それがリアルとなったショックは計り知れなかった。


 彼女の本心としては、何も死を以て罪を償えとは言わず、普通に仲良く、学校生活を送れればいい…というのが理想だったのだ。


 偶然の出来事ではあるのだろうが、彼女は、様々な意味で、自らが逃げたことに安堵した。もし修学旅行に同行していれば、皆と運命を共にした。それが嫌で逃げ出した結果、難を逃れたが、それが今になって、ゆうべ聞いた男の話とリンクしていく…。




 あの男は預言者だったのだろうか…?


 あの男は死神だったのだろうか…?


 あの男は私の運命を知っていたのだろうか…?




 様々な憶測が頭を過るが、結論は出ないままだった。




 消沈の意を隠せないまま、町をトボトボと歩いていたら、SNSを利用している若者らが、何やら騒いでいた。




 「飛行機テロで修学旅行生全員死亡。…しかし1人だけ生きている…」




 そんな言葉がトレンドになっていた。




 つまり、学校側でも、修学旅行にただひとり参加しなかったエリスのことを把握していたため、少なくとも彼女だけは生きているはずだ…と、捜索の網が張られている様子だったのだ。




 さらに、覗き見したスマホに並んでいたのは、彼女にとってはおぞましいことこの上ない言葉ばかりであった…。




 「それっぽい女の子が夜の街を歩いていたのを見た…」


 「一人だけ生き残るつもりでテロリストと手を組んでいた…」


 「つまりその少女もテロリストの一員である…」




 ネットではたちまちこのような噂が広まり、その後、エリスの所在を捜索する警察隊が町をさまようようになっていた。




 「あの場所に戻ることはできそうにない…」




 そう思いつつ、人気のない繁華街を歩いていたが、突如、大声が耳を劈いた。


 「いたぞ…!あそこだ!」




 駆けつけてきたのは捜索隊の人間であった。しかし彼女は咄嗟に思った。ここで彼らに捕えられれば、再び自らの自由や理想は、破滅へと近づいてしまう…と。


 そしてポケットから取り出したのは、男から授かったレーザーハンドガンであった。


 エリスは、己が再び“つまらない大人”の操り人形になることを強く恐れ、その銃口を捜索隊に向けてトリガーを引いた…。




 「うあああああっ…!!」




 突然のレーザー銃の音と悲鳴は、周囲の人間をも巻き込んで大騒ぎに発展した。エリスは無我夢中で、追手をレーザーで撃ち、どうにか振り切った。




 そして、いつしか、かつて民衆と政府軍の激しい衝突にて廃墟となった場所へと足を踏み入れていた。人の気配はないが、もはやエリスには、逃げ続ける力は残されていなかった。




 ぐったりとした表情で、瓦礫を背に腰を下ろした。


 すると、突如彼女に声がかかった…。


 エリスは反射的に銃を構えてしまったが、その声の主は、10歳前後の少女であった。




 「はっ…!!あ、あなたは…!?」




 「お姉ちゃん、けがをしているね。おうちにおいでよ。ママが手当てしてくれるから…」




 翡翠の瞳が印象的な少女。穏やかな彼女の名前も聞く余裕もないエリスであったが、とりあえず、彼女は自らを捕えようとしている者ではないと確信できた。




 翡翠の瞳の少女に手を繋がれ、夕暮れの中に浮かぶ瓦礫の海を歩いた。


 そして、おもむろに少女は、エリスにこう言った。




 「お姉ちゃん、とってもつらかったんだよね。私も、とってもつらかったから…」




 「そ、そうなのか…?と、ところで…お前は私をどこへ連れて行こうとしているんだ…?」








 「お姉ちゃん、お名前は何ていうの?」








 「あ、アタシか?…。エ…エクセリュス。本当は、"エリス・エクセリュス・リウスライア"って言うんだけど、長いから“エリス”って呼んでくれていいよ。」




 「あはははは…!何だか変わってるね!」




 「…??」




 エクスは不思議な気持ちを感じたが、翡翠の瞳の少女に連れられるがまま歩いた。




 その手はとても小さかったが、ほのかな温もりが、強く心に伝わってきた。





 「あたしのおうちにおいで。お姉ちゃん。ママもきっと、歓迎してくれるよ。」




 「そ、それはありがとう…。な、なぁ、お嬢ちゃん…。な、名前は?」




 「・・・・・・。」




 翡翠の瞳の少女は、エリスの質問には沈黙した。


 何か深い事情を抱えていることは間違いなさそうだが、いまはそれを詮索している余裕はなく、招かれるがままに、小さな家のドアをノックした。




 「おかえり。あら?そちらのお嬢さんは?」


 「ママ!このお姉ちゃんは、エリス。けがをしていたんだよ。どっか大変な場所から逃げてきたらしいんだ…。」


 「まぁそれはそれは…。今すぐ手当しますね。少しそこに座ってお待ちください。」


 「は、はぁ…ありがとうございます…。」




 膝や腕にいくつもの傷があったが、翡翠の瞳の母親は、丁寧にエリスのケガを手当てした。



 「ど、どうもありがとう…。」



 「初めまして。私は”イリュン・ラリュス”と言います。反政府革命団"Unsung Dazzler"のリーダーを務めています。もしもあなたも、この度の衝突で行き場を失ったのだとしたら、ここを暫しの住処として、私達に甘えてくださいね。」


 …生きていて初めて聞く上品かつ暖かい言葉…。


 傷の手当てが終わると、ダイニングに呼ばれ、あまり豪華ではないが、エリスにとってはご馳走と言えるような食事を用意してくれた。



 「ほ、本当にこれを私が頂いてよいのですか…!?」


 「ええ、もちろんですよ。私達は、困る人を決して見捨てないことをポリシーに生活していますからね。それで、もしもよろしければ、あなたの今置かれている状況などを、話せる範囲で構いませんので、教えて頂けますか?」


 「は、はい…。」



 エリスは、これまでの出来事や自分の境遇などを包み隠さず語った。


 すると、ラリュスも…



 「そうでしたか…。それはどれほど辛かったことか…。実は私も、幼い頃に両親に捨てられまして、その後、孤児院で育っていましたが、縁あって政府高官の夫と結ばれました。しかし、その夫は、現グロウバ政権の批判をしただけで、極刑に処されてしまいました…。悲しみに暮れる毎日でしたが、この狂った政治と国を変えるためにと、私は同じ気持ちを持つ仲間を募り、政府軍に対抗する力と人材を蓄えておりました。」



 「もし、私からお願いできることがあるとしたら…、あなたも、私達のメンバーに加わってくれないか…と申したいのです。もちろん無理にとは言いません。ですが、私はあなたから、何か感じるものがあります。あなたは、確かに波乱の生涯であったことは真実でしょうが、こうして頑なに生きようとしている姿からは、未来をあきらめない気力が伝わってきます。」



 …エリスは少し黙り込んだが、ラリュスの言葉に偽りはないと、この時初めて、大人を信じて、共にその活動に加わる旨、返事をした。




 「ねぇエリス!あたし、ずっとお姉ちゃんが欲しかったんだ!だからエリスとあたしは、きょうだいのようにしていこうね!」


 「あ、あぁ…それはいいんだけど…。」


 「お前の名前は何と呼べばいいんだ?」



 エリスの言葉に、翡翠の少女は俯いた。



 「本当は、名前なんてないんだよ…」

 「あたし、捨てられてた子だからね…」



 「…えっ…!?」




 突如、泣きそうになる少女。

 エリスはひとまず、場を取り繕うつもりで…


 「じゃ、じゃぁ、きみのことは、翡翠ちゃん…って呼ぶわね。どうかな?」



 「うん…!いいかも!」





 翡翠の瞳の少女と、その母親。

 ふたりには、何か想像に余る過去がありそうだった。


 疲れ果ててベッドで眠るエリスの隣には、気づけば翡翠の姿があった。

 突然、姉が生まれた(?)かのような喜びようで、思わずエリスも可愛く思えて、翡翠の頭を撫でていた。


 思えば、誰かと一緒に寝るなど、不純な付き合いでそうした以外に、体験したことはないエリスだった。




 そして朝が来た。


 「おはようございまーす…」


 ラリュスが朝食の用意をしている。母子家庭ながら、暖かな声と笑顔は美しかった。


 エリスは、ふたりは至って普通の幸せな母子にしか見えなかったが…。




 テレビのニュースが流れたその時…


 部屋に緊張が走った。



 

 「臨時ニュースです。本日0700時、イクセリド政府軍は、政府抵抗組織ならびにそのデモ隊に対し、無差別攻撃を行い、少なくとも140名の死者が出たとの声明を発表しました。デモ隊との衝突が発生しているヴィアド地区では、現在も政府軍と抵抗する市民との交戦が続いておりますが、政府軍の一方的な兵力が優勢となっており、この衝突にて発生する犠牲者は、さらに大規模なものとなる見通しです…」




 「大変だわ…!!エリス!お願い!私達と一緒に現地に向かって…!!」



 「えっ…!?な、な、なにがなにやら…!?」



 「ついてくればわかるわ…!!既に私達のメンバーは動いているだろうから、現地で合流して、何としても政府軍を止めなければ…!!」




 そしてエリスには、戦闘用の「レーザーハンドガン」を手渡された。


 「もしもあなたが襲われたり狙われたりしたら、躊躇いは無用よ!私達も力を示せない限り、この国に未来はないわ!!」





 翡翠の手を取り、朝食を無理やり腹に押し込んで、車で一路、暴動の現場へ駆けつけた。


 そこには、リアルで展開されている、血と炎が乱れ飛ぶ恐るべき世界が広がっていた。


 エリスは、"Unsung Dazzler"の男性メンバーら数名と顔合わせして、自己紹介もそこそこに、作戦の説明を受けた。


 「俺はシフィア。主に作戦の指揮を執る者だ。早速だけど、エリス達は西側から敵の旗艦に迫っていってくれ!俺たちは民衆を退避させる。その間、奴らを撹乱させて時間を稼いでくれ!!」




 突如、戦いの渦中へ放り込まれたエリス。

 そのパートナーは、10歳の翡翠の瞳の少女のみ。


 だが、ラリュスらの心に賛同し、共に貧困と暴力の国を変えたいと手を繋いだことを思い出した。





 当然、政府軍の攻撃を受けたら、命の保証はない。


 しかし、エリスにとって、自分を苦しめる存在は全て敵。




 迷いも不安も抱えつつ、彼女は、最初の標的に、銃の照準を合わせた…。













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