Chapter 02:「不浄と不義の狭間にて」
ふとしたきっかけで出会った、地下アイドルグループの一員である「メグ」と打ち解け合ったエリス。
メグもまた、これまでの生い立ちの中に様々な波乱を持っていた。
そして、地下アイドルがその本人や運営者の儲け(貧困からの救済という表向きの理由)のために、少女の"性"を商材にしていることを知らされる…。
ただひとりそんな風潮に抗って生きているメグは、まだ幼い少女であるメンバーを正しき道へ戻し、地下アイドルの世界に蔓延る悪しき慣習を断ち切るべく、エリスと手を組む…。
Chapter 02:不浄と不義の狭間にて
偶然知り合った同い年ほどの少女「メグ」は、エリスがアイドルになりたい…とこぼした一言に対し、突如、冷徹な態度を見せ、言葉を尖らせた。
「アイドルなんてなるもんじゃないわ。あなたが、女性として大切に生きたいんだったら…ね。」
メグの言葉には何かありそうだ…と察したエリスは、すぐさま人の気配の少ない場所へ歩き、そこで、彼女の思いを打ち明けてもらうことにした。
「…そうねぇ。まぁ私は、12歳で"Purple Snow"(以後、パースノ)に入って、今は最年長メンバーになっちゃったけど、これまでに何人もの女の子が入っては辞めていったのよ。」
「え…?それってやっぱり、お仕事とかレッスンがきついとかなの…?」
「それならまだいい方よ…。ってか、レッスンなんてあってないようなものだったわ…。一定以上の美形っていうかルックスさえあれば誰でも合格よ。私達が地下アイドルだってのを承知でオーディション受けに来るし…何だったら親が子供を連れて“売りに来る”くらいだわ。本気でスターになりたいって思ってる子もいれば、家族の生活のために仕方なく…って子もいてね。ホント、様々だわ。」
「そっか…。12歳前後じゃ、働くこともできないし、ましてや“大人のお店”にも行けないもんね…」
「うん…。ま、それもあるけどね。でもエリス、どうしてこの国には、地下アイドルが掃いて捨てる程生まれて消えているか、わかるかな…?」
…エリスは静かに首を横に振った。
すると、メグはポケットから小銭を取り出し、近くの自販機から温かいコーヒーを買って、その一本をエリスに手渡した。」
「ま、それ飲みながら聞いてよ。話は長くなるから…。」
メグは闇に包まれた空を見つめながら語った。
「かつて、このイクセリドが、“アイガライヴァ連邦国家”っていう、王政統治された強大な軍国だったってことは、学校で習ったわよね。その時代は、富国強兵を掲げて、悪政が繰り返されて、人の暮らしはどん底まで貧しくなったのよ…」
「けれど、そんな連邦国家を統治する時の首相を倒したのが、今のイクセリド大統領である“ゲルツ・グロウバ”その者なのよね。この電撃的な革命で、イクセリドはアイガライヴァの強い統制下にあった小さな都市だったのが、後にイチ国家として独立して、次第に国民の暮らしも豊かになりつつあったのよ。一時期は、いわゆる“ジャパン”って国で言う“バブル景気”ってのが押し寄せて、誰もがお金を持っていて当たり前な時代があったわ。現に、あたしの親だって、その世代だったから、今の若者…特に、少年とか少女が生きるために苦労している事実を、理解しようとしないのよね。未だにあの頃の夢に酔い痴れているわ。」
「…でも、事態は一気に変わったのよ。4年前に突然流行した感染症"N.S Virus"は、あらゆる人の命を奪って脅かして…、程なくして経済をマヒ状態に陥れたのよ。で、その時、グロウバ政権は、後になって揶揄される“グロウバマスク”と言われる粗末なマスクを2枚国民に配って、思いっきり税金を無駄遣いしたのよ。そう。使い物にならないマスクに血税が使われたこともそうだけど、一部の企業と裏で手を組んでいて、その結果利権が乱れ飛んで、国の財源が一気にピンチになったのよね。」
「…で、国民からのバッシングを鎮火させるつもりだったのか、一度だけ無条件に給付金を支給したけれど、それも焼け石に水だったわね。何か月もの経済麻痺は、政府の想像以上のダメージを受けていて、人の暮らしは、またも底なし沼にはまっていったわ…」
「そこで大統領は強硬策として、あらゆる人間の外出禁止…つまりロックダウン的なことを国民に強いて、その間に“国ごと物理的に消毒する”みたいなことをしたのよ。あなたも記憶にあると思うけど、あの時は“自由の侵害”だとして、大きな反発もあったでしょう?」
「…けど、結果的にそれで、感染症は収束して、国民からも他国からも大統領は称賛されて、ちょうどその頃にあった大統領選挙では、確か93.7%の支持率を得ていて、誰が立候補しても絶対に勝てないほどのカリスマ性っていうか、人気を得ていたのよね。」
…エリスは、かつて社会科の授業で教わった史実を思い出したが、メグの博識ぶりに舌を巻いた。
学校では語られなかったこの国の真実に、ただただ驚いた。そして、なぜそんな歴史がひた隠しにされていたのか…。それは、この先語ったメグの言葉で、色々と察した。
そう。言論統制や、反政府意識者の迫害等…。人々にあるべき「自由」は、脆くも壊されていったことを知るのだった。
「…だけど、そこからが本当の地獄ってものだったわね。本格的に国家の政権を得た大統領は、かつての感染症対策で枯渇した国家予算を補填しようと、物価高から増税、さらには意味のわからない金銭納付の義務まで付け足して、ただでさえ貧しかった国民の暮らしは、どんどん窮地に追い詰められて行ったわ。何せ、感染症対策に消えたお金の規模は、一説には“ジャパンを1ダース買って小銭数枚のおつりが来るレベル”だったらしくて、人知を超えた金額だったのは、想像に難くないわね。」
「しかも、"国家の平定は、強靭な武力でこそ護られる…"って唱えて、イクセリドは強権政治と武力による絶対的な統治に縛られて、いつの頃からか、世界一の貧困国って呼ばれるようになったわね。」
エリスは、少し会話の間が空いたところで、メグにこう語りかけた。
「じゃあ、治安も秩序も乱れているのは、今の大統領に大きな原因があるってことなのね…。学校じゃあ、グロウバ大統領はイクセリドを救った英雄だ…なんて教えていたけれど…全然違うじゃん…!」
「ま、それは学校も言論弾圧されてたってことじゃないかな? 他の国でも、ひとりの権力者を崇拝させるようなことはよくあるわけだし…。ってか、当然、そんなグロウバ政権を打倒しようと、民衆だって立ち上がったわ。でも、戦争並みの衝突が起こって、その度に多くの命が奪われたり、傷を負わされたり、更なる貧困や悲しみに追い遣られたり…。」
「そして、民衆の暴動が起これば起こるほど、政府軍もムキになってね。本来は国家滅亡の危機に瀕した時でもない限り持ち出さないとされていた軍事兵器も、民衆を掃討する手段として易々と持ち出されて…。かつてそういう兵器を正当な理由なく使うことは、条約で固く禁止されていたんだけど…ね。」
「ここ何日かで、また内紛のニュースを度々聞くようになったわね。噂だと、すでに町のひとつふたつは焦土になったっていうくらい。政府軍は、幼い子だろうと女性だろうと、自分達に歯向かう者と決めつけると無差別に暴行するわ。それはもはや“戦争犯罪”に近いものだって世論は言うけれど、政府軍に聞く耳なんてないのよね…。」
エリスは眉を吊り上げて、目には見えないがこの国の人々を脅かす“愚かな大人”への怒りを表した。
「許せない…!私だけが貧乏だと思っていたら…実はそんなことになっていたなんて…」
メグは、飲んでいたコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れると、さらに話を続けた。
「…それで、子供はお小遣いも貰えない毎日で、色々なことをして小銭を稼いでいるのよ。アイドルだってそのひとつね。アタシもこの世界に入った頃はお金がなくて、自分の小遣いは自分で稼げ!ってな具合でね。」
「…けど、そのアイドルも、最初のうちでこそ、ファンは少ないながらも、楽しく歌ったり踊ったりしていられたのよ…。」
「えっ…?メグ…?それってどういう…」
「うん…。あなたは同じ女子だからあえて言うけれど、よく、アスリートの性的な画像がネットに出回って問題になる…とか、ニュースで聞くわよね? アイドルの世界じゃ、それ以上にもっと危険な空気が漂っているのを知ることになったのよね…。」
エリスは固唾をのんでメグの話を聞いた。
「何年か前のことなんだけど…、アタシ達って、プロデューサーの意向で、ヘソ出しミニスカの、際どい服装でライブやってるわよね。もちろん、スカートの下は、見えてもいいパンツを履いてるんだけど、ある時ね…、当時11歳だったメンバーの“見えてもいいパンツ”の隙間から“見えてはいけないパンツ”が見えちゃったことがあったの。」
「…しかも運悪くそのシーンが動画に撮られていて…、裏の社会でその画像とか写真が高値で取引されるようになったの。…ただ、当人はその事実を知らないまま活動してたんだけど、その頃から彼女の“推し”が一気に増えて、ファンも増えてライブの観客もグッズの売り上げも、右肩上がりでアップしていったのよ。」
「後になってメンバーもそれに気づいたんだけど、その頃は他の地下アイドルと比較しても全然売れてない私達だったから、あくまでも偶然を装って、ライブ中に下着を見せる女の子が増えるようになったのよね。…それで、下着…っていうか、性的な写真を撮らせたり、そういう姿を見せたりするメンバーはどんどん“推し”を確保するようになっていって、気が付いたらほとんどのメンバーが、わざとパンツを見せるかのような行動をしていたものだったわ。」
「もちろん未成年の子ばっかりだったから、ネットで拡散したり、裏取引で売買されたりするのは大問題な筈だったんだけど、運営側も“収益には代えられない”としてそんな行為を黙認していて…。そのうちネットの掲示板とかじゃ、“パースノ”のことを“パンスノ”って呼ぶようになっていて、“パンツの見れるアイドル”ってことで、猥褻な撮影目的にファンが会場に押し掛けるし…、いやらしい目線は止め処なく飛んでくるし…。アタシも、生きた心地がしなかったわ…。」
「…推されている女の子はライブの後のオフ会でめっちゃファンからプレゼント貰ってて、中には直接、現金を渡されている子も少なからずいたわ。運営はもちろん、ファンもどんどんそんな行為を自制しないで野放しにしていたから、そのうちアタシにも“メグ!おめぇもパンツ見せろや!このままだとおめぇは推し0人だぜ!”なんてネットで書かれたこともあって…。でも運営の人は、口でこそ"問題視している…"としながらも、根本的な解決に本腰を上げようとはしなかったの…。まだ10代前半の子が、パンツを見せてお金を貰ってる…。貰ってる本人は、貧困から抜け出すために…って、有難く受け取ってる様子だったんだけど、ファンもファンで、アイドルに貢ぐお金は、犯罪に手を染めたり、多大な借金を作ったりして持ってきてたらしいの。」
「…事態はさらに悪化してきて、一部のメンバーは、ファンとリアルな“関係”を持ってしまうことになったの。うん…、もちろん、“性的な”それ…ね。」
「本業のアイドルとして歌ったり踊ったりしても、それ自体で稼げるお金は微々たるものなのよ。だから、性のサービスをちらつかせることで、貧しい生活を脱しようと、こぞってパンツを見せるとか、リアルに付き合ってお金を貰うとか…。もう、無法地帯そのものね。けっこうこういう違法な行為が表社会にも広がってきてるから、当局がガサ入れしてくるのも、時間の問題かもしれないわね。運営は問題に向き合おうとしないで、入ってくるお金に目が眩んでるからね…。」
「…あと、悲しいことに、これを苦にしてメンバーを辞めた子も何人かいて、そのうちのひとりは、悪い男との関係を断ち切れなくて、自殺したのよ…。まだ幼かった子なのに…。大人は誰も助けてあげなかったのよ…。」
エリスは震えてしまった。しかし自分にも、似たような経験がある。
そして、ここまで打ち明けてくれたメグに対し、自分が体験したエピソードを、赤裸々にメグに語った。
…メグは話を聞いて驚愕した様子だったが、同時に、「なんだあなたも…?」という表情さえ見せていた。
「そっか…。エリスも貧困家庭だったんだね…。お金のために体を使っちゃったとか…、同じ女子として、あなたを可哀想に思うわ…」
「ううん…違うわ!メグ!…。こ、これは…私の意思が弱すぎただけなの。もし、しちゃったとしても、最初のひとりかふたりでやめておけばよかったのに…、男子と交わることに気持ちよくなっちゃった上に、お金とかモノを貰える嬉しさってか快感から抜け出せなくなっちゃって…。」
「…それで、最後には性病に罹って全てを失った…みたいな…?」
「…うん…。ほんとうに、バカな話だよね…。」
肩を落とすエリスだったが、メグは優しく背中を叩いた。
「そうがっかりしないで…。命あっただけでも良しとしなきゃ…。アタシも今後どうしようか、凄く迷っているのよ。パンツを見せないせいなのか、パースノの推しメンランキングじゃ最下位だし…、かと言って“見せる”気にはなれないし…。されとて、他に仕事の出来る場所はないし…で、板挟みだわね。」
メグも少し涙ぐんだ。
気丈な振る舞いをしていた彼女だが、心の中は、激しく荒廃していたことをエリスは知った。
「エリス…。だけど話したことは真実なんだよ…。ウチらに限らず、地下アイドル、あ、いや、表世界のアイドルだって、今じゃ“性”を売り物にしていたり、ファンと私的に交際してたりってのが、当たり前のようにあるんだって。ただ、表世界だとすぐに見つかっちゃうから、知名度もなくて、一部の人しかわからないような存在の地下アイドルは、どうしてもいろんな意味でファンと近くなりやすいの。最初は明るく真面目に応援してくれてた人でも、そのうち歪んだ目線になっていくからね。メンバー同士で集まると、“自分は何人の男と関係持った”とか、“枕営業でどれくらい稼いだか”とか、自慢げに話してるからね。だから、最年長であるアタシが、12歳前後の子から“メグさんって売れもしないのによくアイドルやってますね…”なんて皮肉というか中傷も日常茶飯事だわ…。」
「だけどね…、確かにこの国の貧困が、何かと人を不幸にしているのは事実だけど、だからと言って、女の子が性を売るなんて絶対におかしいんだよ!!」
「それは何も、倫理的な意味とかじゃなくて、もっと人として大切な…、自分を切り売りして買い叩いてもらうようで…。」
「ファンは歌なんて聴いちゃいない。顔もダンスも特に見ていない。視線はただただ、スカートの中とか、胸のふくらみとかに集中してるわ。女の子も女の子で、お金になることなら躊躇わないんだもの…。パースノが“お股ゆるゆるアイドル”なんて揶揄されるのも当然なのよね。こんなの悲しいよ…!!アタシは、た、たとえ、大して売れない地下アイドルであり続けたとしても、大好きな歌を歌って、ダンスを披露して、人間らしく、女性らしく生きられることを、いつも大切にしてきたんだから…!!」
メグは今にも大泣きしそうだった。
瞳に涙を浮かべ、やがて地面は雨が降ったかのように濡れた。
それを見たエリスは、メグの手を取って話した…。
「メグ…。あなたはとてもステキな女性だってこと、私は一番最初に気づいていたわ。だって、こんな薄汚い服を着た、大して可愛くもない私に、暖かい視線を送ってくれて、こうして胸の内を打ち明けてくれたんだもの…。誰が認めなくても、メグ…、あなたと私は、“心友”だよ…!!」
エリスは両手でメグの手を握った。
メグは、ファンの男性ではない人間が握った手が、どんなものよりも熱く感じられた。
すっかり時間も遅くなった。
事務所兼ライブハウスとなっている、パースノの所有する建物の裏口を見渡せる場所で、ふたりはメンバーが出てくるのを眺めていた。
すると、ひとりの幼い感じの女の子が、そこで誰かを待っている様子が見えた。
程なくして、ややむさ苦しい恰好の男性がそこへ現れ、女の子が、左手の指を2本、右手の指を5本立てた。それに対し男性は、右手で小さく「〇」を作って見せた。
どうやらこれは、これから向かうであろう性交渉の場で渡す“実費”を示し、それを了解した合図だと思われる。
さらに見ていると、その女の子に続いて別のメンバーも裏口から現れ、やはり駆けつけた男性に何かサインを示し、その後お互いに手を繋いで闇のネオン街へと消えていくのであった。
エリスとメグは、人の往来が消えたスキを突いて、裏口からスタッフらの話を聞こうと、こっそりと忍び込み、物陰に隠れてスマホの「レコーダー」のスイッチをONにした。
スタッフA「いやはや、今日もまた大盛況でしたね。」
スタッフB「そうですね。やっぱり、エロと言いますか、ファンなんてパンツ一つで頭が狂う、マヌケな輩ばっかりなんですよ。」
スタッフA「そうそう!あ、念のために申しておきますが、パンツが見えたのはあくまでも“偶然”ですからね。わざと見せているわけではないこと、ご承知でしょうな…?」
スタッフB「無論ですとも。しかしまぁ、2年前に比べると、このグループの収益は15倍ですからなぁ…。ぶっちゃけ、ライブは表向きにはお客を集める口実でしかなく、その収益は度外視しても、オフ会で際どい撮影会をやって、その参加者からガッツリ巻き上げれば何とでもなりますからな…。」
スタッフA「それにしても、小さい子ほど人気がうなぎ登りですな。その反面、見せるものも見せないで、ダラダラとグループにしがみついている不人気メンバーは、今後どうしますか?」
スタッフB「それな。メグだろう?あの野郎…、少しは空気を読めってんだよな。一人がパンツを見せ渋っていると、それがグループ全体に堅い印象を与えるんだよな。現に、メンバー単位での収益率も推し率も最低だし…、次のライブでパンチラやらなかったら、こいつはクビでしょうな。
両者「わはははははっ…!!」
エリスは女性として強い怒りを抱いたが、それ以上にメグは、腸が煮えくり返る思いを感じていた。
「奴ら…!!!!もう許せない…!!ただでさえ未成年の淫行を黙認したり助長したり…それに飽き足らず、真正面からチームに貢献してきた人間を、理不尽な理由で解雇するとか…!!」
メグは激怒の心を抑えきれず、男らの前に飛び出した。
「貴様らぁ!!いい加減にしないか!!黙ってればいい気になって!!女の子を性の商品にして荒稼ぎとか、いつまでも許されると思うな!!」
メグは咄嗟にスタッフらに飛び掛かった。なお、エリスにはこの直前に、無言でスマホを渡されており、会話を録音するよう指示されていた。
「はぁー? 誰かと思えばそのメグじゃねぇか。話を盗み聞きとはいい度胸だな。丁度いい!いつまでも頑としてパンツのひとつも見せないで、グループの収益に貢献しないお前に、クビを言い渡してやろう!」
「…それとも、気持ちを入れ替えて見せるか?男と寝るか?お前だって元々は貧乏生活を何とかしたくてここへ来たのだろう?金の儲かる話をなぜ否定する必要があるんだ?」
「あなた達は間違っています。そう、メンバーのみんなも、ファンのみんなも…!!」
「いくら貧困から脱するためと言えども、女の子の性を収益源にするのは卑怯です!!」
「フン…!!こちとら、そもそも売れないアイドルのお世話してんだよ!!俺たちが腐心してこそ、お前らに給料が入ってるんじゃないか。その御恩もお忘れなのか!?他のグループだってこのくらいのことは平気でやっているんだ!俺らだけが悪いとお前に決めつける権限なぞ無いわい!!」
「て、てめぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!!!!」
メグの鉄拳が、幹部スタッフの男の腹に刺さった。
「目を覚ませや!!少女の性を売りつけて私腹を肥やすなど、許されると思っているのか…!!」
「なんだとこのバカ正直者のメグ野郎…!!テメェも少し状況解れやな…」
幹部の男はパイプ椅子を手に取り、メグに殴りかかろうとした。
…とその時、咄嗟にエリスがメグを庇った。
「ガシャァーーーン…!!!!」
エリスは殴られた衝撃でテーブルに弾き飛ばされ、皿やコップが粉砕された。
「なな…なんだこの貧乏くせぇメスガキは…!?」
「はぁ…っ…はぁ…っ…!!臭くて悪かったな!! 私はエリス!メグの“心友”だ!お前らの悪事は全て聞かせてもらった!もうこんな悪行を見逃し続けるわけにはいかない!!女子の性を売るなんて、それこそがこの国の“真の貧困”と“負の構図”じゃないか!!」
「フッフッフ…。随分と饒舌なお嬢ちゃんだねぇ…。言っておくが、俺らだって生きるか死ぬかの際どいラインで生きているんだ。この国のどこに、笑顔で働ける場所があると思っているんだい?生きるための金を稼ぐ方法を選んでいるようじゃ、この国では野垂れ死にするのがオチなのだよ…。」
「ドカァァァァァァッ・・・・・・・!!!!!!」
エリスの鉄拳も飛んだ。男は派手に吹き飛ばされた。
「確かに私はアイドルでも何でもないただの女だわ。…だけど、こうして女の子を食い物にしている奴らは断じて許せないわ!!」
「なんだとぉ…!!おう!野郎ども!!この小生意気なメスガキを叩きのめしてやれ!!」
…時ならぬ大乱闘が、ライブハウスの裏で繰り広げられた。
エリスもメグも血を流し、服もボロボロにされたが、最後まで抵抗をやめなかった。
「私が正義か不義かは、後で時代が教えてくれるはずだ!」
メグは、傷だらけになったエリスを抱きかかえながら、鬼の形相で男らを睨んだ。
その睨み合いは長く続き、轟沈した戦艦のように、男らは床にうずくまった。
やがて、この騒々しさを察知したであろう、治安当局(警察)が駆けつけた。
男らは脱兎のごとくライブハウスを逃げ出したが、エリスとメグは、騒動の経緯から、男らが少女の“性”を売っていた事実などを語り、先ほどのスマホのボイスレコーダーも提出した。
実は当局も、かねてより地下アイドルのメンバーが、男性ファンと金銭授受を目的として未成年の性的交流を行っていることを把握しており、この日も実態調査の最中だったと言う。
逃走した男ら(グループ運営者ら)は程なくして身柄を取り押さえられ、ボイスレコーダーの記録や、”売上実績表"(その実はファンとの裏交流の履歴)の押収などから、“Purple Snow”運営幹部の男ら3名は、児童買春幇助の容疑で逮捕された。
その後、事務所に戻ってきたメンバーらは補導され、一部の者からはファンの誰と関係を持っていたかを洗い出され、後にその者も「未成年性交流罪」で厳しい刑罰を受けることとなった。
そして、この事件の発覚を機に、アイドル業界での悪しき風習である「ファンとの私的交友」の厳罰化議案が採択されたが、今回の件はあくまでも「氷山の一角」にすぎず、完全な不純交友の根絶には、国家の貧困というバックグラウンドもあり、まだまだ長い時間と課題の存在を浮き彫りにさせられた。
これで多少なれども、女性の性被害が減るといいのだが…。
…事件から数日後…。
メグは、エリスと約束の公園で再会した。そう。一時のお別れを交わすつもりで…。
「アイドル”Purple Snow”は、正式に解散したわ。自分の体で商売していた子たちも、それを資金源にしていた男らも、今は散り散りだわ。もちろんアタシは、初めからそういうことをしてなかったから、なんのお咎めもなかったけどね…。」
「メグ…。やっぱり正義は勝つ…ってことだろうね。ホント、あなたは凄いよ!」
「ううん…。エリスがいてくれたから、あの時は私も思いきれたんだよ。一人じゃ絶対に無理だった…。きっと、あいつらの話を聞くだけ聞いて、自分の中でムシャクシャしてるだけで終わっていたと思うわ。」
メグはエリスの手を掴んで、涙を流しながら感謝した。
「本当に…本当に…ありがとう…。救われたのはアタシだけじゃないわ。あのまま“性の奴隷”みたいに生かされていたら、メンバーのみんなは…」
「…そうだね。でもこれからは、女性がしっかりと働いたり生きたりできる時代になってくれると思うわ。アイドルもアイドルで、本当に未来への志のある人だけが、輝けるようになるって、アタシ信じてる…。」
ふたりは、抱き合って暫し泣いた…。
「ところでメグ?あなたはこれからどう生きていくの?」
「そうね。アタシは、女性の…いや、イクセリドに生きるみんなが笑顔になれるために、自由を求める活動をするつもりだわ。差し当たって、暫くは女性だけで作る国家独立運動チームに所属して、私なりにできることを、SNSなんかで発信したり、傷ついた人を癒したりする仕事をするわ。」
「そうなのね。それはとてもいいことだわ!」
「うん。でも、その場所はここから遠いから、暫くはエリスと会えなくなるね。」
「大丈夫だよ。時々、メールでもしようよ。何だったら“線”で会話しようよ。初めての“線友”でも“心友”でもあるメグとは、離れても一緒だよ…!!」
「エリス…!!ありがとう!!」
メグは、遠くの街へ向かう電車に乗った。
遠ざかるエリスの姿に、ずっと手を振り続けた。勿論、エリスもメグに向かって手を振った。
次にメグに会う時は、どんな自分になっているだろう…?
ほのかな期待と、かすかな不安が交錯したが、エリスは、貧しくても自分らしく生きることを大切にしようと、気持ち新たに高等部の制服を着て、今日も学びと“自分探し”に一生懸命なのであった。